「ナタリー」といえば、大山卓也氏と津田大介氏が立ち上げ、最近、KDDIの傘下に入ったことで話題になった人気ポップカルチャーサイト。ところが、そのナタリーに漫画家・東村アキコ氏がかみついて、一部で話題になっている。
原因は「コミックナタリー」に載った「教えてセンパイ」というタイトルの東村アキコインタビューだった。これは、有名人が自分のアルバイト体験を語るという企画で、求人情報の「an」のパブリシティ記事、つまり記事の体裁を取った広告だった。
これに対して、東村氏が自身のブログで「ナタリーにびっくり」と題し、勝手に広告に使われた、と批判したのだ。
東村氏によると、インタビュー出演はナタリーからの以下のようなオファーで始まったという。
「インタビューご依頼の内容は【『かくかくしかじか』に描かれているような、過去のアルバイト経験の話を聞きたい】というものでした。私は「『かくかくしかじか』の宣伝になるかもしれない」と思い、お引き受けすることにしました」
ギャラは10万円。こういう自作のプロモーションは普通、ギャラが出ないのに......と不思議に思ったもののそのまま受け取ってしまった東村氏。ところが、後日、自分の顔写真つきの宣伝ツイートが拡散されているのを発見したのだという。しかも、写真は「an」のロゴがあしらわれたポスターのようになっていた。「広告塔みたいだなあ」と違和感を感じて知人に聞くと、「おそらくこれは、『an』がナタリーにお金を出して作っている、いわゆる【広告ページ】なのでは」との返事が......。
東村氏はこの事実にショックを受け、ナタリーサイドにギャラや制作過程について質問した。するとナタリーに入るインタビューの総制作費は50万円で、パブ記事での東村インタビューを「an」側に提案したのがナタリーだったことも判明。
「私の取り分が少ない、ということに、ではありません。
私のインタビューごときで、50万円も利益を得るなんて!ということに。
そして、ナタリーさんが、私の名前を企業に勝手にプレゼンしていたことに、です。」
しかも、ナタリーは東村氏にこのインタビューが広告企画であることを一切知らせていなかった。
「「広告企画なんだからあたりまえでしょ」と言われても、私、全然分かってなかったです。だって「かくかくしかじかにまつわるインタビュー」って言われて受けたから。「東村さん、anを宣伝してください」と言われない限り分からないです。」
「(後で)説明を求めたところで、ナタリーさんは、「ご存じの上かと思っていました」の一点張りでした。」
その後、東村氏はギャラ10万円を返すことにしたというが、どうにも気持ちがおさまらなかったらしい。彼女はブログでこんな違和感を表明している。
「漫画家を勝手にリスト化して、広告企画をぶち上げて、収入を得る手段にしているということは、正直とてもショックでした」
「その後いろんな方に話を伺い、こうしたサイトの多くが、【タイアップ広告記事】による収入を得て運営されていることを、恥ずかしながら、私は初めて認識しました。
私が知らない、ナタリーさんたちの業界の一般常識は沢山あるのでしょう。でも、それって... ちょっと変じゃないですか? 漫画の情報サイトが、漫画家使って、稼働させて、収入得るって...」
たしかに、東村氏の違和感は表現者としてしごく真っ当なものだ。メディアに登場して自分の作品をプロモーションすることと企業広告に協力する事はまったくちがう。
「私の作品のキャラクターが特定企業の広告をすることはあっても、作者自身は企業の広告はふつうはしないということなんです。もちろん例外はあるかもしれませんが、その場合はその作者は、相応の覚悟をもって企業の広告塔になることを決めているはず。たとえば、私個人が「an」の宣伝キャラクターになったなら、もう一生、「an」をちょっとでもディスるようなシーンは、生涯描けなくなる」
それがなんの説明もなく当たり前のように広告に利用されていたら、怒るのは当然だろう。
ナタリーの創業者の大山卓也氏は今年夏に出版した『ナタリーってこうなってたのか』(双葉社刊)で、自分たちのベースになっているのが「(ニュースサイトとして)みっともないことはしたくない」というポリシーだと語り、だからナタリーでは「PV稼ぎのためのゴシップ記事や釣り記事を載せない」と胸をはっていた。また、ミュージシャンやマンガ家、芸人のファンでありたいと語り、「彼らを貶めるようなことは絶対にしたくない」と宣言していた。
だが、ナタリーが今回やったことは、自分たちのメディアで生み出したクリエイターとの信頼関係を無断で金儲けに利用したということで、それはとても「みっともないこと」ではないだろうか。
しかし、事前に説明しなかったということは論外としても、パブリシティ記事という問題は、ナタリーだけのものではない。読者の多くはあまり気づいていないかもしれないが、実は多くのメディアでこうしたパブ企画が氾濫している。企業やその商品、イベントなどを普通のニュース記事として取り上げたり、著名人インタビューのような体裁をとっている記事が実は企業などがメディアにお金を出し、制作させているケースも少なくない。
とくにパブ記事が多いのがネットニュースだ。ネットニュースは基本的に無料のサイトが多いため、広告を収入源にしているのだが、バナー等のネットワーク広告は単価が安く、あまり大きな収益にはならない。
そこで、多くのニュースサイトは、バナー広告よりも読者に読まれる確率が高く、ゆえに単価の高いパブリシティ記事に走る。実際、パブリシティ記事は今、「ネイティブアド」「ブランドコンテンツ」などと呼ばれ、ニュースサイトのマネタイズの中心になりつつある。サイトによっては、ほとんどがパブ記事というサイトもあるし、ナタリーも右サイドにある「特集・インタビュー」のかなりの部分はタイアップ、パブリシティ記事だ。
しかも、ネットのニュースサイトは、雑誌と違って、記事に「PR」「オススメ」のようなパブ記事を示す記号をつけないで、普通の記事のように流しているパターンが多い。
これは、ネットのニュースサイトにとって最大の問題点といえるだろう。どんなにいい記事を書いていても、そこに、お金で操作された情報が判別のつかないかたちで混ざっている以上、もはやジャーナリズムとは名乗る資格はない。
それは、こんな風にエラソーに解説している本サイトも同様だ。幸い(経営的には不幸にもといったほうがいいだろうが)ヨゴレのイメージが強い私たちのようなメディアにはほとんどパブリシティのオファーはない。だが、それでも、リテラはこの半年間で1回だけパブリシティ記事を掲載したことがある。
そして、赤字経営の現状を考えると、おそらく今後もパブリシティ記事のオファーがあれば、断ることはできないだろう。今、私たちが読者のみなさんに約束できることは、掲載の際にパブリシティ記事だときちんとわかるようなサインをつけること、編集方針に反するような内容やクライアントのPRは拒否すること、この2つくらいしかない。
赤字だからパブ記事を載せさせてほしいというのが勝手な理屈だということは重々承知している。
(編集部)