俳優の窪田正孝と女優の水川あさみが、22日、所属事務所を通して結婚を発表した。窪田といえば、数々のドラマや映画に主演し人気のみならず実力派として評価も高い売れっ子俳優で、2020年春に始まるNHK連続テレビ小説『エール』での主演が決まっている。
古関裕而は明治42(1909)年生まれの福島県出身の音楽家で、1989年に亡くなるまでに無数のヒット曲を世に送り出した。NHKのサイトは、甲子園・高校野球のテーマ曲として知られる「栄冠は君に輝く」や阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」、ラジオドラマ主題曲の「君の名は」など有名どころを紹介している。
しかし、その一方で、NHKがほとんど触れていないことがある。それは、日本が戦争に突入するなかで、古関は数多くの「軍歌」や「戦時歌謡」を作曲しており、それによって名声を高めたという事実だ。いうまでもなく、軍歌・戦時歌謡は国民の戦意高揚と戦争の正当化のために作られ、多くの国民を戦争に駆り立てた“国策ソング”である。
実際、古関が作曲したものをいくつか見てみよう。たとえば、日中戦争が始まった1937年発表の「露営の歌」(作詞・藪内喜一郎)は大ヒットを記録し、前線の兵士にも歌われていたという。こんな歌い出しである。
〈勝ってくるぞと勇ましく 誓って故郷(くに)を出たからは 手柄立てずに死なれよか 進軍ラッパ聞くたびに 瞼に浮かぶ旗の波〉
“銃後を守る夫人”意識の涵養が目的の「愛国の花」(作詞・福田正夫)の1番はこうだ。
〈真白き富士のけ高さを 心の強い盾として 御国につくす女等(おみなら)は 輝く御代の山桜 地に咲き匂う 国の花〉
1941年12月8日からの太平洋戦争では、マレー沖海戦成功の大本営発表を受け、NHKから英国艦隊撃沈を祝う曲を依頼された古関は、わずか3時間で一曲を作り上げた。
〈滅びたり 滅びたり 敵 東洋艦隊は マレー半島 クワンタン沖に いまぞ沈みゆきぬ 勲し赫たり 海の荒鷲よ 沈むレパルス 沈むプリンス・オブ・ウェールズ〉
古関は自伝『鐘よ鳴り響け』(日本図書センター)で、大本営発表の臨時ラジオから作戦成功の報を聞いた時のことを〈我々は思わず拍手し昂奮、感激した。始まった以上、勝たねばならぬからである〉と振り返っている。放送後、古関は〈灯火管制で真暗な街を内幸町から新橋駅まで、今放送したメロディーを口ずさみながら帰宅した〉。
周知のようにその後、日本はどんどん敗色を濃くしていくのだが、戦意高揚の“国策ソング”は主に軍部の命を受けたマスコミの公募というかたちで、続々とつくられていった。古関も従軍し、戦地の部隊のための歌など多数を作曲した。
1944年10月には「嗚呼神風特別攻撃隊」(作詞・野村俊夫)を発表している。〈無念の歯噛み堪えつつ 待ちに待ちたる決戦ぞ 今こそ敵を屠らんと 奮い起ちたる若桜〉〈大義の血潮雲染めて 必死必中体当り 敵艦などて逃すべき 見よや不滅の大戦果〉というような歌詞だ。
同月のレイテ沖海戦では、国民の士気を鼓舞するために読売新聞社の委嘱で「比島決戦の歌」(作詞・西條八十)という曲をつくった。曲は米軍への憎悪と敵愾心をひたすら煽りたてるものだ。2番を引用しよう。
〈陸には猛虎の山下将軍 海に鉄血大川内 みよ頼もしの必殺陣 いざ来いニミッツ マッカーサー 出て来りゃ地獄へ逆落とし〉
凄まじい歌詞である。「山下将軍」は陸軍・第14方面軍司令官の山下奉文大将で、「大川内」は海軍・南西方面艦隊司令長官の大川内傳七中将、「ニミッツ」とは米・太平洋艦隊のチェスター・ニミッツ司令長官のことで、「マッカーサー」は説明するまでもない。〈いざ来いニミッツ マッカーサー 出て来りゃ地獄へ逆落とし〉のくだりは、1番から4番まで繰り返し出てくる。
古関の自伝によれば、西条による詞が完成すると読売新聞社に集められ、新聞社幹部と軍部将校との会議が始まった。そこで将校は「この際ぜひとも敵のマッカーサーとニミッツの名前を中に入れてくれ。そして敵将の名前を国民に印象づけることが一番だ」と強硬に主張。作詞の西条は「人名を入れるのは断る」と語気を強めて反論したというが将校が譲らなかったらしい。
古関は〈この歌は私にとってもいやな歌で、終戦後戦犯だなどとさわがれた。今さら歌詞も楽譜もさがす気になれないし、幻の戦時歌謡としてソッとしてある〉と書いている。他の資料を見ると、実際にこの「比島決戦の歌」はラジオで何度も流され、同時代の人々に記憶されていたことがわかる。
なお、こうした“国策ソング”の作成は、実に敗戦の昭和20年8月まで続けられた。1945年8月5日の毎日新聞はこんな“本土決戦用軍歌”の募集告知文を掲載している。
〈本土決戰に歌う「國民の軍歌」募集
戰意昂揚 豪快勇壮の歌曲
本土決戰を目睫に控へ國民の戰意いよいよ高潮化せんとする秋(とき)、日本音楽文化協會、日本放送協會、朝日、讀賣、毎日並びに全國の各地方新聞社共同主催、情報局後援のもとに國民が歌はんとするところを率直に表現した力強い「國民の軍歌」ともいふべき歌曲を廣く一般から募集することになつた、募集規定は次の通り〉
告知文の翌日と4日後には、広島・長崎に原爆が落とされた。応募締め切り日は皮肉にも8月15日。最後の最後まで、本気で「本土決戦」のための国民の士気を高揚しようとしていたわけだ。もはや狂気と呼ぶ他ない。
昭和を代表する歌謡曲ヒットメーカーである古関は、同時に軍歌・戦時歌謡で名を轟かした。古関とその妻・金子をモデルにする『エール』は、この事実をどう描くのだろうか。
もちろん、自分のつくった曲によって多くの若者を戦地に送りこんでしまった苦悩や、戦後の反省などを通じて、反戦的なメッセージを盛り込む可能性もなくはない。だが、最近のNHKを見ていると、どうもそうならないような気がするのだ。
第二次安倍政権以降、「アベ様の犬HK」と揶揄されるように、政権擁護的な報道が繰り返されているNHKだが、ここに来てそれはドラマ企画にも明らかに波及している。
たとえば、今年の大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』は、脚本の宮藤官九郎らがギリギリのところで反戦的な要素を取り込んでいるにせよ、やはり本筋は無自覚な「オリンピック・ナショナリズム」に回収されるような話も見られる。また、つい先日も、安倍政権が新一万円紙幣の絵柄に選んだ渋沢栄一を2021年の大河ドラマの題材にすることが発表された。渋沢栄一は「日本の資本主義の父」などと呼ばれるが、一方で戦前、日本が本格的な韓国併合の地ならしのため行なった“経済的侵略”の先鞭を担った人物でもある。
朝ドラ『エール』も、こうした流れのなかにあるのではないか。いまのところ、NHKの『エール』番組PRサイトの物語紹介では〈裕一は軍の要請で戦時歌謡を作曲することに。自分が作った歌を歌って戦死していく若者の姿に心を痛める裕一…〉としか触れられていない。しかも、古関は1964年の東京五輪開会式で演奏された「オリンピック・マーチ」の作曲でも知られる。『エール』が放送される2020年前期と言えば、まさに東京オリンピック・パラリンピックと重なる時期だ。最終的に国策的なオリンピック・ナショナリズムに回収される可能性はかなり高いだろう。
いずれにしても、最近のNHKは、報道だけでなくドラマまでも政権の意向を忖度しているようにしか思えない。それこそ古関が作曲した軍歌のように、NHKドラマが“戦意高揚の国策”にならなければよいのだが……。