人員配置基準の見直しが図られる理由
規制改革会議で提言された論点
2020年5月、内閣府の規制改革推進会議は『コロナ後に向けた成長の「起動」』という改革案をまとめました。経済やエネルギー対策だけでなく、医療や介護分野などで幅広い改革案が提言されています。
その中で、2021年末から議題にあがっていた人員配置基準の緩和についても言及しています。
2022年度中には、同施設で現行の基準より少ない人員配置による実証事業を行い、厚生労働省で論点を整理する見込みです。早ければ2023年度中に何らかの結論が出され、今後の方針や措置が決められる予定です。
ICTなどのテクノロジーを用いた実例
人員配置基準を緩和するということは、現場で働く介護職員などの数を減らすことになります。そのため、現場からは根強い反対の声が上がっています。
しかし、規制改革会議も何の根拠もなく提言しているわけではありません。すでにICTなどを活用して業務効率化ができている事例などを検証しています。
例えば、大手介護事業者のSOMPOケアでは、ICTや外部委託などを活用して、少ない人員でのサービス提供を実現しています。
その取り組みのうち、特に先進的なのが利用者のリアルデータの活用です。例えば、利用者の1分あたりの呼吸数を常に計測。そのデータを職員で共有することで、肺炎などのリスクが高まっていることを事前に予測できるようになっています。
この取り組みによって、月間介護時間が直接介護では185時間、間接介護では1,058時間も短縮できると予測しています。これは全体の介護時間の約35%にも及びます。
このように、業務を効率化できれば、介護職員の数を減らしてもサービスの質を維持できると規制改革会議は主張しているのです。
人員配置基準の現状と課題
勘違いされやすい常勤換算の実態
しかし、こうした先進的な事例はごく一部にすぎません。現状の介護現場の実態を人員配置基準から考えてみましょう。
人員配置基準は、「常勤職員の人数」+「(非常勤職員の勤務時間)÷(常勤職員が勤務すべき時間)」で求められる常勤換算という方法で決められます。
施設や職種ごとで基準に違いはありますが、特別養護老人ホーム(特養)の基準では、常勤換算方法で入所者3人に対し1人以上(3:1)と定められています。
また、特養の1施設あたりの定員は平均約70人です。この平均値に当てはめると、介護職員または看護職員24人、このうち看護職員は3人の配置が必要なので、「介護職員21人+看護職員3人」が最低基準の人員配置となります。
この前提条件を基に、職員の休日数や夜勤なども考慮して計算すると、1日あたり日中8人の介護職員が配置される計算になります。つまり、日中は介護職員1人あたり8.8人の入所者の方を介護することになります。
多くの介護職員はシフト勤務のため、日中常時8人の介護職員が対応するわけではありません。実質1人の介護職員で利用者10人程度をみなくてはならないのです。
しかし、これでは職員1人にかかる負担が重く、仕事が回らない可能性が高いので、多くの介護事業所では基準より多くの人員を配置しなくてはなりません。
特養に限った話ではなく、介護現場ではこのようなケースが大半を占めているのが現状です。
小規模事業者にはICTを導入する費用と人材が不足
業務を効率化して、人員配置を減らすためにはICTを導入することが不可欠だとされています。しかし、実際にはICT機器を導入するハードルが高いと推測されます。
三菱総合研究所のアンケート調査によると、事業所にICT機器を導入している割合は全体で89.3%に達しています。
一方、残りの1割が導入できない理由として挙げているのは「ICT機器・ソフトウェアの導入に必要な費用が負担である」が58.6%で最多となっています。
次いで、「どのICT機器・ソフトウェアの導入が有効なのかの情報がない」(38.8%)、「事業所内でICT機器・ソフトウェアに詳しい職員がいない」(32.5%)、「ICT機器・ソフトウェアの導入にかけられる時間がない」(31.3%)と続きます。
出典:『介護分野の生産性向上に向けたICTの更なる導入促進に関する調査研究』(三菱総合研究所)を基に作成 2022年06月23日更新このように、一部の介護事業所ではICT導入のための資金やノウハウが不足していることが示されています。
事業種別に導入してない割合をみると、通所リハビリテーション19.7%、訪問介護13.9%、認知症対応型通所介護13.3%と、比較的事業規模の小さな事業者で多くなっています。
また、導入している事業所でもSOMPOケアのような先進的な機器ではなく、見守り機器などの簡単なものだと考えられます。現状ではICT機器だけですべての事業所の人員配置を緩和することは難しいと言わざるを得ません。
人員配置基準の緩和で必要な経営健全化
小規模事業者ほど収入が不安定
すべての事業所でICTを導入するためには資金が必要ですが、介護事業所は小規模になればなるほど利益率が低下する傾向があります。
例えば、通所介護事業所では、月間利用人数が300人以下の場合は-1.8%ですが、901人以上だと6.4%に達しています。

これに対し、各都道府県ではICT導入費用を助成する制度などを設けて支援していますが、職員の中に詳しい人材がいない場合は導入に踏みとどまる可能性もあります。
つまり、先進的なICT機器を用いて人員配置を基準よりも低くできるのは、事業規模の大きい事業所に限られているのです。
地域の小規模事業者が連携して経営健全化を目指す
これらの現状を受けて、財務省や厚生労働省では、介護事業所の大規模化・協働化を進めるよう議論を重ねています。
一方、大和総研の調査によれば、地域包括ケアシステムで重要な柱に位置付けられている介護予防サービスを受託しているのは、小規模事業者が約6割を占めています。
効率化という観点だけで大規模事業者ばかりを優遇していると、地域における介護サービスの提供に支障をきたすリスクもあるのです。
そこで、必要になるのは小規模事業所同士による協働化です。例えば、必要となる経費などの負担を分け合って、共通のICTシステムを導入するなどの方法が考えられます。
2022年4月には、社会福祉法人を対象に、「社会福祉連携推進法人制度」が始まり、勉強会などの経費を分担できるような仕組みもできています。
まだ介護事業所に適用されてはいませんが、こうした仕組みをさまざまな事業に広げていけば、小規模事業者の利益率を向上することにもつながります。
業務効率化や人員配置の緩和は、実現できれば大きなメリットをもたらします。しかし、現状のままではコストカットを前提としており、介護現場に混乱をきたしかねません。実態に合わせた改革が求められているのです。