介護予防の場としてのJリーグ観戦
Jリーグ観戦×介護・福祉 注目の取り組み「Be supporters!」とは?
2020年12月から「Be supporters!」と呼ばれるプロジェクトが始まり、現在、介護分野の関係者から注目を集めています。
このプロジェクトは、介護施設の入居者に、Jリーグの観戦を通して地域のクラブ・サッカー選手のサポーターになってもらおうという内容で、サントリーウェルネス株式会社がJリーグのクラブと連携して企画したものです。
老人ホームで日々行われているレクリエーションの一環としての性質を持ちますが、地域のサッカークラブを「支える」という形で、地域社会の一員としての自覚を持てるという特徴があります。
試合は基本的に施設内のテレビを使用し、Jリーグの試合を放送する動画配信サイトを通じて観戦します。試合当日は気分を高めるためにチームのユニフォームを着用。館内にチームのタオルやTシャツを飾り付けて盛り上げます。
2022年7月時点では、累計で約40施設、およそ500人が参加しているとのこと。ユニフォームやタオルなどは、プロジェクトを通してクラブから提供されるそうです。
カターレ富山での成功事例
「Be supporters!」プロジェクトはまだ始まって間もなく、しかもコロナ禍の影響もあったため、2022年7月現在、Jリーグの参加クラブは川崎フロンターレ、ヴィッセル神戸、レノファ山口、カターレ富山の4チームのみとなっています。
このうち、もっとも早くプロジェクトが進んだのはカターレ富山。プロジェクトが始まった2020年に富山県内の社会福祉法人が手を挙げ、その後も県内の介護施設で参加者が増えていき、2021年までの1年間だけで延べ1,000人が参加したといいます。
出典:『KATALLER TOYAMAOFFICIAL WEBSITE』を基に作成 2022年09月29日更新コロナ禍により介護施設内での活動も制限されている中ではありましたが、地元のサッカークラブを応援することで、施設内の入居者にワクワク感・トキメキ感が生じたそうです。
試合の日には勝利の願掛けのために、相手チームのご当地グルメを調理して食べる「サポ飯」を施設内で提供。観戦後は日記も作成します。
また、カターレ富山の選手が施設を訪問したこともあったとのこと。「Be supporters!」のガイドブックによると、選手が訪問した時は入居者も喜び、「普段は絶対に見せない顔です」「(普段はこんな風に)歩いたりしないです」と施設職員から報告があったといいます。
Jリーグを観戦することで得られる介護予防効果とは
介護予防とは?自治体は介護予防事業に注力
「Be supporters!」プロジェクトは、介護施設の入居者にとって楽しみの場になると同時に、介護予防の効果を得られるという点でも参加する意義は大きいといえます。
介護予防とは、要介護状態とならないように予防策を講じることで、健康や心身機能の維持・向上を図ることです。すでに要介護状態の方であれば、さらなる重度化を防止し、心身状態の維持・改善を目指すことを意味します。
介護予防というと、心身機能を維持・回復させるための一時的な訓練であることが主流でした。その理由としては、それ以外の方法で介護予防に取り組める場・機会がそもそもなかったこと、「介護予防=とにかく脳トレや体操をすること」という考え方が一般的であったことなどが挙げられます。
しかし、国・厚生労働省による周知化もあり、「通いの場」などに通って人と交流しながら多様なプログラムに取り組むこと、地域社会とのつながりの中で生きがいや役割をもって社会参加すること、が新たな介護予防の考え方として定着しつつあります。
「Be supporters!」プロジェクトは、地域のサッカークラブとのつながりの中で社会の一員としての自覚を持てる活動。現在重視されている介護予防の考え方に適した内容といえます。
期待できる介護予防効果とは?
高齢者がJリーグのようなスポーツを観戦することには、とくに精神的な面での健康増進効果を持つことが研究によって明らかにされています。
筑波大学は2019年に、全国60市町村に住む2万1,317人の高齢者を対象に、スポーツを観戦する頻度を尋ね、うつ病との関連性を調べる調査を行いました。
その調査結果によると、何らかのスポーツを現地で毎月~年数回観戦している人、またはテレビ・インターネットを通して毎週観戦している高齢者は、観戦を一切行っていない人よりもうつ傾向の危険性が約3割低いとの結果が出ています。
「Be supporters!」プロジェクトのように、テレビ・インターネットを通しての観戦であっても、うつ病の有病率は低くなるわけです。

うつ病は引きこもりや心身機能の低下を招き、要介護状態への引き金となる病気です。Jリーグのようなスポーツ観戦がうつ病のリスクを減らせることは、その介護予防効果が大きいことを意味します。
Jリーグを介護予防に活用する上での今後の課題
Jリーグを活用した介護予防事業は2007年度からスタート
Jリーグを高齢者の介護予防の場として活用する取り組みの歴史は実は古いです。2007年度からJリーグと厚生労働省が連携し、「Jリーグ介護予防事業」をスタートさせています。
この介護予防事業は、Jリーグのクラブがスタジアムや練習病などの施設を使用してスポーツ教室などを実施。高齢者世代の健康増進、体力向上に寄与することを目的とした内容です。
開始当時から多くのクラブが多様なプログラムを提供。サッカー教室や健康体操、ウォーキング、栄養講習、ボランティアへの参加などが当時から行われていました。
例えば、川崎フロンターレは、運営するフットサル施設にて「青空いきいきウォーキング&健康体操教室」や「青空はつらつエアロビクス教室」などを開催。クラブと同じ地域に住む多くの高齢者が参加したようです。こうした取り組みは全国各地のクラブチームが行い、現在も継続されています。
ただ、これら介護予防はあくまで高齢者側も体を動かして参加するという内容です。
一方、サントリーウェルネスの「Be supporters!」プロジェクトは、Jリーグのクラブを観戦、応援し、サポーターになることを通して介護予防を行う取り組み。この点は違いがあるといえます。
課題は高齢世代にも関心を持ってもらうこと
「Be supporters!」プロジェクトのような、スポーツの観戦、応援を介護予防・重度化防止につなげる場合、観戦すること自体に興味を持ってもらうことが必要となります。
全国の10代~60代、1万9,034人を対象に行った「Jリーグの観戦実態についての調査」(株式会社スパコロ調べ)によると、Jリーグの観戦経験を「したことがある」と回答した人の割合は、30代が18.5%だったのに対し、60代は14.8%でした。
観戦を普段から「している」との回答割合は、30代が14.4%だったのに対し、60代は12.6%となっています。若い世代に比べると、60代はJリーグの観戦経験が少な目で、馴染みが無い人も多いわけです。

スポーツ観戦に興味を持ってもらうには、その競技の面白さを前もって知ってもらうことも大切。その点を周知していかないと、観戦したいとの意欲を持てない高齢者が多く生じ、介護予防に活かせないケースも出てくる恐れもあります。
今回は「Be supporters!」プロジェクトについて考えてきました。今後こうしたスポーツ観戦による介護予防を図る取り組みが増えていくのかどうか、引き続き注目したいです。