「ここまで露骨に書くなんていったいどういうつもりなんだ?」「あの売れっ子作家がなんでこんなことを書いてるんだ」
百田尚樹によるノンフィクション『殉愛』(幻冬舎刊)が出版されてから、関西のマスコミ関係者の間でこんな戸惑いの声がしきりにあがっている。
やしきたかじんが亡くなる3カ月前に結婚した32歳年下の妻・さくらさんがはじめてメディアで証言し、しかも、その"愛の物語"を当代一の売れっ子作家・百田センセイが書き下ろしたことで大きな話題になっている同書。
まず、唖然としたのがプロモーションの方法だった。発売日ぎりぎりまで書籍の存在すらひた隠しにされ、発売当日に「スポーツニッポン」だけが朝刊で前打ち。その夜、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系)に百田が出演して二人の感動物語と出版の裏舞台を大々的に特集するというあざといメディア戦略が仕掛けられたのだ。
「たかじんさんなら、こういう特定のメディアだけを優遇するようなやり方は絶対にしなかった。しかも、『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレビ系)のような冠番組でなく、彼があれだけ毛嫌いしていた東京の番組に独占放送させたわけでしょう。完全に商売丸出し。そういう意味じゃ、たかじんさんの遺志より幻冬舎商法に乗っかった感じですね」(在阪テレビ局関係者)
まあ、それでも内容がほんとうに夫婦愛を描こうとしたものなら、多少売り方があざとくてもここまで眉をひそめさせることにはならなかっただろう。だが、この本が出版された背後には、夫婦愛と何の関係もない、たかじんの利権や遺産をめぐる争いがあり、しかも本書はその争いの中で未亡人の言い分だけを代弁し、彼女を露骨に利するかたちになっているのだ。
たかじんの未亡人・さくらさん(当初、報道ではS夫人という表記だった)をめぐっては、たかじんが亡くなった直後から、彼を囲い込むような不可解な行動がしばしば週刊誌で批判的に報道されてきた。たとえば「週刊文春」(文藝春秋)では、1月23日号、2月6日号と2号にわたって、未亡人がたかじんの死を彼の実母や実弟にも知らせず、参列者5人だけの火葬ですませてしまったことが報道され、火葬場でたかじんの骨を見て「うわぁ~、焼き上がったマカロンみた~い」と言い放ったと書き立てられた。
そしてしばらくすると、たかじんの娘、そして元マネージャーとの遺産や利権をめぐる争いが表面化する。たかじんには亡くなった元妻との間に娘がいるのだが、たかじんが遺した遺言状では、娘には一切遺産を相続させないとあった。これに対して娘は「父親が正常な判断力を失った状態で書かされた」として無効の訴えを起こした。
また、たかじんが芸能活動の拠点としていた事務所「P.I.S」は、この娘とたかじんの元マネージャーKが役員に名前を連ねていたのだが、未亡人はこの事務所についても「次の社長は私」と通達し、2人を追い出しにかかったという。そして、2人がそれに応じないと、新会社「Office TAKAJIN」を設立。たかじんの遺言状をたてにして、テレビ局に振込先を変更させ、この会社にたかじんの名前を番組に使う看板料を入金させるようになったという。
この問題を報じた「女性自身」(光文社)9月3日号は、こんな証言を掲載している。
「番組がたかじんさんの名前を使う際には、看板料が発生しています。年間約1億5千万円で、これらはすべて妻のA子さんが社長を務める会社に振り込まれています」
「たかじんさんはマネージャーに『俺が死んだら冠番組は全部終わらせてほしい。事務所は好きなようにしろ』と言ったそうです。12月末には遺産配分に触れたエンディングノートの存在も明かし、長女についても金を渡すと明言していたそうです。
今回の百田尚樹の『殉愛』は、こうした報道、告発に対する未亡人サイドからの逆襲という役割をになっているのである。実際、同書を読むと、一連の週刊誌報道がすべて「捏造」「真っ赤な嘘」であり、彼女が「遺産目当てなどではなく」、「たかじんの思いを大切にしようとしているだけ」「たかじんの遺志を守ろうとしただけ」。そういう主張がひたすら繰り返されている。
いや、それだけではない。全編に未亡人と対立する元マネージャーのK、そして娘のHへの批判、誹謗中傷がちりばめられているのだ。たとえば、娘についてはこんなふうに記されている。
「たかじんの携帯に娘から『なんや食道ガンかいな。自業自得やな』という内容のメールがあった。それを見た彼は激怒して、『親子の縁を切る!』と言った」
「(退院した楽しいムードは)たかじんの携帯に届いた一本のメールで壊れた。娘からだった。
「娘のたび重なる無心に、たかじんは後年うんざりしていたらしく、親友の松本哲朗は『娘の頭の中は金しかない! 縁を切りたい』とたかじんがこぼしているのを聞いている」
マネージャーのKに対してはもっと辛辣だ。マネージャーとは名ばかりで、ただの運転手だった、ミスばかりしていた、仕事ができなかったという悪口を繰り返したうえで、未亡人の証言で手術の翌日に女遊びをしていたといったエピソードを暴露する。また、あとがきではわざわざ「Kの裏切り」として、テレビ局に勝手に追悼番組の許可を出し、看板料を請求していたことを記述。さらには、事務所の「帳簿をいじっていることが判明した」「一千二百万円近い使途不明金があることが明らかになった」「大阪のマンションから、たかじんの私物のいくつか、それに金庫の中の多額の現金が紛失していたのだ」と、まるでKが犯罪に関与しているかのような書き方をしているのだ。
もちろん、これまでの夫人を批判した週刊誌報道には誤報もあるだろう。だが一方で、未亡人が母親にたかじんの死を知らせなかったことや、テレビ局から看板料をとっていることなど、明らかな事実もいくつもある。それらをひっくるめて「捏造」と決めつけ、故人の娘や元マネージャーをここまで非難するのは、あまりに一方的すぎるだろう。
しかも、驚かされるのは、これらの記述の多くが未亡人の証言に丸乗りしただけで、"ウラ取り"されている気配があまりないことだ。本文を読んでも"捏造"と決めつけた記事の具体的な論証さえ行っていないケースがいくつもある。
百田自身は本書のエピローグで「読者にはにわかに信じられないかもしれないが、この物語はすべて真実である」と大見得をきっているが、その根拠としてあげているのは以下のことだけなのだ。
「家鋪さくらの記憶力は異常ともいえるほどで、日をずらして質問しても、何度質問しても記憶がぶれることは一度もなかった」
これを"ノンフィクション"だと称しているのだから笑ってしまうが、となると、当然"捏造"よばわりされた「週刊文春」、そして守銭奴呼ばわりされた娘や、犯罪者扱いされた元マネージャーKが、これから百田本に大々的に反論する可能性はあるのだろうか。
しかし、結論からいうと、それはかなり難しそうだ。というのも、百田が出版社にとって最大のウィークポイントである"作家タブー"になってしまっているからだ。
「百田さんは人気作家として本を出せばベストセラー間違いなしですからね。『週刊現代』を発行する講談社からは『海賊と呼ばれた男』がメガヒットしていますし、『週刊新潮』(新潮社)では最近まで連載を持っていた。これまで未亡人を批判してきた『週刊文春』でも、もうすぐ百田の連載がスタートする予定です。これでは百田さんが出した本への反証、批判はできないでしょう」(出版関係者)
いや、百田本への反証だけではない。百田はいまや、たかじんの未亡人のマスコミ代理人になっており、その結果、未亡人への批判そのものが難しくなっているという。
実際、3ヶ月ほど前、さくらさんをめぐる遺産バトルの情報が「週刊文春」に持ち込まれたが、「文春」はそれまで2回記事にしていたにもかかわらず、今回は百田が関係していることがわかったため、記事化を断念したのだという。
「百田さんが圧力をかけたのか、『文春』が自主的に判断したのかはわかりませんが、『文春』は記事にするのを止めてしまったらしいですね。結局、情報は百田と関係のない光文社の『女性自身』に持ち込まれ、記事になったようですが......」(出版関係者)
うがった見方をすると、未亡人サイドがこの本を百田に執筆させようとしたのも、こうした効果を見込んでのことのかもしれない。
それにしても、百田のような売れっ子がなぜ、今回のような内輪の泥仕合にクビをつっこんで、本まで書く気になったのだろうか。
「なんかその話はできすぎの気がしますけどね。ただ、さくらさんは『そこまで言って委員会』の出演者等にも個別に声をかけて会っているらしいので、百田さんに対しても『会いたい』とアプローチしたんじゃないでしょうか。さくらさんはかなり魅力的な人なようで、会うと、みんな気に入っちゃうらしいですから」(在阪テレビ局関係者)
関西のテレビ業界では、百田センセイと未亡人をめぐって、信じがたいような噂もとびかっている。......が、それを書くと『殉愛』と同じタレ流しになってしまうので、今回はやめておくことにしよう。
(田部祥太)