ようやく厚労省が「財政検証」の結果を出してきたが、結果は「やっぱり」というものだった。
おさらいしておくと、財政検証は少なくとも5年に1度、公的年金の健全性を点検するもの。
そして、実際に公表された結果をみると、その見立ては完全に裏付けられたかたちだ。
参院選の選挙期間中、安倍政権は財政検証の公表が遅れている理由を「オプション試算を検証しているため」などと強弁してきたが、オプション試算は前回もおこなっているもので遅れる理由になっていなかった。その上、今回の財政検証では、前回は8段階にわたっておこなわれたシミュレーションが6段階に減少しているのだ。シミュレーションを2段階も省いたのに、前回より約3カ月も時間がかかっているのはどう考えてもおかしいのだ。
それ以上に重要なのは、その中身だ。というのも、今回の財政検証の結果は、公的年金制度の破綻がより一層進んでいることをあきらかにする内容だったからだ。
たとえば、根本匠厚労相は、「経済成長と労働参加が進む」という経済前提のケース1~3を取り上げ、「所得代替率50%以上を確保できることが確認された。(年金制度は)おおむね100年、持続可能になる」と断言したが、このケース1~3というのは、物価上昇率が2.0~1.2%、実質賃金上昇率が1.6~1.1%という、現在の状況とはかけ離れた“大甘”な試算によってはじき出されたものだ。それでも、このケース1~3でさえ、所得代替率は現在の61.7%から、約30年後には50.8~51.9%となり、モデル世帯の国民年金給付水準は約3割も減る計算だ。
しかも、専門家からはケース1~3は大甘のシミュレーションで、現実的ではないという指摘が相次いでいる。日本総研の西沢和彦主席研究員は〈過去30年の物価上昇率は平均0.5%で、近年は1%を切ることも多いなどと指摘〉した上で、「過去に照らせば、ケース⑤⑥が現実的。①~④は、あまりに楽観的だ」と述べている(朝日新聞28日付)。同様に、ファイナンシャルプランナーの小屋洋一氏も、28日放送の『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)で“もっとも可能性が高いのは、経済成長率が0%のケース5”であると解説していた。
このケース5は経済と労働の成長が「一定程度進む」という前提のものだが、それでも24年後の2043年度には所得代替率が50%に。39年後の2058年度には所得代替率は44.5%となり、この場合、モデル世帯の“老後の年金不足分”は2000万円どころか3888万円にものぼる(28日放送『モーニングショー』より)。しかも念のため言っておくが、このモデル世帯というのは平均賃金で厚生年金に40年加入の夫と専業主婦の妻という想定であり、厚生年金に加入していない非正規労働者などの場合はこんなレベルではない、とてつもなく厳しい老後を強いられることになる。
その上、現在の経済状況は、経済前提がもっとも最悪なケース6とダブる。たとえばケース6では、実質賃金上昇率が0.4%となっているが、2013~2017年度の実績は平均マイナス0.6%(毎日新聞28日付)でケース1~6のなかでもっとも近い。さらに、ケース6の全要素生産性(TFP)上昇率は0.3%だが、今年1~3月期四半期別GDP速報でもTFP上昇率は同じ0.3%だ。
そして、このケース6の場合、2052年には国民年金の積立金は枯渇する。つまり、いまのような経済状況だと「100年安心」どころか、公的年金制度は約30年程度で破綻するという結果が出ているのだ。
こんな結果で「安心」などできるはずがなく、やはり安倍首相は参院選でこの結果を争点にしたくないために先送りにしたことは明々白々だろう。
不都合な事実を隠し、しれっと参院選後に公表するとは、有権者を騙す行為にほかならない。しかし、安倍政権はこの隠蔽行為に悪びれるでもなく、めでたく参院選後の公表となったのをいいことに、結果を世論誘導に利用しはじめたのである。
というのも、安倍首相が強調していた「オプション試算」では、会社員らが入る厚生年金の適用対象の拡大や「在職老齢年金制度」の廃止・縮小、受給開始の選択幅を75歳まで拡大したケースなどを提示。そして、試算結果として〈「保険料の拠出期間の延長」といった制度改正や「受給開始時期の繰下げ選択」が年金の給付水準を確保する上でプラスであることを確認〉と結論づけているのだ。
75歳まで働き、年金受給開始も75歳まで伸ばすなどすれば、年金給付水準は確保できる──。端的に「死ぬまで働け」と言わんばかりだが、安倍政権がこうして国民に「年金制度を維持させるためには老体に鞭打ち、受給開始を我慢するのは当然」と浸透させようとしていることはあきらかだ。
実は、厚労省はもともと年金支給開始年齢の引き上げを狙っていた。「老後資金2000万円不足問題」の端緒となった金融審議会「市場ワーキング・グループ」では、4月12日会合において厚労省年金局企業年金・個人年金課の吉田一生課長が「高齢者の就労促進が重要な課題」「高齢期の就労期間の延伸を年金制度上も反映する」「より柔軟な受給のあり方について公的年金サイドで検討」などと発言。年金の支給開始年齢の引き上げを示唆していた。
安倍首相も「人生百年時代の到来は大きなチャンス」などと宣い、5月には70歳まで働けるようにする「高年齢者雇用安定法改正案」の骨子を発表。昨年の総裁選討論会ででは「生涯現役であれば、70歳を超えても年金の受給開始年齢を選択可能にしていく仕組みをつくりたい。
そして、今回の財政検証で、選挙が終わったことをいいことに、悪化した結果を逆手にとって、「支給開始年齢の引き上げ」キャンペーンを開始した。
今回の財政検証の結果が公表されるやいなや、“内閣改造の目玉”としてメディアが持ち上げている自民党の小泉進次郎・厚労部会長は「将来の給付水準は減るが、年金受給開始年齢の拡大など、増やせる改革の余地は大いにある。将来の給付水準を少しでも自分たちで上げることが可能になるような制度改革に、汗をかきたい」とアピール。御用メディアである読売新聞も、さっそく社説で〈年金の受給開始時期で選択の幅を広げることも検討課題だ。より多くの高齢者が長く働き、制度の支え手に回ることが期待できよう〉(28日付)とぶち上げている。
今回の財政検証で厚労省は「前回より経済前提は控えめに設定」したと述べているが、これは良心などではなく、結局は安倍政権の方針である“年金「死ぬまで働け」改革”の必要性を強調するためだったのではないのかと勘ぐりたくもなる。しかも、何にせよ「100年安心」が大嘘であることはこれではっきりしたのだ。にもかかわらず、ワイドショーはあいかわらず嫌韓報道に熱をあげたままで、この国民全員にかかわる老後年金問題をほとんど取り上げていない。
このままでは、安倍政権の「年金受給は75歳まで我慢しろ」「死ぬまで働け」「あとは自助努力でなんとかしろ」という恐ろしい政策を、国民が「仕方がないこと」と受け入れるのも時間の問題なのではないだろうか。