「注文をまちがえる料理店」「delete C」などのプロジェクトを手がけ、世の中にインパクトを与えてきた小国士朗氏。元NHKディレクターという経歴を持ち、過去には「プロフェッショナル 仕事の流儀」「NHKスペシャル」などの制作を担当。
原風景を持ってプロジェクトを立ち上げる
みんなの介護 さっそく、今、一番力を入れている活動について教えてください
小国 「Be supporters!」という高齢者施設で過ごす高齢者や認知症の方を対象にした、今までに無い新しいプロジェクトに取り組んでいます。
Jリーグの協力を頂いて、普段は支えられている機会の多い方が、逆にJリーグのクラブや地域を支える存在になって頂けるように“革命”を起こすことが最大の狙いです。

―― どのようにプロジェクトは発足したのでしょうか?
小国 Jリーグが企画している「シャレン!」という社会連携プロジェクトがきっかけです。クラブの資産を有効活用し、社会課題などに対して地域住民や企業と一緒に取り組むプロジェクトが立ち上がりました。
僕もそこに呼ばれていたのですが、その時にJリーグの理事から「シニア×サッカーで何かできませんかね」とオーダーが来まして。ちょうどそこで頭をよぎったのが、大学の卒業論文を書いているときの風景でした。
―― そうなのですね。その大学論文はどんなテーマだったのでしょうか?
小国 僕は文化人類学が専攻だったので「ベガルタ仙台サポーターの民族誌」というマニアックなテーマでした。調査のために1年半くらいサポーターの仲間に入って熱狂している理由を調査していたのですが、スタジアムに行くと老若男女、障がいのある人もない人も、社長も学生もみんな関係なく、サポーターって呼ばれるんですよね。
ゴールが決まったらみんながハイタッチして、勝ったら抱き合って、負けたら泣いて怒ってという風景が、すごく強烈に残ってて、素敵だなと思ったんです。

「シニア×サッカー」というオーダーを聞いたときに、支えられることが多い高齢者がサポーター(支える人)になる仕組みがあれば良いのではないかと思い浮かびました。
そこで「注文をまちがえる料理店」でもお世話になったサントリーウエルネスの沖中社長に話をしたところ、サントリーの社是にもある「人間の生命の輝きをめざし」という言葉の理念と一致したこともあり、「Be supporters!」がスタートしました。
ーー 今回の「Be supporters!」や「注文をまちがえる料理店」など、小国さんのプロジェクトはネーミングがキャッチーですよね。企画の構想を練るときのポイントを教えてください。
小国 僕の強みは、原風景を持ってるかどうかだと思っています。「Be supporters!」のように「こうしたい!」という風景を思い浮かべられるかというのは一番大事にしていますね。それがあるかないかで企画の解像度やリアリティは変わってきますので。
企画やプロジェクトって、机の上で考えてしまいがちです。実際、僕も机の上で考えてはいますが、必ず原風景があるんですよ。この風景に名前をつけるとしたらとか、風景が先にあって、そこに名前をつけています。

その名前をつけるときのポイントは、らしさをどう表現するか。せっかくサッカーのことをやるわけだからサッカーにしかない言葉を使ったほうが絶対いい。
サポーターという言葉は原風景と特に合致していて、やりたい世界観や作りたい世界が表現できるのではと感じました。そしてそのあとに「支えられる人が支える人になるんだ」というコンセプトを固めました。
なので、まずは風景があって、ネーミング、コンセプトの順番でアイディアを固めていきます。
ファーストインプレッションの違和感を大切に
ーー 日常生活から企画の原点となる風景を切り取る上で、普段から意識していることなどありますか?
小国 人間って慣れてくると素人のときの気持ちを忘れてしまうと思うので、僕はファーストインプレッションをメモをするようにしています。
もともとNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』という番組を作っていたのですが、取材先が多忙であることが多く、事前取材があまりできませんでした。なので、ノートの1ページ目をすごく大事にしてたんですよ。
ーー ノートの1ページ目ですか。
小国 取材相手のことを観察して、違和感をたくさん書いていました。何でこの人、この言葉言ったんだろうとか、何でこんなことをやったんだろうとか。
最初は不思議に思うことでも取材を重ねていくと、その違和感が違和感じゃなくて「あの人ってルーティーンでああいうことやるよね」「毎日、必ずコーヒーいれるんだな」と、もう当たり前になっちゃうんですよ。

でもロケの中盤ぐらいに、何でこの人コーヒーいれるのか改めて説明しろって言われても、わからなかったりします。要は、わかったつもりになってる。
でも実はコーヒーをいれることで自分の気持ちを整えるという、大事な儀式かもしれないですよね。当たり前の光景になると、そういうのを見落としていくんです。ノートの1ページ目に書いた違和感は、より視聴者・市民に近いので、大切にしています。

視聴率0%を叩き出したNHK時代
ーー 参画しているプロジェクトには、NHKのディレクター時代の経験が今に活かされているのですね。
小国 違和感を大切にするという経験は、企画を考える礎になっていますね。ただ、そもそも僕はNHKに入りたかったわけではありませんでした。
大学3年生の時、僕はベンチャーを立ち上げていたのですが、共同代表者にお金を持ち逃げされ、1,200万円の借金を背負うことになりました。その借金を返済するためにあわてて就活をはじめたのですが、動き出しが悪くて大好きだったフジテレビや日テレといったテレビ局の募集が締め切られていました。
NHKはまだ間に合ったので、受けてみようって受けただけなんですね。だからNHK自体に全く僕は思い入れもなければ、社会課題なんて全く興味なかったです。
ーー ご縁があったのかもしれないですね。実際に入社後はどんな業務から始めたのですか?
小国 過去に放送した番組を片っ端から見ていきました。入社前はNHKを見たことがなかったので(笑)
そして、映像を見ながら自分の心が動いたシーンにマークをつけていきました。そうすると、何となく番組の構造が見えてきて。そして分かったものは「僕がつくるのはテレビジョンなんだ」ってことです。
ーー テレビの語源になっている言葉ですよね。
小国 そうです。テレ=「遠くにあるもの」、ビジョン=「映すもの」。アマゾンや宇宙、深海、そして人、僕の心が動かされた場面は全部テレだったんです。
その時に、誰も見たことがない風景や、誰も触れたことがない価値を形にして、多くの人に届けることが僕の仕事なんだと理解しました。だから僕がつくる番組には、ワンシーンでもワンカットでもいいから、テレビジョンを入れようと決めました。
ーー なるほど。遠くにあるものを届ける難しさを感じることはありましたか?
小国 番組をつくっていて感じたのは「届かない」ってこと。僕は山形放送局で働いていたことがあったのですが、一度視聴率0%というのを経験しました(笑)それは極端な例ですが、届かないことは存在しないことと一緒だと感じましたね。
担当していた『プロフェッショナル 仕事の流儀』はとても誇りを持って番組制作をしていたのですが、データを取ってみると最も視聴している層が60代独居男性でした。本当はもっと若い世代に見てほしかったのですが、実際は見てもらえてなかったのです。
世の中に発信できていたと思っていたことも、全然届いていないんだと痛感しましたね。僕がどんだけ心血を注いで番組をつくっても、リモコンで1が押されなかったら存在しないのと一緒だったんです。
興味のない人を振り向かせる楽しさ
ーー 情報が届いていないと知ったあとは小国さんの中で仕事の進め方は変わりましたか?
小国 アプローチ方法を変えるようにしました。今までは大切な情報だと思って『クローズアップ現代』や『NHKスペシャル』、トップの人を取材する『プロフェッショナル』もやってましたけど、見てもらえてないんだったらこれ意味ないじゃんって。
だから「届けきりたい!」と思ったときに必要になるのは、全然関心がなかった人に対して「何それ?面白い」って感じさせるようなアプローチが必要だなって思いました。
ーー おっしゃる通りですね。
小国 どうしてもメディアは北風と太陽で言うと北風みたいなアプローチが強いですよね。今後待ち受ける日本の課題や問題点の投げかけが多くなります。希望より絶望の話の方が、強く表現しやすいので、どうしてもそうなってしまうと思います。
だけど、そのように発信し続けてしまったら徐々に記号化してしまい、認知症の“に”の字でも出ようもんならチャンネル変えてしまう。

ーー 太陽的なアプローチが必要だと。
小国 でも最初は北風のアプローチでも良いと思います。まずは問題を顕在化させて見てもらわないといけないので。
だけどそれを続けてしまうと見る人は離れていくので、そこで太陽的なアプローチが重要になってきます。多くの人に届けるためにも、思わず手に取ってしまうような方法で世間にアプローチしていきたいと思っています。

企画の中で大切にしている“前のめり12度”
ーー 太陽的なアプローチをする上で、具体的に意識していることはありますか?
小国 僕が企画を考える時に大切にしていることは「前のめり12度」ってことなんです。突然なのですが、このC.C.Lemonがコンビニに並んでいたら思わず手にとってみたくならないですか?

ーー 確かに!見慣れたパッケージとは違って「何これ?」ってなりますね。
小国 そうなんです。これはCancer(がん)の頭文字のCを消した特別な商品を販売し、その売り上げの一部ががん治療研究の寄付になるという「delete C」というプロジェクトで、サントリーさんが実際につくってくれたものなのですが、こういうのって手にとってしまうじゃないですか。
人間が「何これ?」って興味を思った瞬間は12度くらい体が傾くので、この現象を「前のめり12度」って僕は呼んでいるんです(笑)
ーー 小国さんのプロジェクトは世の中の人が「前のめり12度」になるようなものばかりですね。
小国 そうですね。この「delete C」では、みんなの力でがんを治せる病気にするというテーマで動いていますが、僕はがん治療の知識はなく素人です。もっと言うと、普段はもっと別のことを考えて生きています。おいしいもの食べたいとか。
でも世の中の人って大半が同じだと思っていて、24時間365日何かを真剣に考えている人はすごく少ないのではないでしょうか。だからこそ、こんな商品が陳列されていたら多くの人を前のめりにできるなと思って。パッケージには企画サイトのQRコードが印字してあるので、商品を手にとってもらえればCが消されている理由が分かります。
ちなみに、このプロジェクトはアメリカのがん治療研究の専門病院「MD Anderson Cancer Center」の名刺が原風景になっています。がんを意味する“Cancer”に線が引いてあって、「世の中から“C”を消してしまったら面白いな」って思ったんです。

ーー アイディアを形にしていく方法が一貫されていますね。
小国 そうですね。アイディアは降ってくるのではなく、自分からつかみにいくようにしていますね。恐らく、プロフェッショナルの方々にとっては、Cancerに線が引いてあるのは当たり前になっているのだと思います。「あそこの名刺のCancerには線が引いてあるよね」みたいな。
僕は素人だからこそ、そこに違和感を感じた。この違和感を大切にするようにしています。
明確な目的を持って行動することでよい結果が生まれる
ーー 小国さんの活動は社会課題を解決するプロジェクトが多いと思います。なぜでしょうか?
小国 実は社会課題の解決を一番の目的にしているわけではないんです。よく「社会課題の解決を通じてどんなメッセージを届けたいですか?」と聞かれるのですが、僕がつくるメッセージなんかどうでもよくて。
大切なことは風景なんです。最後にどんな風景をつくりたいか、ということですね。
支えられる場面の多い高齢者が支える人になったとき、どんな風景がうまれるのか。その風景の解像度をあげていけばいくほど、結果的に世の中の人々が「あ、それは一緒にやってみたい!」と思ってくれるようになって、無理なく、楽しく、社会をより良くする仕掛けになっていく。
「Be supporters!」では、高齢者施設の入居者の方々にさまざまな変化が現れました。普段歩行器を使っている方が歩行器なしで歩いたり、施設の人も知らなかったことを自ら話してくれた方がいたり。中にはサッカーを見に行こうと孫を誘い始めたりする方もいて。普通は逆じゃないですか。

高齢者が支える人になるという目的でスタートしましたが、クラブの応援やサッカーへの好奇心が心を刺激し、高齢者の可能性を広げたのです。
また、入居者の方たちが生き生きしている姿を見たいとサッカーの試合がある土曜日にシフトを希望する職員もいました。さらには、こんな楽しそうなことをやっている施設があると知って、採用面でもポジティブな効果があったそうです。
もしこれを「健康寿命を延ばそう」というような課題解決を目的に設定していたら、健康寿命を延ばすことに寄与しないことはどんどん切り捨てられてしまう可能性がある。
でも、「いくつになってもワクワクするって素敵だよね」、「こんな風景見てみたいよね」とみんながわいわい話せる状態ができると、結果的に当初想像もしなかったような出来事が次々に生まれてくるんです。
介護はプロに任せる
ーー 改めて、介護業界とも接点が多い小国さん自身について伺いますが、ご自身と介護の関りをどう捉えていますか?
小国 周りに介護が必要になった人がいないので身近ではないですけど、43歳になるので潜在的な介護予備軍だと思います。両親も後期高齢者に差し掛かってきますし、少しずつではありますが、介護についてリアルに考えることもでてきました。
ーー 将来介護をする立場になる可能性もあると思います。ご自身の介護する姿は想像できますか?
小国 介護が必要になったらプロの力を借りたいと思っています。本当にその人が一番暮らしやすい状態にするために、チームで協力していくことが大切ではないでしょうか。僕が携わっているプロジェクトもそうですが、僕一人ではできないことはプロの人の知識や知見を頼るのが良いと思います。
それに、自分で抱え込まないことも大切ですよね。なので、親にはプロの方に頼るというのを事前に伝えています。
介護の話で言うと、人生100年時代とか、老後は2,000万円貯金がないとだめとか、介護人材が不足しているとか暗い話が多いと思います。課題も山のようにありますよね。でも、長生きすることってみんなが望んでたはずです。
若い人たちは暗い話ばかり聞かされてたら嫌になるじゃないですか。なので、活動を通して「100年生きることも悪くない」ということを今後も発信していけたらいいなと思ってます。
ーー 介護業界もまだまだ施設のあり方や、労働環境についてなど、課題が多いのが現実です。もし仮に小国さんが介護施設の運営を任されたとしたら、どんな施設を作りたいですか?ぜひ、アイディアがあれば教えてください。
小国 施設の方ともよくお話しますが、みなさん、尊い仕事に、高いプロフェッショナル意識で取り組まれています。施設運営や改善についてもみなさん最大限の努力をなさっているので、正直、僕が具体的にどう運営するかなんて恐れ多くてまったくイメージできるわけがないというのがホンネです。
あえて言うなら、、僕ができることは「こんなのやってみたらどうでしょう?」って施設の人たちができないことを持ち込むことだと思っています。高齢者の方がいくつになってもワクワクできる毎日を送れるよう、アイディアやクリエイティビティを形にするのが僕にとって意味のあることですね。
今はまだ考えることが難しいですが、今後50歳、60歳と歳を重ねた時には僕なりのアイディアが出てくるかもしれません。その時にまた、お話させてください。
