財務省が介護報酬カットを提言した理由

要介護1・2の人の総合事業移行を提言

財務省は、財政健全化を話し合う審議会において、介護保険制度の見直しを提言しました。

その中で、要介護1・2の高齢者に対する訪問介護と通所介護を、現在の介護保険サービスではなく、全国の市町村が運営する総合事業への移行に言及しています。

まだ財務省が提案している段階ではありますが、2024年度介護報酬改定に向けて、6月にも政府へと進言する見込みです。

これが実現すると、要介護1・2に認定されている人は、現行のサービスを受けられなくなります。

そのうえ、通所・訪問介護の事業所に対する介護報酬がカットされ、経営に大きなダメージになります。

通所・訪問介護は生活支援が中心だと指摘

財務省の報告によれば、2019年度の要介護1・2の人への費用は、3兆8099億円。そのうち、通所介護は18.9%、訪問介護は8.9%を占めています。

訪問介護と通所介護の報酬がカット!?財務省が介護保険制度の見...の画像はこちら >>
出典:『2019年度 介護保険事業状況報告年報』(厚生労働省)を基に作成 2022年05月02日更新

介護サービスには、大きく分けて「身体介護」と「生活援助」の2つがあります。

身体介護 利用者の体に直接触れて行う介護を指し、食事介助や排泄支援、体位変換などが当てはまります。 生活援助 利用者本人や家族が行えない日常生活の家事などを支援するサービスを指します。一般的な食事の支度や洗濯、買い物などが当てはまります。

財務省としては、生活援助が支援の中心であるなら、介護の専門職ではなく、地域ボランティアなども参加できる総合事業への移行を視野に入れるべきだと主張しているのです。

要介護認定と総合事業における問題

要介護認定には不満を訴える声が多い

財務省の狙いは介護費用の抑制ですが、この提言には現場の実態を踏まえていないという問題点があります。

その理由の一つが要介護認定にまつわる問題です。要介護認定は、認定調査員のヒアリング調査によるマークシートを基に、コンピューターで一次判定が行われます。

その後、各自治体が専門家を集めて、主治医の意見書を基に二次判定が行われます。ただし、ほとんどのケースで、一次判定の結果がそのまま採用されています。

要介護認定の基準にされているのは、本人の状態や病状ではなく、ケアに要する時間や手間となっています。これを「要介護認定等基準時間」といいます。

例えば、要介護1の場合は、「要介護認定等基準時間が32分以上50分未満、またはそれに相当すると認められる状態」だとされています。

さらに、要介護認定は各市町村が実施しており、認定率に地域差が生じていることが知られています。

そのため、認定結果に不満を持つ人も少なくありません。京都府の調査によると、要介護認定の結果について「やや不満である」「不満である」と回答した割合は17.2%となっています。

そのうち、不満に思った理由で最も多かったのは「思ったより軽い認定結果(要介護度)だった」が53.9%、次いで「要介護(要支援)認定の判定基準が不明確」43.5%、「認定に当たって、本人や家族の生活状況が反映されていない」31.6%と続きます。

訪問介護と通所介護の報酬がカット!?財務省が介護保険制度の見直しを提言…。
要介護認定に対する満足度
出典:『介護保険サービス利用者アンケート調査』(京都市)を基に作成 2022年05月02日更新

介護認定が軽くなると、受けられる介護サービスの量が少なくなるため、不満を抱く人もいるのです。家族や本人による誤解もありますが、中には本当に必要なサービスが受けられなくて困っているという声もあります。

今回、財務省は要介護1・2の人を「軽度者」として表現していますが、実際には重い病気を抱えていることもあり、単純に「軽度者」と一括りにできません。

通所介護の約4割は総合事業を受け入れていない

財務省の発表に対し、日本デイサービス協会はすぐに反対声明を発表しました。

同協会の調査によると、通所介護事業者の約4割が総合事業を受託していないことが明らかになっています。受託していない理由の57.1%は「報酬単価が低い」からです。

また、受託している事業者でも、受け入れ人数に制限を設けている事業所は28.6%に上ります。総合事業は報酬が低いため、経営とのバランスを考えると受託できないという実情があるのです。

通所介護の事業者は、コロナ禍によって利用者が激減するなど、経営が厳しくなっています。そのうえ、要介護1・2の人の介護報酬がカットされると、廃業せざるを得ない事業者も生じることでしょう。

社会保障制度の見直しは必要

介護給付費の適正化は不可欠

財務省がこれほど厳しい提言をしたのは、介護保険にかかる費用が増大しているからです。

財務省の資料によると、2022年の介護費用は13.3兆円に上るとされています。創設当初の2000年は3.6兆円だったことから、約20年で10兆円も拡大しているのです。

訪問介護と通所介護の報酬がカット!?財務省が介護保険制度の見直しを提言…。
介護保険費用の推移
出典:『社会保障「資料1」』(財務省)を基に作成 2022年05月02日更新

介護保険制度が創設された当初は、介護のために長年入院する「社会的入院」が減少し、医療保険の費用が1.2兆円減少すると見込まれていましたが、実際には0.1兆円にとどまっています。

こうした現状を解消するため、政府は各都道府県に介護給付費の適正化計画を求めていますが、あまり進んでいません。

介護費用を節減できなければ、既存の社会保障制度そのものが破たんしかねない状況であるのも事実です。

高齢者への支援をどうやって維持するか

政府は、高齢者支援を主体とした社会保障からの脱却を目指し、全世代型社会保障の実現を目指しています。

高齢者だけでなく、若年層や貧困層への支援も大切です。しかし、要介護認定や総合事業の問題を検証することなく、介護給付費という観点だけで要介護1・2の人への介護サービスをカットしてしまうと、多くの人が適切な支援を受けられなくなるリスクが高まります。

また、ただでさえ経営が厳しい介護事業者は、介護報酬がなくなると廃業に追い込まれる可能性もあり、給与アップで人材確保を進める介護職へも悪影響を及ぼすことでしょう。

増大する介護費用を節減することは必要不可欠です。しかし、その改革は実態や実情に即したものであるべきではないでしょうか。

編集部おすすめ