生活保護問題対策全国会議幹事を務める稲葉剛氏。稲葉氏が、長年心を痛め続けてきた問題の1つに水際作戦によって生活保護の申請が阻まれる状況があった。
厚生労働省に働きかけ、生活保護制度の広報を求めた
みんなの介護 生活保護の制度を利用する上でハードルになっていることは何ですか?
稲葉 生活保護は、利用できる要件を満たしているのに受給できていない人がたくさんいます。要件を満たしている人のうち、実際に利用できている人は2~3割程度です。機能しない理由はいくつかあります。
1つは、前編でも触れた役所の窓口に行っても追い返される水際作戦です。昨年の2月にも横浜市の神奈川区で住まいを失った20代女性が役所の窓口に生活保護の申請に行き、嘘の説明をされて追い返されたということがありました。
それに対して各支援団体で抗議の申し入れをして、横浜市が謝罪しました。その後、横浜市で検証委員会がつくられ、再発防止のための取り組みが行われています。
このように水際作戦などの不適切な対応があった場合は、個別に自治体に申し入れをして、一定程度、対応が改善されてきています。
2つ目の問題は、生活保護に対するマイナスイメージが広がっていること。政治家が生活保護の受給に対するバッシングを行った影響も受けています。後ろめたいとか恥ずかしいという意識を持っている方が多い。
そのため、「生活保護制度に関してもっと積極的に広報を行ってほしい」と国に要望を出してきました。
そして2020年12月から厚生労働省の公式サイトに特設ページがつくられ「生活保護の申請は国民の権利です」という広報を始めてくれました。これは非常に大きな変化だと感じています。その流れを受けて、ポスターやチラシで同じ内容の広報を行う自治体も少しずつ増えています。
生活保護申請のハードルだった扶養照会を止められるようになった
みんなの介護 稲葉さんたち支援団体の働きかけによって、着実に国や自治体が変わってきていますね。ほかにも機能しない理由がありますか?
稲葉 3つ目の理由があります。生活保護を申請すると福祉事務所から家族に連絡が入る扶養照会の問題です。通常は親きょうだいへの連絡ですが、場合によっては甥姪や叔父・叔母など三親等まで連絡が行く仕組みになっています。
過去には、本人が拒否しても、役所が問答無用で家族に連絡をするということがよくありました。「そういう仕組みだからやらせてもらいます」と言って、強行するのです。
2020年の年末から2021年の年始にかけて、つくろい東京ファンドスタッフの小林美穂子の発案で、生活保護の利用に関するアンケート調査を行いました。その結果、この扶養照会の仕組みが申請の大きなハードルになっていることが明らかになりました。
その後、扶養照会の運用改善を求めるネット署名を行い、最終的には61,000人以上の方が賛同してくれました。厚生労働省にも2度にわたって申し入れを行いました。
そして2021年の3月末に新たな通知が出て、本人が拒否している場合には、実質的に扶養照会を止めることができるようになりました。
一つひとつ生活保護の申請に対するハードルをなくしていく取り組みを進めているところです。

生活困窮者のために「踏み段」をつくった
みんなの介護 大きな変化があったのですね。また、オンラインで生活保護申請ができるシステムもつくられたとか。
稲葉 はい。「フミダン」というシステムをつくりました。生活に困窮している方が少しでも簡単に制度を利用するための「踏み段」として使ってほしいという意味を込めて、サイトの名前は「フミダン」にしました。
このウェブサイトでは、ご本人のお名前・生年月日・住所などの必要事項を入力していくと生活保護申請のPDFが作ることができます。
そのPDFをご自身でプリントアウトして、生活保護の窓口に持参していただくことができます。また、サイト上から生活保護の申請書をFAXで送れる機能も搭載しており、東京23区については実質的にオンライン申請が可能になりました。
さらに、オンライン申請をした方の手続きが進んでいるかどうかを確認するアフターフォローも行っています。
政府はDX化を進めているので、一部の社会保障の分野でもオンライン申請できる仕組みが増えました。しかし、なぜか生活保護だけはできない。厚生労働省は内部で検討しているようですが、まだ実用化されていません。
「フミダン」を使うことで、生活保護申請時の聞き取り時間を短縮できます。また「生活保護の申請は恥ずかしい」と躊躇している方も心理的な負担を減らせるでしょう。
みんなの介護 東京23区で…ということですが、今後全国でもオンライン申請が可能になっていきますか?
稲葉 他地域の支援団体とも連携しながら、徐々に広げていく予定です。
現代社会では「通信は人権である」
みんなの介護 貧困問題について、ほかにも重要だと思っていることはありますか?
稲葉 「フミダン」もそうですが、つくろい東京ファンドではスタッフの佐々木大志郎を中心に困窮者支援活動にデジタルを活用する事業に力を入れています。
先ほどお話したように、相談に来られる方の中には電話が止まっている方が多い。また、そもそも回線を持てていない方もいらっしゃいます。そうすると、シェルターを出て部屋を借りようとしても家賃保証会社の審査が通らない。
音声通話可能な電話番号があるかどうかは、住まいを確保する上でとても重要。仕事探しにも影響します。
現代の日本社会では「通信は人権である」と言える状況になっています。通信手段を確保することが社会に参入していく上で必要不可欠な要素になっているのです。
そのため、2020年の秋から「つながる電話プロジェクト」というスマートフォンの無償貸与事業を始めました。
システムエンジニアの方にお願いして、IP電話番号が使える通話アプリを開発していただきました。その通話アプリが入っているスマートフォンを2年間無償貸与しています。全国20以上の支援団体と連携して、既に280台以上を生活困窮者にお渡ししました。
本来ならこのような支援は、公的に行われるべき支援ではないかと提言しているところです。
撮影:横関一浩