婚活を始めた36歳の女性に出会った
内閣府が6月に「令和4年男女共同参画白書」なるものを発表し、「20代の4割はデートの経験がない」という調査結果が話題になった。
いまの男女は男と女のくくりでお付き合いしたり、結婚を考えたりっていうのは希薄になっているような気もする。
だいたい結婚しなきゃダメなの?そういう人もたくさんいる。
結婚自体はどうだろう。しなくてもしても自由だけど。確かに、今時の人の結婚観はボクたちの時代とは大きく違うと感じる。
先日、映像関係の撮影で、36歳の保育士の方と一日中ご一緒した。
その日は天候が不安定で、車椅子のボクにとって、雨は天敵なので野外の撮影中はロケバスの中での待機時間が度々あった。
休憩時間の度、連載小説のように続く彼女の話を聞き入った。彼女は、マッチングアプリで婚活している。
その日初めて会った妻に相談事を話していたのだが、ボクは横で前のめりに聞き入ってしまった。
「この話書いていい?」と聞いたら「どうぞどうぞ」とのことなので、今回は『結婚』について話したいと思う。
彼女は36歳で、見た目のかわいいお嬢さん。今流行りのイケイケ(死語か?)のタイプではなさそうだが、短大を出てから勤続15年になるベテラン保育士だ。
彼女いわく、恋愛経験は少ない方。
「誰かと付き合ったことがないわけではないが、かっこいい見た目の人が好きで、そういう人に出会わなかった」「保育士って女性の職場で、なかなか出会いもなくって…」恋愛はすっかり遠退いてしまっていた。
気がつけば、親友には結婚して子どもが産まれた。他の友人も家庭を持っているので、一緒に出かける機会もめっきり減った。
なんとなく休日に家にいることが増え、暇な時間が多くなったなあと思って、パン作りの教室などに通ってみたりもした。
そんな矢先、両親が定年を迎え「今の自宅は、急な坂道の先にあるので、不安になってきたから移住を考えたい」と言い出した。
「兄妹はすでに結婚して独立している。もしもこのままこの家に住むなら、あなたの名義にしてほしい」そんな話をし始めた。
彼女は「もう結婚もしないかもしれない、しなくてもいいか…」と考え始め、今まで貯めたお金の一部をその移住に使ってもいいかな、なんて家の内見にも行き始めた。
『結婚』というこれまでまったく考えていなかったワードが、去年急に重くのしかかった。
打算的に考えてマッチングアプリで婚活を始めた
『結婚』なんてしなくても、彼氏なんていなくてもいいやと本当に思っていた。
「周りの人から『親がいなくなった後、一人でもいいの?』と聞かれても、『お金さえ貯めておけば、別に平気なんじゃないか』そう思ったっていたんだけど」と彼女は言った。
両親の移住問題で不動産屋さんに話を聞くと、もうすぐ定年を迎える両親のみではなかなか契約すらできない事実を知ったり、「歳をとる」ということが社会的にどういうことなのかを考えさせられる場面がたくさんあった。
ちなみに我が家の場合も、まさしく今この状態。
89通目でも書いた通り、若いころに住み始めた住宅。月日が経って、ライフスタイルが変わり、いろいろと困った点が出てきた。かといってすぐに引っ越すわけにもいかない。
無限にお金のある人なら別だけれど、保育士は決してうんと稼げる職種ではない。子どももいないし、身内もごく僅かだそう。
「ちょっと結婚でも考えてみるかって思っちゃって、そんな打算的な結婚話なんです」
そして彼女の『結婚』への道が始まった。
彼女は、まず2つのマッチングアプリに登録した。アプリ内で自分の条件のあった相手に“いいね”マークをつけておく。
相手から話したいと連絡が来れば、アプリ内のチャットでテキストのやりとりをしたり、話をしたりできる。
チャットで何度かやりとりをした後に、実際会ってみる。個人のLINEなどの連絡先を教えあったりすることもある。
「私が慎重なのもあるけど、会ってみたいなと思う相手とマッチングすることはあまりありません。
今付き合っている人も、半年前にアプリで知り合ったそうだ。1ヵ月弱チャットだけの会話を続けて、それから初めてご飯を食べに行った。
初めてのデートは、12時に待ち合わせをして、昼ご飯を食べてちょっと歩いて16時ぐらいには別れた。
ボクは「え?そんなに早く帰ってきちゃったの?」と驚いたが、彼女は「話すこともないし」と答えた。
「でも、月に一回のペースでデートをしてて。毎回そんな感じです。」ご飯食べて4時間ぐらいデートして帰ってくる。
「もうちょっと一緒にいたいとかないの?」とボクが聞くと「特にないですねえ、でも嫌な人じゃない」と彼女。
プロポーズ、スルスル詐欺ってなに?
でもそこから、ちょっと進展もあったそうで「プロポーズってどんな感じにしてもらいたい?」と聞かれた。
彼女は「指輪は一緒に買いに行きたいから、サプライズで指輪の箱をパカっていうのはないな」と答えた。
そもそも彼女がマッチングアプリに登録したのは、結婚を前提としたお見合いみたいなもんだから、その気がないなら付き合えないっていうのが大前提。
でも、どんなプロポーズが良いか聞いてきたのに、その後何にもない。彼氏は「そのうちね」と言ったきり何も言ってこない。
この前旅行に行って、もしかしたらその時かも…?と思ったけどまったくない。
「なにそのスルスル詐欺って?」と聞くと、「プロポーズするって言ってばかりのスルスル詐欺です」という答えをもらった。
続けて彼女は「大体、仕事の区切りがついてからとかってありえますか?仕事が忙しいのってずっとエンドレスで続きますよね?」
「例えば、資格試験が3ヵ月後にあるから、3ヵ月待っててっていうのならわかりますけど、仕事が忙しいから落ち着いたらねって、私だって毎日忙しいですよ」と嘆いていた。
「そう言われたの?」とボクが聞くと、「いやはっきりは言われてませんけど、仕事の見通しがつかないから結婚できないっていうのは言い訳で、したくないだけですよね?」と彼女。
うーん、なかなか手厳しい。
「その人を猛烈に好きなわけでもないので、結婚する気がないなら別れればいいだけの話ですから」とあっさり。
確かに「スルスル」ってチラつかせて、なかなか実行に移さないのはおかしいとボクも思う。親や友だちにも会ったこともなくって、プライベートを他人にあまり公表したくないというところにも疑念を持っているようだ。
「やっぱり騙されているんでしょうか…?」
出会ったばかりのボクたちに、堰を切ったように話す彼女。きっとすごく悩んでいたんだろうなあ。ボクは相手の気持ちもよくわからなかったけれど、彼女の気持ちもわからないことが多かった。
デートは月1回で十分。要件がないなら電話もしないし、デート中、話が弾まないならすぐ帰りたいということ。
本当にその程度の人と結婚するのだろうか?と疑問に思った。
もう36年前になるボクたちの結婚式ネットで知り合って結婚は今じゃ当たり前
話はちょっと違うが、病気を発症する13、4年前に、知り合いの編集者がチャットで知り合った沖縄の人と、5回会っただけで結婚したって話を聞いて、たいそう驚いたことを思い出した。
“ダイビングが趣味の人”という括りのチャットで話が盛り上がり、沖縄に潜りに来れば?と言われたので、本当に行ってしまった。
「結婚すれば沖縄に住めるから」そう言う彼女に「結婚しなくたって沖縄に住めるだろう」と言ったら「住めるから結婚するのか、結婚したいから沖縄に住むのかはよくわからない」と言われて、それなら安心だ、と話した覚えがある。
それにしても、当時はネットで知り合って結婚するなんて!と驚いたわけだけど、もうこの10年でそんなのは当たり前なのだ。
改めて「大体結婚ってなんなんですか?」そう保育士の彼女に聞かれて考えてみた。
今時、結婚という形式に囚われるのは古い考え方だって思う人もたくさんいるだろう。
ボクの場合は、好きで好きで大好きだった彼女(妻)と一緒にいたいから、一緒に暮らしたいから、この人を大事にしたいし、ずっと一緒に過ごしたくて結婚したいと思った。
妻となら、いろいろな苦難を一緒に乗り越えられる気がして。一緒に築いていく同志でもあると感じて。そんな素朴な理由が一番だ。
婚姻届を提出することは、この国に住んでいて「他人のこの人と家族になります」という証明書なのだ。細かいことで言えば、家族になると病院でも発言権も出てくるし、いろいろなところで代役もできる。
変な話だけど、制度上の問題もお互いに責任を持たなければならなくなる。そういう覚悟もありますよってことか。
ドキドキしない人との結婚も今どき?
日本国憲法第24条には『婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない』とある。
そんなボクら夫婦の話を織り交ぜながら、彼女の“スルスル詐欺疑惑”には「ざっくばらんに、前に話したプロポーズの件はどうなっているのか教えてください」って言ってみれば?と伝えた。
彼女は「結婚してもしなくてもいいと思っていたけど、なんとなくしたくなりました」と言って帰っていった。
「アプリに登録するときに、一応本人確認みたいなのはあるけれど、アプリで知り合うのは、騙される可能性がゼロではないというリスクはあるんですよね」彼女も冷静で、その辺りも分かってはいるんだけど…まさかねとも思うんだろう。
「やっぱり騙されてるのかな?違うにしても、そんな煮え切らない人はやめた方がいいですかね?人に話してみて整理がつきました」
めちゃめちゃたくさん話して、こちらの意見もあまり聞かずにスッキリした様子。
マッチングアプリの話は面白かったけれど、それよりも何よりも「結婚という制度に乗っかりたいだけで、愛はそんなに必要ないです。結婚してからで良いです」って言い切っていたことに心底驚いた。
本当に?そんな逆の割り切り方もあるの?本当にドキドキしないで結婚するのかな?
『結婚』について、久しぶりに話を聞いて、自分の時代とは違うもんだなあと感心したボクだった。
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