元理化学研究所プロジェクトリーダーで眼科医の高橋政代氏は、2019年に同所を退所。その後はベンチャー企業の社長を務めながら、神戸アイセンターでの活動に力を注いできた。
医療と福祉がつながる神戸アイセンター
みんなの介護 高橋さんは、現在神戸アイセンターでの活動に注力されているそうですね。どんな施設なのか、改めて教えてください。
高橋 神戸アイセンターは、眼に特化した全国初の公立病院のほか、研究機関・会社・公益社団法人などを包括しているセンターです。
視覚障がいを持つ患者さんのあらゆる問題を解決すべく、ここでは研究・治療・臨床応用・リハビリ・就労など、眼に関するトータルな支援を行っています。医療と福祉と患者さんの間にある溝を埋めるためにつくりました。
神戸アイセンターにあるVision Park(ビジョンパーク)では楽しく運動できるスペースがあったり、デジタル機器を使って情報を得たり、相談コーナーを設けたりしています。治療以外の解決法を処方するフロアです。
福祉を含め色々な施設の方が日替わりで来てくださっているので、患者さんとケアのプロの方をつなぐための場にもなっています。最新のあらゆる情報を用意しているので、全国から患者さんが来られ、患者さんのニーズが集まるので、企業や福祉、教育関係の方も自然と集まります。
Park(公園)をコンセプトとしているので、障がいを持っていない人も病院を利用しない人も気軽に遊びに来られている。「安全に配慮したリスク」を設け、視覚障がい者を守りすぎず、一般の人にも利用できるおしゃれなデザインにしていて、あえてバリアフリーにしていません。
ブックディレクターが選書した書籍を500冊ほど置いており、職場のお昼休みに、お弁当を持って寛ぎに来られる方もいます。
みんなの介護 患者さん同士の交流もあるのですか?
高橋 あります。ピアカウンセリングなどを行っています。ピアカウンセリングは、コロナ禍でオンラインになり、全国から数百人単位で参加されるようになりました。コロナ前より一桁参加者が増えましたね。
みんなの介護 ピアカウンセリングとはどんなことをするのですか?
高橋 同じ悩みを持つ人同士が、互いの話を聞き合う場です。ピアカウンセリングで一番良いのは、元気な患者さんの情報を処方することです。同じ状況にある患者さんの言葉の方が医者の言葉より説得力がある場合もある。
それから、カミングアウトの重要性を学ばれる方が多いです。
しかし、同じ悩みを持つ人に打ち明けることで共感して助けてくれる人が出てくる。サポートを得て今の生活が良くなったり、普通に働けるようになったりする方もいらっしゃいます。
視覚障がい者の可能性を開いていきたい
みんなの介護 ほかに力を入れている取り組みを教えてください。
高橋 視覚障がい者の状況を正しく理解してもらえるよう情報発信を積極的にしています。一言で「見えない」と言っても、そのレベルには各人差があります。「まったく見えない」という人はごく僅かですが、一括りに捉えられてしまって雇用が難しくなる問題もある。
視覚障がい者は何もできないと思われがちです。ですが、実際に何もできない状況の人はめったにいない。正しい情報を伝えることで、視覚障がいを持つ方が暮らしやすい社会にしていくことを目的にしています。
眼科医であっても全盲の人がどういう生活をしているのか知らない人がいます。一般的なクリニックでは、全盲の人とほとんど接することがない状況があるからです。中には、視覚障がい者を「かわいそうな人」として扱う医師もいます。
医師が憐れんだ対応をすると、患者さんが「自分は不幸だ」と思い込んでしまう可能性がある。「そうではないよ」と、患者さん自身にも社会にも伝える必要性を感じています。そういった視覚障がい者の本当のところを見ようと立ち上げたのがisee!運動(アイシー運動)です。

どうしたら理解されるか?TVドラマにヒント
みんなの介護 視覚障がい者の方は、どのようなお悩みを抱えていることが多いのでしょうか?
高橋 やはり「理解されない」という悩みは共通しています。外からは患者さんの症状がわかりにくい。
例えば、眼の真ん中の機能が失われている人は、字は読めないけど普通に生活できる。何が見えないのかが理解されない。
逆に視野が狭い方は、スマホを見ることはできるのに、歩けないから白い杖を持っている。周りの人は「スマホを持っているのに、なんで白い杖を持っているの?」と思います。視覚障がい者の置かれている状況が、なかなか社会に理解されないですね。
みんなの介護 なるほど。視覚障がい者に対する理解は、どうしたら深まるのでしょうか。
高橋 広く伝えるという意味では、メディアの力も大きいです。
今まで「かわいそうな人」「頑張っている人」というイメージだった視覚障がい者の、普通の暮らしが淡々と描かれていた。エポックメイキングでした。視覚障がい者への世間の見方を一発で変えるテレビの力を感じました。
視力を失うことは、自分の心との闘い
みんなの介護 実際、見えなくなる人の恐怖や葛藤はどのようなものなのでしょうか?
高橋 「見えなくなったら向こう側の世界に落ちてしまう」と表現される患者さんがいます。その恐怖があるから、視力が悪くなっていく過程が一番つらい。
大抵の人は、見えなくなることに抗います。今までの暮らしを失う恐怖と喪失感でいっぱいになる。
でも、悪くなってしまったら、なんだこういうことかと受け入れて恐怖から解放される人もいます。
さだまさしさんの短編小説に『解夏』という作品があり、そのことが描かれていました。「解夏」とは仏教の夏季修行があけることを指します。私はこの本を読んで、さだまさしさんの視覚障がい者への深い理解と眼差しに感嘆しました。
みんなの介護 先ほど、ピアカウンセリングで元気な患者さんを見せるのが一番良いというお話がありました。見えなくなることの恐怖においても、その取り組みが力を発揮しそうですね。
高橋 そうですね。実際は、視覚障がいの方も幸せに暮らしている方がほとんどです。そこが理解されていないから、きっと不幸に違いないと思っているわけです。
それと、視覚障がい者を最後に苦しめるのは自身の差別感です。差別意識を持っていない人は、すっと次の段階に行きます。
みんなの介護 それは、どのようなものなのでしょうか?
高橋 「視覚障がいのある人は人間として価値の低い人」という差別感ですね。そんなこと決してないと頭でわかっていてもそうした意識を持ってしまう。何でもできることにプライドを持っていた人ほど、見えなくなる状況を受け入れるのが難しい。
福祉を受ける側には行きたくないと思っています。幸せに暮らしている視覚障がい者ともなかなか会いたがらない。
でもロービジョンケアにふれ、この考えを早めに矯正してあげると、見えなくなってできなくなったことから、今度はできることが増えるフェーズになって、また生まれなおしたように楽しくなる人もいます。
みんなの介護 白い杖を持って歩くことにも少しずつ慣れていくものですか?
高橋 人によって全然違います。訓練を受けないと難しいですが、白い杖を持つことの精神的な抵抗が大きい人は、だいたい遅いです。本来杖を持って訓練しておかないといけない時期を過ぎてしまってから始めるので、余計難しくなることもあります。
10年で網膜の外側半分の病気を全部治したい
みんなの介護 高橋さんが、今後こんなことをしていきたいと考えていることを教えてください。
高橋 10年後の引退までに、治療をここまで完成させたいと思っている目標があります。網膜色素上皮不全症、網膜色素変性など網膜の外側半分(視細胞と網膜色素上皮細胞の部分)の病気を全部治せるようになることです。
そのためには会社をうまく運営して、神戸アイセンターの4つの部門をここまで持っていきたいと描いている目標があります。
実はアイセンターは、うまくいかなかったら解体できるようにつくってあるのです。変なものを後に残さないという考えがあったからです。会社も変なものだったら、壊して終わろうと思っていました。しかし、今のところすごく良いものができつつある。神戸アイセンターを次の世代に任せる準備をしています。
みんなの介護 そのためにも医療や研究、福祉などの連携が欠かせないところですね。
高橋 再生医療だけできても“残酷な希望”に終わってしまいます。期待と違ったらそれは患者さんの満足にはつながらない。だからこそ、神戸アイセンターでは、研究から日常生活のクオリティオブライフまで、あらゆる手段で患者さんを助ける仕組みを大切にしました。