市内16の地域を活性化させ、あじさいの花々のように咲き誇らせる「あじさい型」都市構想を掲げる北上市。各地域に住民が徒歩で利用できる生活必需な機能を持たせ、地域の連携・共生で市全体の魅力向上を図る試みについて、髙橋敏彦市長に話を伺った。

【ビジョナリー・髙橋敏彦】

  • あじさいのように北上市16地域を咲き誇らせる
  • 地域に人をつなぎとめるために
  • 自家用車に依存しない生活スタイルに

あじさいのように北上市16地域を咲き誇らせる

自立した地域コミュニティが連携・共生!大輪の花のような魅力あふれる地域が連なる「あじさい都市」の実現へ

「あじさい都市」とは、都市の「かたち」をあじさいの花に見立て、各花の中心となる地域拠点に生活を支える必需の機能を集中させながら、花同士が一本の茎で繋がるように、各地域が連携して都市全体を支え・共生していく都市のあり方です。

北上市では市を構成する16の地域が、各々守り育んできた自然や文化、地域の絆を活かして自立しつつ、かつ北上市全体の魅力を向上させることを目指しています。

都市を支えているのは各地域です。そこに住む住民の方々が自分が住む地域を愛し、誇りを持ってその地域ならではの自然景観や文化を存続させ、次の世代に繋いでいかなければ、地域コミュニティは存続できません。

人口増加の時代は、交通不便な地域から住みやすい都市周辺に居住する人が増え、住みやすさにおける地域格差が進んでしまいました。地域伝統よりも生活の便利さが優先され、郊外には駐車場を完備した大型ショッピングセンターが進出し、日本中どこに行っても同じような景色が見られるようになりました。

生活に便利な場所に住みたいと思うのは当然の心理ですし、それを止めることはできません。ですが「あじさい都市」構想で、その流れに一石を投じたい。

各地域にしかない良さを住民が誇りに思い、地域が盛り上がっていく。魅力的な16地域が集まった集合体が北上市となるわけですから、そのために市として出来る取り組みを現在進行形で進めています。

ヨーロッパの小さな町々をヒントに

「あじさい都市」構想の始まりは、髙橋市長がまだ市長就任前、設計・建築士として活躍していた2000年頃にさかのぼる。

当時はまだ人口は増加傾向にあったが、郊外型の大型店に人々が流れ、北上市中心部の商店街などは閑散としていた。そんな状態に危機感を持った髙橋氏は、海外の事例を参考にまちづくりを研究し始めた。

髙橋氏の興味を惹いたのはヨーロッパの小さな町々。人口2、3万程度の小さな町でも中心部は人で賑わい活気に満ちており、しかもほとんどの町が中心部への車のアクセスを制限していた。

調べていくと、町の中心部に人々が集まって住み、生活に必要な機能も集約されている。車を必要とせずに生活が成り立っていることがわかった。

加えて、活気があるほとんどの町々には、昔ながらの伝統を大切にする人々の誇りと堅固なコミュニティの絆があった。

髙橋氏は、今後来る人口減少の時代に向けて都市を維持していくために、地域の拠点化とネットワーク、地域コミュニティの活性化の3つが重要課題となると考えた。

2008年から北上市内の16地域それぞれで未来の地域像を考える「元気な地域創造ワークショップ」を行い、各地域に適した活性化方法を探っていった。

自立した地域コミュニティが連携・共生!大輪の花のような魅力あふれる地域が連なる「あじさい都市」の実現へ
きたかみ16地区 「あじさい都市」の5つの要件

2011年北上市長に就任して以来、市長として市内16の地域の資源を活かしたまちづくりに取り組んでいる髙橋氏。16の地域を北上市の地図上に表したところ、あじさいのようなかたちになったことから「あじさい都市」構想と名付けたという。

北上市ではあじさい都市の要件として、


1.都市拠点と地域拠点が明確になっていること
2.拠点同士の交通と情報のネットワークが構築されていること
3.地域の自治レベルが高く「まち育て」が推進できること


の3つを掲げ、市内16の地域から成る「あじさい都市」北上市にすべく取り組んでいる。

自立した地域コミュニティが連携・共生!大輪の花のような魅力あふれる地域が連なる「あじさい都市」の実現へ
あじさい都市の姿

地域に人をつなぎとめるために

自立した地域コミュニティが連携・共生!大輪の花のような魅力あふれる地域が連なる「あじさい都市」の実現へ

あじさい都市を実現するにあたっての難しいポイントは2つあります。その1つめは都市部への人の流入を防ぎ、地域に人をつなぎとめることです。

2017年に行ったRESASワークショップやこのグラフのように、北上市は進学時期に若者が都市に流出するも就職時期には戻ってきて市内で就職するというデータが出ています。

自立した地域コミュニティが連携・共生!大輪の花のような魅力あふれる地域が連なる「あじさい都市」の実現へ
北上市の年齢段階級別人口移動

これは、北上市が1980年代から積極的な企業誘致を行ってきた成果だと思っています。

現在まで市内の11か所に工業団地を設置し、東北有数の工業都市として230社を超える企業の生産拠点になっていますから、若者が就職できる環境が整っています。

ですが、自動車や半導体などの産業関連が主となりますので、女子学生にはやや難しいという声もあります。今後はもっと女子学生を対象とした企業の誘致にも力を入れていきたいと思っています。

人が地元に留まるためには、働き口があることに加えて、地域を愛する住民の心が必要です。

自分が生まれ育った地域の伝統や自然を大切にし、誇りに思う気持ちが町の存続には欠かせません。自分が住む地域を素晴らしくしていくことができるのは、住民一人ひとりなのですから、その心を育むための仕掛けづくりも考えていく必要があります。

自立した地域コミュニティが連携・共生!大輪の花のような魅力あふれる地域が連なる「あじさい都市」の実現へ
工場建設が進む北上市の工業団地 環境の変化に左右されない心豊かな生活を

市では、自分が育った地域の自然や伝統を大切にしながら、コミュニティを活性化していくために「北上ライフデザインプロジェクト」という取り組みを東北大学と共同で行っている。

プロジェクトでは、古きよき時代の思い出を高齢者に尋ねる「90歳ヒアリング」を実施。資源の枯渇やエネルギー不足などで今後人間の生活が制約される可能性も考えながら、心豊かな生活を実現していくための未来の新しい暮らし方を模索している。

自立した地域コミュニティが連携・共生!大輪の花のような魅力あふれる地域が連なる「あじさい都市」の実現へ
90歳ヒアリング

また市では、他県から北上市に移住し、地域の資源を活用しながら生活を送っている古民家カフェの店主や手づくりキャンプ場のオーナーなど、地元の資源を利用したビジネスの創造・発信を積極的にサポート。

地域資源を活かした「北上ブランド」を育てるべく、住民と行政が一体となった「まち育て」のさまざまな試みがなされている。

自立した地域コミュニティが連携・共生!大輪の花のような魅力あふれる地域が連なる「あじさい都市」の実現へ
古民家カフェと手作りキャンプ場 ILC(国際リニアコライダー)※にも期待

現在、北上市のある岩手県では、北上山地へのILC研究施設の誘致を進めている。

北上市はILC建設計画の範囲に含まれていないが、建設が決定した場合は、東北有数の工業都市である当市が大きな役割を担うことは間違いない。

そうなれば地元だけでなく、世界中から北上周辺の地域資源は注目を浴びていくことになるはずだと髙橋市長は言う。

※ILCとは 全長20~50kmの地下トンネルに建設される電子・陽電子過疎機を中心とした大規模研究施設であり、誘致が決定すれば日本主導の初の国際プロジェクトとして2030年代から稼働する。地下トンネル内の中央部で電子と陽電子を衝突させ、ビッグバンとほぼ同じ高エネルギーの反応を作り出し、宇宙の始まりや時間と空間、質量などについて研究していく。

自家用車に依存しない生活スタイルに

自立した地域コミュニティが連携・共生!大輪の花のような魅力あふれる地域が連なる「あじさい都市」の実現へ

あじさい都市実現化の重要ポイントの2つめは、自家用車に依存せずに日々の暮らしを送れるようにすることです。

現状市内の16地域はすべて交流センターと防災機能は備えていますが、スーパーや病院がない地域もあります。スーパーについては移動販売車が巡回していますが、病院が難しい。

市内には医療施設がない地区が5つあり、現状ここに住む約5000人の住民の方々は医療サービスを受けるために、基幹病院のある北上市の中心部まで出かけて行かなければなりません。4地区は市内中心部からは距離があり、病院に行くだけで半日、もしくは一日かかってしまいますから、「ちょっと体調が悪いかもしれない」くらいでは、住民たちはなかなか医療機関を受診しようとは思いません。

そのため医療MaaSの導入を計画しています。医療MaaSが地区を巡回することで、住民の方々は気軽に医療サービスが受けられるようになりますから、合わせて健康診断の受診率も上がっていくはずです。

また、自家用車に頼らず歩くことが習慣になるような仕掛けも考えています。歩くことが楽しくなれば、意識せずに体力が向上し、健康にもつながります。私も時間に余裕のある時には階段を使ったり、早朝に散歩をしたり、なるべく歩くことを心がけていますね。散歩はいいリフレッシュになりますし、気分転換にもなりますから。

医療MaaSと「きたかみ健康福祉ポイント」

北上市では早ければ2022年度より医療Maasの実証実験を行う予定だ。

これは、オンライン診療のための専用車両が、看護師と一緒に自宅を訪問する事業である。病院の医師が車内のテレビ電話を使って診察し、処置は医師から指示を受けた看護師が車両内で行う。

定期的に通院が必要な慢性疾患がある人や、移動制限のある高齢者への医療サービスの提供を目的とした取り組みであり、病院が近隣にない地域でも住民たちは健康を保ち続けることが期待される。

また2021年度からは、歩いた記録が電子マネーに交換できる「きたかみ健康福祉ポイント(きたポ)」制度が開始された。歩数の他に健康診断や健康・運動教室、ボランティア活動への参加などでもポイントがたまり、楽しみながら健康づくりができる。

歩いて移動できる範囲で普段の生活が送れるようになれば、地域内での生活密度が高まり、住民の関心は地域の暮らしをよりよくしていきたいという方向に向かっていく。

自立した地域コミュニティが連携・共生!大輪の花のような魅力あふれる地域が連なる「あじさい都市」の実現へ
市内最東部の口内地区 自分たちの町は自分たちでつくる!

北上市は豪雪地帯でもあり、地域集落へつながる道の雪かきなど、普段から住民同士が協力し合っているため、それぞれのコミュニティの団結力は高い。

現在、16地域全てで課題とされているのは、「自分たちの町は自分たちでつくる」ためのマネジメントスキルの向上だという。

自治のための財源の使い方、若者を地域の運営主体へと導いていく方法、学校との連携方法など、地域が自治体として成り立つためのさまざまな課題が、髙橋市長就任以降10年にわたる「まち育て」のワークショップを通して見えてきた。

それら課題を、地域と市が一緒になって解決していくことで、「自分たちの町は自分たちでつくる」という自治意識が高まり、地域は個性豊かな魅力にあふれるまちへと育っていく。

「まだつぼみの状態のあじさい都市ですが、課題を解決するごとにつぼみがゆるんでいます。大輪の花を咲かせるために、すべきことは確実に実行していきます」と、髙橋市長は力強く結んだ。

※2022年2月1日取材時点の情報です

写真:北上市提供

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