東洋経済オンライン編集長、NewsPicks編集長を歴任し、2021年6月にPIVOTを創業した佐々木紀彦氏に、日本経済復活のためのヒントを聞いた。未来に投資する、海外からの働き手を受け入れる、女性が輝く、3つのポイントを佐々木氏はあげた。
今必要なのは「育てること」「受け入れること」「生かすこと」
みんなの介護 生産年齢人口が減少していく中で、日本経済復活のために政府や企業はどのように動くべきだと思いますか?
佐々木 3つあると思います。1つ目は未来に投資をすること。具体的には子どもたちへの投資です。日本は、医療費などにはお金をかけるのですが、子どもの教育に公的なお金がいかないようになっています。
子ども=未来です。子どもを産みやすい環境をつくったり、子どもの教育に力を注いだりして徹底的に投資することは必要不可欠だと思います。そうやって育てた子どもたちに新しく良いものをつくってもらうことです。
それから、“企業の子ども”を育てることも大切です。要するにスタートアップですね。
欧米や中国ではスタートアップはブームになっていますが、日本はまだまだです。人だけではなく企業も高齢化している。古くからある企業が多く、経営者もどんどん高齢化しています。
スタートアップがどんどん生まれてくる状況になれば、古くからある企業も刺激を受けて、産業全体として変わっていきます。子どもに刺激を受けて大人が変わるように。
私自身、今“企業の子ども”が足りないのであれば、制度を整えたりするより自分自身が産んだ方が早いなと思ったのも起業のきっかけでした。
2つ目は海外からの流入です。制度を整えた上で移民を受け入れていくのは日本にとって不可欠だと思っています。
介護業界が海外からの働き手を生かすために必要なこと
みんなの介護 介護業界でも、人手不足が叫ばれる中で海外からの働き手に期待する声は多くあります。
佐々木 日本で働きたい人は沢山いるのですが、移民についての議論が十分にされず制度も確立されていない。あまりに低賃金なので、逆に日本に反感を持ってしまっている方もいます。
認定制度やビザなどの要件をしっかり整えることが大切です。ある程度の能力がある方は来ていただくようにすればいいと思います。移民が日本で働きやすい制度を整えるだけで介護産業が変わるかもしれません。
人材が不足しているのは介護だけでなく、ITなどもそうです。
日本は宗教的なタブーもなく、人種的な差別も激しくはありません。他国の人との交流に慣れていないため、心理的なハードルはあるかもしれませんが、一度受け入れ始めたら早いと思います。
日本は本来、ソフトパワーを持っていると思います。安全だし食も美味しいし、わかり合えれば人もやさしい。自然も豊かです。世界でもまれにみる良い国です。なので、そこを生かして魅力的な人に来ていただきたいですね。
3つ目は、これまで言われてきたことですが、女性をどう生かすか。
たとえば日本の男女の賃金格差は先進国でも最も大きいという現状があります。
女性の賃金が増えると、それをいろいろなところに投資することもできる。家庭で貯金してもいいですし、お子さんに投資してもいい。さまざまな可能性が出てきます
週末の日比谷公園に、世代を超えてつながる理想のコミュニティを見た
みんなの介護 佐々木さんのご本の中ではリーダーには世代交代が必要だと書かれています。世代交代したあとの高齢者はどのように生きがいを見つけたらいいでしょうか。
佐々木 日本の最大の問題の一つは、年功序列です。年齢に関係なくリーダーに相応しい人がトップになれば良いのですが、今の日本の構造では、どうしても年齢が高い人がトップとなってしまいます。
年下の上司や年上の部下が当たり前になれば、むしろ高齢者の人も働きやすくなるのではないでしょうか。今の定年制度のように、一定の年齢になったら皆が退職するのも、酷な制度だと思います。
そのほかに、企業のみに縛られずに、地域社会で役割を得ていくのもありだと思います。
ずっと同じ組織で働き続けてきた男性のなかには、新しい環境の中で揉まれる機会がほとんどなかったために、友だちをつくるのも苦手という方がいます。そういう方はコミュニティに所属することに二の足を踏んでしまう。
年をとってから所属して活躍できるコミュニティがあると良いでしょう。誰しも年を重ねていつか仕事を辞め、死を迎えます。死に至るまでの生活が「楽しくなかった」「孤独だった」では悲しい。会社以外に所属する場所や交友関係をつくっておくことは年齢にかからわらず考えておく必要があります。
私は最近娘を連れてよく日比谷公園に行くのですが、土日に行くと必ずいるおじいちゃんが2人います。
1人は身体を鍛え上げた筋肉ムキムキのおじいちゃん。ブランコのところに行って子どもたちと遊んでいます。もう1人のおじいちゃんは風船をつくるのがうまい。いろいろな形の風船をつくって、それを子どもにあげています。うちの娘もそこに行くのを楽しみにしています。
そうした些細なコミュニケーションの積み重ねから、世代を超えた繋がりが生まれるのだと思います。

スタートアップは高齢者のスキルや経験を生かす手もある
みんなの介護 ビジネスとして年齢を重ねた方の力を生かしているサービスの事例はありますか?
佐々木「東京かあさん」というサービスがあります。第二のお母さんとして、50~60代の人たちに料理や子守りを頼めるサービスです。ほかに「エイジレス」というミドルシニア層の人材関連サービスを提供しているスタートアップもあります。
スタートアップや新しい起業家が出てくることで、そういったビジネスもどんどん立ち上がってくるでしょう。そこに期待したいですね。
みんなの介護 面白いですね。中高年の生きがいづくりという側面からも“起業”は力を持ちそうです。
佐々木 そうですね。無謀な起業はしない方がいいと思いますが、起業にもいろいろな種類があります。1人や2人でするプチ起業や副業起業などもあるので、必ずしも大きい投資が必要だというわけでもありません。
自分の経験を生かした分野でやってみると、定年もなく長く仕事ができて、生きがいを持って暮らせるでしょう。
「この分野で食べていけるぐらいの専門性や人脈を40代までに育てる」と考えながら独立を視野に入れつつ働くといいかもしれませんね。
みんなの介護 たとえば、60歳を超えてからの起業のヒントというものはあるのでしょうか?
佐々木 年齢を重ねてからだと、新しいことを始めるのは、失敗するリスクの方が高まります。だから今までの経験を生かすのがいいですね。
60歳までしっかり働いてこられた方というのは、それなりの経験や人脈や知識があります。その中で、ほかの人の意見も聞きながら商売になるスキルや経験、知識の棚卸しをしていくといいでしょう。自分でいいと思っていることと、周りの人がいいと思っていることはギャップがあるものですから。
日本人は貯金が投資に回っていないことが問題だ
みんなの介護 佐々木さんはアメリカの事情も詳しいと思いますが、アメリカの高齢者は会社を辞めたあと何をしているんでしょう。
佐々木 地域活動をしたり、投資をしている人もいます。アメリカは投資が好きな人が多いですから。
例えば、アメリカのエンジェル投資の規模は日本の100倍ほどになっています。投資倶楽部のようなものがあって、そこにリタイアした人たちが集まっています。そして「こんな企業がある」「ここに投資したら面白いんじゃないか」という話をしています。
日本人は貯金がたくさんありますが、それが投資に回っていないことが問題です。上の世代が持っている大きなものは経験もそうですが、お金でもありますからね。
スタートアップや子どもなどの「未来」に投資していくのは、一番かっこいいお金の使い方です。しかも成長すれば、利益が出て年金にもプラスになる。リスクを考えて行動する必要はありますが、そういう良い循環が生まれるといいですよね。
「自分はやらないけど、手やお金を貸してあげるからあなたが挑戦しなさい」というスタンスで若者に託す。その人が失敗しても、自分はあまりダメージがない。それによって若い人もチャンスを得ることができます。
みんなの介護 そういう仕組みがないだけで、託してみたいと思っている人は案外いるかもしれないですね。
佐々木 結構多いと思いますね。
みんなの介護 ちなみにエンジェル投資というのは、何か資格が必要だったりするのでしょうか?大きいお金を托すとなると、何らかのルールがあると思うのですが。
佐々木 公式に認定されているような人もいますが、基本的には誰でも参加できます。今は、ファンディーノ・CAMPFIRE AngelsなどのWeb上で意中の会社を見つけて少額から投資できるようなサービスが生まれています。
税制優遇もされているので、結構オトクにできますよ。もちろん、スタートアップへの投資は当たり外れが激しいですので、しっかり調べてから投資することをおすすめします。「この企業は面白そうだ」と思うところがあれば、余裕資金を使って、少額から投資してみたらいいでしょう。
撮影:花井智子