重視される在宅での栄養管理

在宅栄養とは?

2022年末、厚生労働省は「第8次医療計画等に関する意見のとりまとめ」を公表しました。その中で、新たに「訪問栄養食事指導を実施している診療所・病院数」「訪問栄養食事指導を受けた患者数」が新たな指標として設けられることが決まりました。

これらの指標を設けた背景には、医療・介護サービスで提供されている「在宅栄養」を推進する狙いがあります。

簡略的に「在宅栄養」と呼ばれていますが、正式には訪問栄養管理サービスのことを指します。

訪問栄養管理には、医療保険による「在宅患者訪問栄養食事指導」と、介護保険による「居宅療養管理指導」「介護予防居宅療養管理指導」の3種類が提供されています。

要介護認定を受けている方の場合は、おもに介護保険が優先され、通院や通所が困難な場合に医療保険が適用されます。

いずれにしても、在宅で療養している高齢者を対象にしたもので、管理栄養士などが自宅に訪問して、栄養管理のプランや指導を行います。

具体的なサービス内容

訪問栄養指導は医療保険と介護保険によって、提供されるサービスに違いがあります。

医療保険

  • 生活状況や嗜好などを考慮した食事計画の提案
  • 具体的な献立立案
  • 食事に関する指導
  • 医療用食品を活用

介護保険

  • 関連職種と栄養ケア計画を作成
  • 栄養管理に関する指導や助言
  • 栄養状態のモニタリングと評価
  • 流動食や介護食の提案

いずれの保険が適用されるにしても、かかりつけ医などの指示に基づいて行われます。

また、医療保険の場合は、症状に合わせて専用の食事を提供することがありますが、介護保険の場合は、介護食や流動食のほか、既存の食材などを用いた調理法の指導などが行われます。

在宅栄養の目的と課題

フレイルや低栄養の予防

超高齢社会に突入した今、介護保険の受給者は右肩上がりで上昇しており、2020年度の要支援・要介護認定者数は680万人を突破しました。

それに比例するように介護にかかる社会保障費も年々増加しており、政府はできる限り介護保険にかかる要介護者を抑えたい意向があります。

そこで生まれたのが介護予防という考え方です。要介護状態になる前に、高齢者の健康を増進することを重視しています。

要介護状態になる前段階の症状として、危険視されているのがフレイルや低栄養です。

いずれも病気とは言えないまでも、要介護になりやすい症状のひとつとされており、この状態になる前に食事や運動などを積極的に推進する必要があります。

こうした経緯から着目されたのが栄養管理です。

高齢者は一人暮らしだったり、夫婦だけの世帯だと食事が偏りがちになる傾向があり、低栄養になりやすいとされています。

そのため、栄養について専門家がアドバイスを行えるような体制づくりを進めてきました。

訪問栄養指導は、あくまで要介護状態になった後に受けられるサービスですが、利用状態を改善することで、症状の進行や改善を目指しています。

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拠点になる栄養ケア・ステーション

高齢者の栄養管理は、介護予防や症状の改善という観点から重要な取り組みだとされており、専門的な知識を備えた管理栄養士が重視されています。

管理栄養士が行う介護サービスに、「居宅療養管理指導」がありますが、この算定回数は非常に少ないと指摘されています。

厚生労働省の資料によると、栄養改善が必要な在宅高齢者は約4割に及ぶとされていますが、実際に管理栄養士による「居宅療養管理指導」が算定されている回数は1ヵ月あたり約4万7,000回。医師によるものが77万7,800回なので、その数が圧倒的に少ないことがわかります。

その原因のひとつに「居宅療養管理指導」を実施している施設が病院や診療所などに限定されている点が挙げられます。

病院や診療所に勤務する管理栄養士は、もともと病院内で提供される食事の管理などを主な業務にしており、訪問指導の専門家ではないこともあります。

そこで、日本栄養士会は全国に「栄養ケア・ステーション」と呼ばれる管理栄養士などが常駐する専門機関の設立を急いでいます。

栄養ケア・ステーションは、地域包括ケアの考え方をもとにしており、地域密着型の拠点としての役割になっています。その業務は訪問栄養指導だけでなく、地域住民や民間企業と協働して、さまざまな活動を行っています。

なかでも期待されているのが、病院や診療所との連携です。

病院や診療所に専従している管理栄養士が不足していることが、「居宅療養管理指導」の普及を妨げる要因と考えられていましたが、栄養ケア・ステーションの管理栄養士が外部指導員として医師などと連携することで、栄養指導を効率的に行えるからです。

介護保険によって提供される在宅栄養、普及を進めるために必要なこととは?
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現在、栄養ケア・ステーションの拠点数は448で、登録している管理栄養士は4,973名。日本の市町村数は1500以上もあるので、まだ普及しているとは言いがたい状況ではありますが、今後の活躍が期待されています。

普及のために必要なこと

必要性を感じていない施設が多い

訪問栄養指導の普及を阻む要因は、人員や施設の不足だけではありません。そもそも所属している施設の意識が低い点が挙げられます。

久留米大学が全国の管理栄養士に行ったアンケート調査によると、訪問栄養指導を経験したことがないと回答したのは、実に87.7%に上りました。

そのうえで、訪問栄養指導を行っていない理由を尋ねると、「施設の方針」という回答が57.6%と半数以上を占めています。

つまり、多くの施設で訪問栄養指導の必要性を感じていないことがわかります。その原因は、訪問栄養指導に対する利用者のニーズがないと考えられているためだと考えられます。

しかし、訪問栄養指導を行った約半数の管理栄養士は、利用者の変化として「食事摂取量の増加」「栄養状態の改善」「調理への関心の高まり」を、実感していることも示されています。

同調査では、利用者のニーズがないのではなく、利用者が訪問栄養指導のサービスそのものを知らない可能性を指摘しています。

医療機関への認知を広め、患者にも周知する

訪問看護や訪問リハビリは、看護師や理学療法士など、もともと医療に深く関係している人材を活用するため、医療機関もサービスとして提供しやすく、普及までにそれほど時間はかかりませんでした。

一方、管理栄養士は直接的に医療や介護にかかわることが少なく、所属している人員もそれほど多くありませんでした。

そのため、医療機関では訪問栄養指導を行うにしても、リソース不足なうえで不慣れだったので、普及が大きく遅れることにつながったのではないでしょうか。

このたび厚生労働省が「訪問栄養食事指導を実施している診療所・病院数」「訪問栄養食事指導を受けた患者数」を指標化したのは、こうした実態をより把握し、適切に評価するためだと考えられています。

さらに、厚生労働省は訪問栄養指導を含めた在宅医療を包括的に推進する機関も指標化したことで、今後は在宅医療を実施している医療機関が優遇される可能性もあります。

ただ、こうした施策は医療機関への周知には有効ですが、一般の人にはなかなか伝わりません。

今後は、医療機関などの専門家だけでなく、一般の認知度もあげていけば、そのニーズも高まり、栄養ケア・ステーションといった専門機関の増加にもつながるのではないでしょうか。