故・ジャニー喜多川氏による性加害問題をめぐり、ジャニーズ事務所が重大局面を迎えている。
ジャニーズ事務所が設けた「外部専門家による再発防止特別チーム」は8月29日、ジャニー喜多川氏について「1970年代前半から 2010 年代半ばまでの間、多数のジャニーズ Jr.に対し、性加害を長期間にわたり繰り返していたことが認められる」とする調査報告書を公表。
会見に先駆けて「文春オンライン」は、「少年隊の東山紀之が新社長就任、ジュリー氏は代表取締役で役員留任」と報道しているが、明日の会見ではこんなふざけた対応が現実となるのか──。世間からは高い関心を集めていることは間違いないが、注目度に反して対照的なのがメディアの報道姿勢、とりわけテレビの扱いの小ささだ。
再発防止特別チームによる調査報告書が公表されたあと、報道番組やワイドショーでもこの話題は取り上げられたが、その扱いには濃淡がくっきり。また、継続的な報道をつづけている『報道特集』(TBS)や、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」による会見を中継した『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)など問題を掘り下げようとする番組も一部あったが、ほとんどの番組がダンマリを決め込んでいる。
いまさら言うまでもないことだが、日本の芸能界をリードし、「名プロデューサー」と名声を得てきた人物が、約60年間にもわたって未成年者に対して性加害をおこなってきたという事実は、国内のみならず世界を震撼させる重大事だ。その上、前検事総長が陣頭指揮を取った専門家チームも、これを事実だと認定したのである。ジャニー氏を擁護した山下達郎が口にした「憶測」などではないのだ。当然、報道番組もワイドショーも連日、報じつづけるべき大問題であることは論を俟たない。
しかも、調査報告書では、「マスメディアの沈黙」によってジャニーズ事務所の隠蔽体質が強化され、ジャニー氏による性加害を拡大させたと断じている。ところが、調査報告書の公表を受けてNHKと民放キー局が相次いで発表したコメントは、まるで各局で申し合わせたかのようなシロモノで、加害当事者としての責任などまったく感じられない内容だった。
ようするに、テレビ各局はこの期に及んでも、メディアとしての最低限の責務を果たそうともしていないのである。
とりわけ、その責任の重さをまったく受け止めようとしていないのが、NHKとテレビ朝日だ。というのも、少なくともNHKとテレ朝は、局内においてジャニー氏の性加害がおこなわれた可能性があるにもかかわらず、その問題をなかったことにしようとしているからだ。
まずNHKは、2000年からジャニーズJr.が出演する『ザ少年倶楽部』(BSプレミアム)を放送。そのため、NHKのリハーサル室はJr.たちのレッスン場となり、番組だけではなくコンサートのリハーサルまでおこなわれ、Jr.のオーディション会場となることもあった。同じようにテレビ朝日でも、1986年放送開始の『ミュージックステーション』にほぼ毎週ジャニーズタレントが出演したり、1998年にはJr.にとって初のゴールデン枠のレギュラー番組となる『8時だJ』を放送。一時はテレ朝局内にジャニーズの稽古場が置かれていた。そして、こうしたレッスン場が“加害の現場”になった可能性が指摘されているのだ。
実際、元Jr.の平本淳也氏は、「外部のレッスン場でジャニー氏が小学生の少年を膝に座らせて股間をいじったりしていた」「みんなそれに対して違和感を持っていなかった」と証言。この証言について、ジャニー氏の性加害問題について追及をおこなっているジャーナリストの松谷創一郎氏は、〈平本氏が目撃したのがテレビ朝日の「レッスン場」かどうかは不明だが、ジャニー氏のそうした行為が常態化していたならば、テレビ朝日の敷地内でも行われていた可能性が高いと想像される〉と指摘している。これはNHKについても同じことが言えるだろう。
つまり、NHKやテレ朝には「局内で性加害がおこなわれた可能性」や「性加害を知りながら黙認した可能性」があり、ジャニー氏と“共犯関係”にあったのではないかという疑念が生じた状態にあるのだ。
ところが、NHKもテレ朝も、調査報告書を受けたコメントではこうした事実に言及することはなく、独自検証の実施も明言しなかった。
それどころか、テレ朝にいたっては、6月末に開催された株主総会において株主がジャニーズ事務所への稽古場の提供について言及したところ、早河洋会長は「固有のプロダクションに貸したとか与えたとかはない」と発言したことを、個人メディアで株主総会レポートなどをおこなっているすずき氏が伝えている。
テレ朝内に稽古場があったことは、それこそ多数のジャニーズタレントたちが思い出話として語ってきた有名な話だ。また、松谷氏はこの早河会長の発言を受け、1995年にジャニーズ事務所がテレ朝の第1リハーサル室でJr.の臨時オーディションをおこなっていたことを示す証拠資料をSNS上に投稿している。ようするに、早河会長は株主総会で嘘をついたというのである。
しかし、早河会長が嘘をついてまで追及から逃れようとしたことは、逆にジャニーズ事務所との関係の闇深さを示しているとも言えるだろう。前述の『Mステ』は芸能プロダクションとの癒着が有名で「テレ朝の天皇」とも呼ばれた皇達也・元取締役制作局長が、ジャニーズと田辺エージェンシーと共同で立ち上げた番組であり、ライバルとなる他事務所の男性グループアイドルが出演できない状況がつづいてきた。また、新社長とも噂されている東山は『サンデーLIVE!!』のメインMCを務めている。今回の調査報告書の公表にかんしても、『報道ステーション』や『羽鳥慎一モーニングショー』などでの扱いは他社と比較しても通り一遍の手ぬるいものだった。
NHKも同様だ。NHKは2013年にジャニー氏の独占インタビューを交えたジャニー氏を称賛する番組を「NHKワールドTV」で放送したほか、2018年にも『ニュースウオッチ9』の特集にジャニー氏が登場。また、2019年にジャニーズ事務所が建てた商業ビルには、NHKの「ポストプロダクションセンター」が入居しているほか、2022年にはNHKでドラマ制作に携わりNHK理事を務めた若泉久朗氏がジャニーズ事務所の顧問に就任している。一方、ジャニー氏の性加害問題に対しては、NHKは5月に『クローズアップ現代』で性加害の実態について独自取材に基づいて報じたが、大きな特集を組んだのはそれだけ。
ジャニー氏による性加害問題において直接的な“共犯関係”であった可能性が指摘されているにもかかわらず、レッスン場提供の有無をはじめとする検証を実施することもなく、アリバイづくりの大甘な報道でお茶を濁そうとするNHKとテレ朝──。その責任の重さを受け止めようともしないこの2局に、報道機関としての資格があるといえるだろうか。
無論、責任の重さを自覚し、自局の独自検証が必要なのは、NHKとテレ朝にかぎったものではない。各局とも、ジャニー氏の性加害を真実と認定した「週刊文春」裁判の最高裁決定を報じなかったことなどを持ち出して「報道してこなかったことの責任と反省」をキャスターらが口にしているが、問題の本質は、ジャニーズ事務所との利害関係をはじめとして、具体的にどういう経緯で、どういった構造のなかでテレビが沈黙を貫いてきたのかにある。だが、その検証を実施した局はいまだに一社たりともない。
だいたい、テレビが報じてこなかったのはジャニー氏の性加害の問題だけではない。ジャニーズタレントの不祥事やスキャンダルも、テレビはまともに報じてこなかったではないか。
性加害の問題について「警察が動かなければ報道しづらい」などという声が出ているが、ジャニーズタレントをめぐって警察が動く不祥事が起こっても、テレビ局は信じられない対応をとってきた。たとえば、2001年にSMAPの稲垣吾郎が公務執行妨害と道路交通法違反で警視庁渋谷警察署に現行犯逮捕された際、テレビ局は「稲垣容疑者」ではなく「稲垣メンバー」と報道。2014年にも、当時ジャニーズ事務所に所属していた山下智久が一般人とのトラブルの結果、器物損壊の疑いで警視庁麻布署に書類送検されると、フジテレビは「捜査書類を送付しました」という聞き慣れない表現を用いてこの事件を報じた。
さらに、2018年にTOKIOの山口達也が強制わいせつで書類送検された件では、ジャニーズ事務所が被害者から被害届が出されていることを把握しながら、それを20日あまりも隠蔽したのだが、問題は第一報を報じたNHK。
警察が動いた事件でもこの調子なのだから、スキャンダル報道などできるはずもない。それを象徴するのが、後に結婚した岡田准一と宮崎あおいの不倫だ。このスキャンダルは2011年に「週刊文春」がスクープしたのだが、矢口真里やベッキーの不倫については執拗に報じて糾弾したワイドショーが、このときは一切報じず。結婚を公表したときも不倫疑惑にはまったく触れなかった。
ジャニー氏の性加害のみならず、ジャニーズ事務所にとって不都合なタレントの不祥事やスキャンダルについても「沈黙」してきたテレビ局。ようするに、ジャニーズにかんしては、事務所からのGOサインが出ないかぎり「報じない」という思考停止が蔓延ってしまっているのだ。
果たして、明日の記者会見を受けて、こうした思考停止と責任回避の逃げの姿勢を見せているテレビ局に変化は生まれるのか。少なくとも、各局が被害を拡大させたことの責任をしっかりと受け止め、ジャニーズとの歪んだ関係を総括するための検証作業の実施・結果の公表をおこなうことは、マスメディアとしての最低条件だと指摘しておきたい。