ダイハツ工業では高齢者を主とした交通弱者の移動と生活を支援する、福祉介護・共同送迎サービス「ゴイッショ」を2022年春から提供する。通所介護施設の送迎業務の共同化を土台に、地域を活性化し生活を豊かにする移動サービスの提供を目指す、新規事業戦略室・福祉介護分野、岡本仁也統括グループリーダーに話を伺った。
【ビジョナリー・岡本仁也】
- 延べ3万か所以上の通所介護施設を訪問し、現場の声を聞く
- アクティブシニアが地域交通を担う
- 志を持った機関をゴイッショの中枢機関に
延べ3万か所以上の通所介護施設を訪問し、現場の声を聞く

6年前の2015年から、ダイハツの福祉車両を使っていただけるお客様を増やしていくため、ユーザーの声を聞こうと福祉専門チームを立ち上げ、通所介護施設を訪問しはじめました。
どんな車が現場では使われているのか、どんな機能が求められているのか、そういったデータを集めて福祉車両の開発を進めていくつもりでした。
しかし施設を訪問し、現場の介護職員さんたちの声を聞けば聞くほど、研究すべきは車だけじゃないと思うようになりました。車以前の工程、送迎業務そのものを効率化しなければ施設の職員さんの負担は増えるばかりです。
小さな施設では手が足りず、職員総出で送迎業務にあたっているところも少なくありません。送迎と平行して受け入れや掃除などの他業務をこなさねばならず、朝は分刻みの忙しさです。
そんな時に「今から行きたいです」「今日は休みます」などの利用者からの電話が入りますので、朝・夕の送迎はもはや戦場です。利用者からの電話が入る度に人と送迎ルートの組み直しをせねばならず、効率的かどうかまで考える余裕はありません。
「ダイハツ=自動車メーカーだから介護現場と関係ない」ではなく、高齢化が進む今、みんなで力を合わせて介護現場の環境を整えていくための知恵を出していかなければ、日本の未来はありません。
介護現場の負担を減らし、働きやすい環境に変えていくために、約5年かけて延べ3万か所以上の通所介護施設を訪問して、介護職員のみなさんの声を集めました。
通所介護事業所向け送迎支援システム「らくぴた送迎」利用者を一筆書きで送迎するため、デイサービスでは座席数の多い大型車で送迎するのが一般的だが、2018年に発売を開始した通所介護事業所向け送迎支援システム「らくぴた送迎」で、ダイハツその流れを変えた。
「送迎時間が長い」「家の前まで車が来てくれない」「運転しにくい」などの不満を、スモールカーを複数走らせることで改善し、車両維持費やメンテナンスのコスト削減にも効果を発揮している。
利用者の急な変更や、発着時間の修正が簡単にでき、相性の悪い利用者同士の同乗を避けるシステムを組み込んでいる。
発売後も介護職員の負担を減らすべく、現場ユーザーの声を反映しながら、日々システムをブラッシュアップしている。

「らくぴた送迎」の開発・運用で、送迎業務における職員の負担は軽くなったが、依然として介護現場の人手不足は解消できていない。
食事や入浴などの日常生活を送るための支援や、生活機能向上のための訓練、サービスを受けることを目的に、利用者はデイサービスに通う。デイサービスの主業務は利用者のケアである。
「ならば送迎業務自体をデイサービスの業務から外してしまうのはどうだろう?」
この考えの下に生まれたのが、福祉介護・共同送迎サービス「ゴイッショ」だ。
介護施設ごとに個別で行われている送迎サービスを地域で共同化し、送迎業務専門業者に外部委託する。介護現場の人材不足解消とサービス向上に向けて、2019年10月よりダイハツは香川県三豊市とタッグを組んで、地域共同送迎サービスを実現すべく動き出した。

アクティブシニアが地域交通を担う

「ゴイッショ」のプレ運行を行うため、朝・夕それぞれ1時間半ずつだけ仕事に就ける送迎ドライバーを三豊市で募集しました。
そんなスポット仕事に応募する人がいるのか心配でしたが、まだまだ現役で活躍できるパワーに溢れた65~70歳くらいのアクティブシニアの方々がたくさん集まってくれました。
そしてみなさん、報酬よりも「共に助け合って、三豊市を暮らしやすい町にしていかなければ」という互助の気持ちを強くお持ちの方々でした。
この「互助」の気持ちこそが、交通不便な地域に高齢者が暮らすために欠かせないものだと思います。定年後の元気な世代が主体となって地域の移動を支える。そのためにも、互助の関係であっても、送迎サービスのドライバーの対価は、無償や謝礼程度ではなくせめて最低賃金に届くものにしなければならないと思っています。
どこかの世代、誰かにしわ寄せがくるシステムでは、絶対に長続きしません。みんながWin-Winの関係にならない限り、持続可能なシステムは成り立ちませんから。
それぞれの地域に合った送迎サービスにカスタマイズ「ゴイッショ」の狙いは、共同送迎を行う地域の特性を活かし、地域の活性化につながるかたちでドライバーを採用し、地域に根ざした送迎サービスへと育てていくことだと、岡本氏は言う。
効率的なルート作成だけでなく、それを運行するドライバーの採用・教育ノウハウまで提供する。
それぞれの地域に合ったシステムにカスタマイズしやすいように、ノウハウや運営フローを細かく区切り、必要なパーツを組み合わせたパッケージ商品としてのかたちをとっている。
三豊市で2021年11月末から2022年1月まで行われていた本格運行を見据えたプレ運行で、パッケージの基幹となる基本モデルを完成させる予定だ。
香川県三豊市でのプレ運行人口約6万人、香川県西部に位置する三豊市は、北は瀬戸内海に突き出すように伸びる荘内半島から、中部の三豊盆地、そして南は讃岐山脈までと南北に細長い。
公共交通は発達しておらず、住民のほとんどが必要不可欠な移動手段として自家用車を所有している。
他の多くの地方都市と同様、人口減少、高齢化が進む三豊市。市では地域公共交通を活かした新しい交通手段を構築するために、民間企業と連携した新しい取り組みに力を入れている。
「ゴイッショ」のプレ運行は、市内でもとりわけ高齢化・過疎化が著しい南部の山本町、豊中町、財田町で行われている。そこにある5つのデイサービス事業者の送迎を、三豊市社会福祉協議会がとりまとめ、地区の運輸事業者に業務委託している。
ダイハツでは、「ゴイッショ」として、送迎業務のとりまとめから外部業者への委託方法の策定までを、社会福祉協議会と共同で行っている。その後、事業が軌道に乗るまでの間、実際に送迎サービスを担う交通事業者と共に、ドライバー採用や育成、送迎実務にも携わっている。
プレ運行期間中はダイハツの社員が直接現地に赴き、「ゴイッショ」システムがスムーズに機能するまで見届ける予定だ。

志を持った機関をゴイッショの中枢機関に

「ゴイッショ」導入にあたっての一番難しいポイントは、どの組織がシステムをハンドリングする中枢機関になるかを決定することです。
地域のデイサービス事業者さんたちが安心して送迎業務を任せられ、かつ自己の利益ではなく公共の福祉的観点からやりがいを持って、業務を遂行してくれる志のあるところでなければなりません。
三豊市では社会福祉協議会がその役割を担ってくれており、そこが決まれば、後は比較的スムーズに動きます。
デイサービスの送迎を地域で共同化するにあたっての一番の難関は、実はAIとかそういった機械的なことではなく、人と人とのすり合わせの部分なんです。
地域をよく検証しない限り、中枢部分をどこに設定するのがベストなのか分かりません。
しっかりしたシステムの中枢ができれば、システム導入の成功は約束されたも同じですから、システム本導入の前に、「ゴイッショ」がその地域にとって最適なかたちになるよう、時間をかけて細かく地域の検証を行う必要があるのです。
持続可能なシステムに定着させるためには基礎が大切
「ゴイッショ」の導入にあたっての一番の難関は、「送迎システムを束ねる組織をどこにするのかを決定すること」と岡本氏は言う。
新しいシステムが順調に動いていくためには、それに関わる人々が協力し合い、効果的な役割分担をしていくことが必要であり、システム導入の前にその下地をつくっておかなければならない。
家の建築に例えるなら、ただ家を建てるのではなく、その場所にどのように建てたら気持ちよく安心して暮らせるのかを細かく調査する。

高齢化・過疎化が進む地方の町を存続させていくためには、その地域を愛する人々が高齢になっても住み続けられる環境にしていくことが必要だ。
「地域を深く知ることで、地域ごとの特性を活かした移動サービスの開発を目指したい」と岡本氏は言う。
通所介護施設の送迎業務を皮切りに、病院やスーパーマーケットなどの生活必需施設、学習塾などに気やすく行ける人の移動サービスに発展させていく。
そして、人とのつながりや体験が増え、自分らしく豊かに暮らし続けるための人・モノの移動をミックスした新しい移動・物流サービスを構築していきたいとするダイハツの開発プランを今後も注視していきたい。
※2022年1月7日取材時点の情報です
撮影:林 文乃