衆院選での議席大幅増で吉村洋文・大阪府知事が調子づいている。今月7日には橋下徹氏と揃って『日曜報道 THE PRIME』(フジテレビ)に出演すると、「維新の会は改憲勢力だ」「(自民党は)本気で憲法改正をやろうと思っていない。
吉村知事はまるで維新が自民の対抗勢力であるかのように語っているが、改憲のアシストをしようというのは自民の補完勢力であることの証左にほかならない。だが、そのことよりもツッコむべきは、吉村知事の口から「やるやる詐欺」という言葉が飛び出したことだ。
たしかに自民党も「やるやる詐欺」の常習犯だが、コロナ下で誰よりも「やるやる詐欺」を連発してきたのは、ほかならぬ吉村知事ではないか。
実際、そのことを象徴するニュースが先日も報じられた。吉村知事や松井一郎・大阪市長が昨年4月にぶち上げた「大阪産ワクチン」が、最終段階の治験を断念したというのだ。
「大阪産ワクチン」として吉村知事・松井市長がぶち上げたのは、大阪大学の森下竜一・寄附講座教授と、森下教授が創業したバイオベンチャーのアンジェスが共同で開発を進めてきたDNAワクチン。このワクチンについて、昨年4月14日に吉村知事と松井市長が会見を開き、「オール大阪でワクチン開発を進める」と宣言。ここで吉村知事は「9月から実用化に向かう」「実用化されれば10万~20万人単位で接種が可能で、コロナウイルスと戦う武器になる」と豪語した。
さらに昨年6月17日には、吉村知事は「6月30日に大阪市大でワクチンをヒトに投与する」「(治験は)全国で初」「今年中には10万から20万の単位での製造というのが可能になる」「2021年春から秋に実用化を目指したい」と発言。こうした発表をメディアは大々的に報じ、「国内初のワクチン誕生」「チーム大阪に期待」などと取り上げてきた。
この間、開発会社のアンジェスの株価は、それ以前の600~700円台前後から2000円以上に爆上がりしている。
しかし、吉村知事らが明言していた2020年9月を過ぎても、実用化はおろか、最終治験のめども立たず。
すると、昨年11月19日、吉村知事は『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)に出演し、実用化が遅れていることについて「日本の場合は安全性を重視している。大阪産のワクチンもより安全性を重視している」「たぶん来年の春ぐらいになると思います。この時期にゲームチェンジャーの時期が来る、そのときまで何とか我慢を」と述べていた。
ところが、その約束の2021年春になっても「大阪産ワクチン」は実用化されずじまい。そして、今月5日になってアンジェスは〈昨年6月から今春にかけて実施していた治験では十分な効果を得られなかった〉(読売新聞6日付)と発表。国内では1番手で治験入りし、昨年末には中間段階に入っていたが、〈参加した計560人分のデータを分析した結果、米ファイザー製などに比べて効果が低く、最終段階の治験を断念した〉というのだ。
吉村・松井が喧伝してきたこの「大阪産ワクチン」は、「やるやる詐欺」「アンジェスの株価つり上げの仕掛けではないか」とからかわれていたが、まさかの「効果が低くて治験断念」とは……。
開発会社のアンジェスは一応、今年8月から進めている改良ワクチンの治験に注力し、2022年に最終段階の治験実施、2023年以降の実用化を目指すとしているが、この間の経緯を見れば信じ難いし、仮にそんな時期に実用化されたとしても、完全に手遅れ。「大阪産ワクチン」は事実上、頓挫したと見るべきだろう。
ところが、吉村知事も松井市長も、この「治験断念」について完全に知らんぷり。
もちろん、ワクチンの開発・実用化が容易なものではないのはたしかだ。しかし、吉村知事と松井市長はこの「大阪産ワクチン」を自ら発表し、以降も徹底して自己宣伝に利用してきた。
しかも、前述したように、「2020年秋に実用化」「2021年春から秋に実用化」などという予断を堂々と語り、「大阪産ワクチン」のために行政を捻じ曲げるような行為までやってきた。
たとえば、前述したように昨年6月、吉村知事が「30日から治験開始」を発表したが、これは大阪市立大学が治験計画を承認するかどうかを審査するよりも1週間も早い発表で、厳正であるべき医薬品審査の手続きを完全に無視する非常に危険な暴挙だった。吉村知事はあとになって「方向性・目標を発表しただけ。目標を示すのは知事として必要な役割」などとごまかしたが、危険かつ強引な政治主導であることは明白だった。
これ以外にも、「大阪産ワクチン」の開発をめぐっては、吉村知事と松井市長がバックについたことで検証プロセスが非常に拙速になっているのではないかという指摘も挙がっていた。たとえば、大阪大免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招聘教授は、時事通信の取材に対し、欧米や中国では、人への治験開始前に動物実験の詳細なデータが公開されているのに、「アンジェスは開示していない」と指摘。「承認後に死者が出たケースも過去にはある。スケジュールありきで進んではならない」と警告を鳴らしていた(時事ドットコム2020年6月30日付)。
ようするに、吉村・松井コンビは「大阪産ワクチン」に対して、かくも露骨な政治利用と行政を歪めてまでの強引なバックアップを繰り広げたにも関わらず、結果は一時的に開発会社アンジェスの株価を爆上がりさせただけ。
松井市長は吉村知事と一緒におこなった衆院選の第一声で「政治で一番重要なのは約束を守ってきたかどうかだ」と訴えていたが、こんな詐欺的な約束破りをしておいて、よくもまあそんなことが言えたものである。
しかも、この「大阪産ワクチン」問題は、吉村知事と松井市長がたまたま、大阪で開発中のワクチンがあることを知って、実用化できると勘違いしたというような素朴な話ではない。このワクチンには、むしろ、最初から政治的に仕掛けられたにおいが漂っていた。
というのも、アンジェスの創業者である森下竜一・阪大寄附講座教授は研究者というより、商売的な野心に満ちた、政界とも非常に関係が深い人物だからだ。
有名なのは安倍晋三・元首相との関係の深さで、第二次安倍政権時には「内閣府規制改革会議」委員に選ばれたほか、安倍首相が本部長を務める「内閣官房健康・医療戦略本部」でも戦略参与となっている。
表の役職だけではない。加計学園問題の際、安倍首相と加計孝太郎理事長と萩生田光一氏の3人が写ったバーベキュー写真が話題を集めたが、この翌日、安倍夫妻や加計夫妻が参加するゴルフコンペが開催され、そこに森下教授も参加していた。
また、森下教授は医療研究者でありながら、安倍元首相の憲法改正の動きを後押しする“改憲映画”まで製作している。昨年、公開された浅野忠信と宮沢りえ主演の映画『日本独立』を、「森千里」名義で製作総指揮にあたったと「週刊文春」(文藝春秋)が報道したのだが、その記事では関係者が「映画の企画がスタートしたのは、安倍政権が憲法改正を目指していた頃で、森下氏は出資者を募っていました。日本国憲法はGHQによる押し付け憲法だという内容で、憲法改正を後押しする“改憲映画”。世論を喚起して憲法改正の機運を醸成しようと森下氏は考えたのでしょう」と証言していた。
もちろん、森下教授は、維新とも近い関係にあった。2013年に森下教授は「大阪府・市統合本部医療戦略会議」特別参与となり、2016年には「日本万博基本構想」委員に就任している。つまり、この時点ですでに、吉村知事や松井市長と森下教授にはパイプがあった。
しかも、森下教授と維新・松井市長らを深く結びつけたのは、最近、東京地検特捜部に逮捕されたあの人物だったとみられている。
その人物とは、日本大学の医学部付属病院の建て替え工事をめぐって背任容疑で逮捕された医療法人グループ「錦秀会」の元理事長・籔本雅巳容疑者だ。
藪本容疑者をめぐっては、最近、安倍首相とのツーショット写真が報じられるなど、親密な関係が取り沙汰されているが、じつは前述の森下教授が参加した安倍首相・加計理事長らのゴルフコンペには、薮本容疑者も一緒に参加していた。
だが、森下教授と薮本容疑者はそれ以前から深い関係にあった。2010年には森下教授がパーソナリティを務めるラジオ番組『森下仁丹 presentsバイオRadio!』(Kiss FM KOBE)に薮本氏がゲスト出演したのだが、そこで森下教授は「じつは薮本先生を昔からよく知ってて、どちらかというとね、あまり仕事の話じゃなくて別の話でお付き合いが多かったんで」「そもそも出会いはなんだったんでしょうかね? なんかまあ、飲み仲間? (薮本氏は)親分肌なんでね、いろんな人の応援してて」と語っていた。
一方、薮本容疑者は「日本で治療を受けたい」という中国人富裕層を狙った「医療ツーリズム」ビジネスに進出。ジャーナリスト・森功氏のレポートによると、錦秀会が運営する阪和第二泉北病院では「阪和インテリジェント医療センター」を設けて検査ツアーを受け入れるようになったが、そこでは森下教授が所属する阪大との提携が図られたという(「週刊ポスト」2018年2月9日号/小学館)。
だが、じつはこの「医療ツーリズム」について、錦秀会の関係者は「維新の会の橋下や松井の発案」なのだと指摘。森氏によるレポートのなかで、この錦秀会関係者はこう証言している。
「もとは大阪万博を呼び込みたい松井さんたちが、2010年の上海万博を視察に行き、万博の売り物として見つけたのが医療分野なんです。
上海に行くと、日本の病院で治療を受けたいという中国人の金持ちが多い。で、松井さんたちが、関西は古くから薬問屋の街で医療が盛んだから売り物になる、と乗り気になった。松井さんからある医師を介してPET検査を実施していた籔本さんに話が行き、阪大が協力するようになったのです」
つまり、大阪万博の招致に躍起になっていた松井氏が薮本容疑者に「医療ツーリズム」を持ちかけ、さらに薮本容疑者を通じて阪大の森下教授につながったと見られ、だからこそ森下教授は「日本万博基本構想」委員を務めることになったのではないか、というのである。
吉村知事と松井市長が自分たちの手柄と言わんばかりに必死になって喧伝してきた「大阪産ワクチン」と、そのワクチン開発の先頭に立ってきた森下教授を繋いだ人物は、薮本容疑者だった──。維新と「大阪産ワクチン」の間にある深い闇が垣間見えるような話ではないか。
しかも、このような関係性のなかで進められてきた「大阪産ワクチン」が維新の宣伝材料となり、吉村知事を全国区に押し上げ、あげくが何の成果もあげられないまま、「治験終了」となってしまったのだ。
だが、問題が根深いのは、さんざん「吉村知事のリーダーシップで国内初の大阪産ワクチンが誕生か!」などと持ち上げてきたメディアの責任だ。あれだけ吉村知事が実用化を謳ってきたにもかかわらず、その約束の時期になっても実用化されないことに対して、ズバリ「やるやる詐欺」だと指摘したのは「週刊文春」ぐらい。今回の治験断念を伝えるニュースもごくわずかだ。
こうした維新とメディアの共犯関係がつづくかぎり、あまりにも醜い維新の実態は今後も覆い隠されていくことになるのだろう。