キービジュアル「新パーティ」。今回取材を受けていただいた、吉岡誠子さんがレイアウトを担当している2020年に『週刊少年サンデー』で連載がスタートし、コミックスの累計が2100万部を突破した、山田鐘人原作、アベツカサ作画による大人気漫画『葬送のフリーレン』。
そこで今回は、アニメ『葬送のフリーレン』の世界観の礎である「コンセプトアート」を手がけた吉岡誠子さんに取材。自身のキャリアのスタートから、アニメにおけるコンセプトアートの役割、作品に込めた想いやこだわりを伺った。前後編合わせ約7,000文字にも及ぶロングインタビュー。『葬送のフリーレン』ファンはもちろん、アニメが好きな方、制作に携わる方にもお読みいただきたい制作の裏側を知ることができる貴重な内容となっています。
後編では、資料作成の話やおもしろかった・大変だったシーンのエピソードなどをお届けします。前編はこちらから。
contentsアニメ『葬送のフリーレン』のコンセプトアート(4)
──公式サイトには<実際に絵を描くだけでなく実際にある国や地方の街並みや風景の資料を集めるなどして、地域ごとの人々の生活や風習、季節の移り変わりなど、テレビアニメではあまり例を見ないほどの資料を作成しました>とありますね。
吉岡 フリーレンの“今”の世界には、生活に女神信仰が溶け込んでいます。重要な要素のひとつだと思ったので、どんな女神信仰なのかを山田先生とアベ先生に話を聞いて掘り下げ、果物がお供えしてある女神様の紋章が彫られた道祖神のような石や、麦のオーナメントが飾られた家のドア、家の中の祭壇などを絵にした資料を作成しました。
神話の時代からフリーレンたちが生きる時代までの歴史の流れを文章でまとめ、道端に生えていそうな季節の草花の絵と写真のリストも作りました。リストの中の植物がシーンに盛り込まれていたときは、チームの人たちに思いが伝わっているなと実感できてうれしかったですね。
そして、土地の名前の意味から、それぞれの土地ごとの紋章を作成しました。北側諸国の要塞都市フォーリヒの紋章は、城壁と剣、白樺の枝をデザイン。実はフォーリヒ周辺の森や城のまわりに、たくさんの白樺が生えている設定にしています。
なぜ白樺かというと、白樺は「再生」「新たな始まり」「成長」のシンボル。「先の」「前の」という意味を持つフォーリヒ、そして亡くなったオルデン卿の長男の意志が、次男の弟に引き継がれ成長していくイメージに、ぴったりだと思ったんです。
──フォーリヒをはじめ、アニメの本編ではどの町や村でも紋章を見なかったような気がするのですが……。
吉岡 そうなんです! 紋章は原作にないですし、本編にも登場しないんです。道祖神のような石や草花も言葉で説明されることはないので、なくてもいい要素なのかもしれません。けれど、『葬送のフリーレン』のストーリーはとにかく壮大。こういった方向性を具体化することで、筋が一本通ったブレない世界観が生み出せると感じています。
アニメ『葬送のフリーレン』のコンセプトアート(5)
──『葬送のフリーレン』は架空の世界ですが、参考にされた時代設定、資料などあるのでしょうか?
吉岡 コンセプトアートに携わることになって、山田先生とアベ先生には、たくさんのことを教えていただきました。時代設定についても伺いました。15世紀半ばより前の中世ヨーロッパをイメージしているのだそうです。
森で出会った楓の葉──吉岡さんのXへの投稿を見ると、以前に訪れた場所の写真を参考にしたり、アクティブに素材集めをされたりしている印象を受けました。
吉岡 制作にあたっては、もし私がフリーレンたちと同じ場所に立ったとき、どんなフィーリングが生まれるかを重視して取り組みました。そのフィーリングに合いそうな場所があれば実際に訪れて、どんな感覚か体験してみる。そういった場所がない場合は、これまでに撮りためた写真を資料にしました。普段から訪れた場所やハイキングした森などの写真をすべてファイルしているので、その中から探して記憶をたどってみる。
中央諸国グランツ海峡の海岸のシーンで参考となった砂浜の漂着物時代設定からすると、なかなか実現できないこともありましたが、そんなときはひたすら本や資料でフィーリングを探っていきました。本編には私のハイキングに行く森や、その途中で見つけた印象的な木や滝や、湖の浜辺に打ち上げられた流木などがたくさん登場しています。
アニメ『葬送のフリーレン』のコンセプトアート(6)
羊皮紙に手書きで書いた地図の雰囲気を出すために、凹凸のある紙を用いインクとペンで描かれた──吉岡さんはどのような手法でコンセプトアートを制作されていますか? Xを拝見したところ、「地図」はアナログ、「グラナト伯爵領」は3Dで制作とありますが、表現でのこだわりを教えてください。
吉岡 美術監督の高木さんが紙に絵の具で描かれる、水彩画のようなにじみや揺らぎがある背景美術がすごく素敵で。フリーレンの世界観にとても合っていると思ったので、いろいろなシーンに出てくる地図は凸凹感のある紙にインクで描きました。手紙などの文字もアナログにこだわりました。
町や村を設計するときは3Dで地形をデザインしています。
グラナト伯爵領は、城や天守閣にあたる主塔と、戦闘する場所などの規模や位置関係がストーリー上でも重要なので、原作をじっくり読み込んで作りました。高低差のある地形の交易都市ヴァルムでは、最後に町全体を見下ろせる高台のカフェが出てきます。カフェと太陽が沈む港の高低差をしっかり見せたかったので、3Dモデルはとても役立ちました。
3Dで作成したモデルは出力してPhotoshopで線画にし、細部を描きこんでいく方法で進めていったのです。
アニメ『葬送のフリーレン』のコンセプトアート(7)
オイサーストを描いたコンセプトアート──シーンが多岐に渡りますが、特に大変だったシーンはありますか?
吉岡 大変だったシーンはいっぱいありますが、特に印象に残っているのが、魔法都市オイサースト。まず原作を見たときに、湖の中に城塞都市があって2つの大きな塔が立っている。どうやってできた都市なのだろうと思って、これも山田先生とアベ先生に伺ってみました。
「昔は湖に浮かぶ小さな町だったけれど、大陸魔法協会北部支部ができたことにより、大きな都市に発展した」という成り立ちがあったのです。この成り立ちをどうにか表現したくて、試行錯誤を繰り返しました。
そうしてたどり着いたのが、古い町と新しい町をデザインで対比させること。ゆがみがある昔からの建物が並ぶ旧市街は曲線的に、魔法でインフラを整備した新市街地は直線的に。
──楽しかった、おもしろかったシーンも、ぜひ教えてください。
零落の王墓に登場する壮大なレリーフ吉岡 それもたくさんありますが、北側諸国の零落の王墓の作業はとても楽しかったですね。「原作に描かれた断崖絶壁にある遺跡は、どんな風に作られたんだろう」「当時の王をたたえるための大きな像は、崖を削ってできているんじゃないか」など、イメージを膨らませました。
零落の王墓は統一王朝時代に建てられたので、物語の舞台よりもさらに昔。時代背景を新たに探り、空間にはその時代を表す壁画や象形文字をデザインしました。フリーレンたちが見つけた隠された壁画の象形文字を英字に直すと、ちゃんと文章になるという仕掛けもしのばせています。レリーフや石室は、以前カナダのロイヤルオンタリオミュージアムに行ったときの写真をイメージの参考にしました。
そして、フェルンがダンジョンを攻略するために使っていた地図。実は絵コンテに描かれていたものをつなぎ合わせて、1枚の巨大な地図を描きました。本編では、撮影監督の伏原あかねさんがシーンごとに必要なところをトリミングして使用しています。
──それでは最後に、『葬送のフリーレン』をどんな風に楽しんでほしいですか?
吉岡 たくさんのさまざまな風景が出てきて、とても穏やかな空気感のある作品だと思います。
吉岡誠子さんのXには、アニメ『葬送のフリーレン』の貴重な資料・アートワークの数々が投稿されているので、ぜひチェックしてみてください!
『葬送のフリーレン』Vol.6 初回生産限定版 Blu-ray、初回生産限定版 DVD
魔王を倒した勇者一行のその後の物語。一行の1人で1000年以上生きる魔法使いのエルフ・フリーレンと、新たな仲間たちの旅路を描く。2024年1月~7月にかけて、Blu-rayとDVDを毎月1巻ずつ販売。2024年6月16日には、勇者一行がパッケージを飾るVol.6をリリース。初回生産限定版には、ブックレットなどの特典のほか、映像&音声特典も付く豪華版。7月17日にはVol.7が発売される。価格:Blu-ray 13,200円、DVD12,100円(各税込)収録分数:約98分(21話~24話収録)+映像特典/DISC枚数1枚公式サイト:https://frieren-anime.jp/
マッドハウス制作のもと、2023年9月にはアニメの放映がスタート(~2024年3月)。作品が持つ壮大な世界観はそのままに、さらに奥行きを持たせるストーリーが展開され、地上波での放送を終えた後も人気が高まり続けている。
そこで今回は、アニメ『葬送のフリーレン』の世界観の礎である「コンセプトアート」を手がけた吉岡誠子さんに取材。自身のキャリアのスタートから、アニメにおけるコンセプトアートの役割、作品に込めた想いやこだわりを伺った。前後編合わせ約7,000文字にも及ぶロングインタビュー。『葬送のフリーレン』ファンはもちろん、アニメが好きな方、制作に携わる方にもお読みいただきたい制作の裏側を知ることができる貴重な内容となっています。
後編では、資料作成の話やおもしろかった・大変だったシーンのエピソードなどをお届けします。前編はこちらから。
contents
アニメ『葬送のフリーレン』のコンセプトアート(4)
“女神信仰”をキーワードに、膨大な資料を作成


吉岡 フリーレンの“今”の世界には、生活に女神信仰が溶け込んでいます。重要な要素のひとつだと思ったので、どんな女神信仰なのかを山田先生とアベ先生に話を聞いて掘り下げ、果物がお供えしてある女神様の紋章が彫られた道祖神のような石や、麦のオーナメントが飾られた家のドア、家の中の祭壇などを絵にした資料を作成しました。
神話の時代からフリーレンたちが生きる時代までの歴史の流れを文章でまとめ、道端に生えていそうな季節の草花の絵と写真のリストも作りました。リストの中の植物がシーンに盛り込まれていたときは、チームの人たちに思いが伝わっているなと実感できてうれしかったですね。
そして、土地の名前の意味から、それぞれの土地ごとの紋章を作成しました。北側諸国の要塞都市フォーリヒの紋章は、城壁と剣、白樺の枝をデザイン。実はフォーリヒ周辺の森や城のまわりに、たくさんの白樺が生えている設定にしています。
なぜ白樺かというと、白樺は「再生」「新たな始まり」「成長」のシンボル。「先の」「前の」という意味を持つフォーリヒ、そして亡くなったオルデン卿の長男の意志が、次男の弟に引き継がれ成長していくイメージに、ぴったりだと思ったんです。
──フォーリヒをはじめ、アニメの本編ではどの町や村でも紋章を見なかったような気がするのですが……。
吉岡 そうなんです! 紋章は原作にないですし、本編にも登場しないんです。道祖神のような石や草花も言葉で説明されることはないので、なくてもいい要素なのかもしれません。けれど、『葬送のフリーレン』のストーリーはとにかく壮大。こういった方向性を具体化することで、筋が一本通ったブレない世界観が生み出せると感じています。
アニメ『葬送のフリーレン』のコンセプトアート(5)
素材探しのポイントは、フィーリングを探ること
──『葬送のフリーレン』は架空の世界ですが、参考にされた時代設定、資料などあるのでしょうか? 吉岡 コンセプトアートに携わることになって、山田先生とアベ先生には、たくさんのことを教えていただきました。時代設定についても伺いました。15世紀半ばより前の中世ヨーロッパをイメージしているのだそうです。
私はその時代背景がわかる本を読み込み、原作の絵をじっくり観察して、地形や地域性を照らし合せながら深掘りしていきました。

吉岡 制作にあたっては、もし私がフリーレンたちと同じ場所に立ったとき、どんなフィーリングが生まれるかを重視して取り組みました。そのフィーリングに合いそうな場所があれば実際に訪れて、どんな感覚か体験してみる。そういった場所がない場合は、これまでに撮りためた写真を資料にしました。普段から訪れた場所やハイキングした森などの写真をすべてファイルしているので、その中から探して記憶をたどってみる。

アニメ『葬送のフリーレン』のコンセプトアート(6)
地図や文字はアナログで描き、町や村は3Dでデザイン

吉岡 美術監督の高木さんが紙に絵の具で描かれる、水彩画のようなにじみや揺らぎがある背景美術がすごく素敵で。フリーレンの世界観にとても合っていると思ったので、いろいろなシーンに出てくる地図は凸凹感のある紙にインクで描きました。手紙などの文字もアナログにこだわりました。


3Dモデルの中にカメラを設置すると、実際に自分がその場所に立っているような雰囲気を感じられるんですよね。
グラナト伯爵領は、城や天守閣にあたる主塔と、戦闘する場所などの規模や位置関係がストーリー上でも重要なので、原作をじっくり読み込んで作りました。高低差のある地形の交易都市ヴァルムでは、最後に町全体を見下ろせる高台のカフェが出てきます。カフェと太陽が沈む港の高低差をしっかり見せたかったので、3Dモデルはとても役立ちました。
3Dで作成したモデルは出力してPhotoshopで線画にし、細部を描きこんでいく方法で進めていったのです。
アニメ『葬送のフリーレン』のコンセプトアート(7)
魔法都市オイサースト、零落の王墓でのこだわり

吉岡 大変だったシーンはいっぱいありますが、特に印象に残っているのが、魔法都市オイサースト。まず原作を見たときに、湖の中に城塞都市があって2つの大きな塔が立っている。どうやってできた都市なのだろうと思って、これも山田先生とアベ先生に伺ってみました。
「昔は湖に浮かぶ小さな町だったけれど、大陸魔法協会北部支部ができたことにより、大きな都市に発展した」という成り立ちがあったのです。この成り立ちをどうにか表現したくて、試行錯誤を繰り返しました。
そうしてたどり着いたのが、古い町と新しい町をデザインで対比させること。ゆがみがある昔からの建物が並ぶ旧市街は曲線的に、魔法でインフラを整備した新市街地は直線的に。
土地の面積を広げ、ドーンと大きな大陸魔法協会をそびえさせ、古い町を内包している近代的な都市を意識して、見た目のかっこよさにもこだわりました。
──楽しかった、おもしろかったシーンも、ぜひ教えてください。

零落の王墓は統一王朝時代に建てられたので、物語の舞台よりもさらに昔。時代背景を新たに探り、空間にはその時代を表す壁画や象形文字をデザインしました。フリーレンたちが見つけた隠された壁画の象形文字を英字に直すと、ちゃんと文章になるという仕掛けもしのばせています。レリーフや石室は、以前カナダのロイヤルオンタリオミュージアムに行ったときの写真をイメージの参考にしました。
そして、フェルンがダンジョンを攻略するために使っていた地図。実は絵コンテに描かれていたものをつなぎ合わせて、1枚の巨大な地図を描きました。本編では、撮影監督の伏原あかねさんがシーンごとに必要なところをトリミングして使用しています。
──それでは最後に、『葬送のフリーレン』をどんな風に楽しんでほしいですか?
吉岡 たくさんのさまざまな風景が出てきて、とても穏やかな空気感のある作品だと思います。
それぞれの土地の空気感を楽しみながら、フリーレンたちと一緒にのんびり旅する気分で、リラックスして見ていただけたら嬉しいですね。
吉岡誠子さんのXには、アニメ『葬送のフリーレン』の貴重な資料・アートワークの数々が投稿されているので、ぜひチェックしてみてください!
『葬送のフリーレン』Vol.6 初回生産限定版 Blu-ray、初回生産限定版 DVD



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