人口700人の山梨県小菅村では、村全体をひとつのホテルに見立てた古民家再生プロジェクトなど地域活性化に向けた先進的な取り組みが行われている。地域資源を活かし、存続可能な村づくりにまい進する舩木直美村長に話を伺った。

【ビジョナリー・舩木直美】

  • 村全体をホテルとして見立てた”分散型ホテルプロジェクト”の決行
  • 小さな自治体こそ行政のリーダーシップが必要
  • 源流域には人が生活できる環境がある

村全体をホテルとして見立てた”分散型ホテルプロジェクト”の決行

村長の仕事は村のお困りごと相談積極的なベンチャー誘致で地域の活性化を目指す

「僕はできる限り徒歩で登庁しているんです。職員として12年、村長になって10年。トータルで22年間、自宅から役場までの約3kmを40分ほどかけて登庁しています。そうして道中に会う住民の方々からいろいろな話を聞いています」

村長の仕事は村のお困りごと相談積極的なベンチャー誘致で地域の活性化を目指す
毎朝バケツを手にゴミ拾いをしながら通勤

「古民家を活かして小菅村全体をホテルに見立てたプロジェクト“NIPPONIA”も、始まりは道ばたで聞いたお話から始まりました。『大家に住むおばあちゃんが息子さんのところに行ってしまうから空き家になってしまうらしい!どうしたらいいか』というお話だったです。僕の肩書きは村長ですが、実質やっていることは村民のお困りごと相談です。360世帯、700人の住民の困りごとを解決に導くためにできることをしています。

そのおばあちゃんが一人で住んでいたのは『大家』と呼ばれる築150年を超える古民家でした。文化財になるくらいの立派な大邸宅で、小菅村の象徴となるような建物ですから、それが空き家となってしまうと大変困る。息子さんや職員たちとも相談して、道の駅を新設した時にお世話になった会社に『大家』の空き家対策をお願いすることにしたんです。

そうしたら、そこから兵庫の丹波篠山で城下町ホテルを成功させた会社を紹介してもらったんです。うちの村にマッチするプランを作れそうな会社でしたらから、すぐにそこに連絡をしてみました。そして、そちらの会社と小菅村とで新しく会社を作って『大家』の再生プロジェクトをやってみないか?という流れになったんです。

大家を改修するだけでなく『村全体をひとつのホテルに見立てる』という前代未聞の計画でしたから、まずは村民に判断してもらおうと説明会を開きました。そうしたら700人しかいない村の住民のうちの100人が説明会に来てくれたんですよ。こんなに多数が来てくれるとは思わなかったので、僕はすごく驚きました。

『このまま何もしなければ村の存続は危うい』と村のみんなが思っているのがわかりました。質問が飛びかい、活気に満ちた説明会になったんです。そうしてNIPPONIAのプロジェクトに住民一丸となって取り組もうということになったわけです」

村長の仕事は村のお困りごと相談積極的なベンチャー誘致で地域の活性化を目指す
村長の公用車はこの軽トラック。村内パトロールに出かける前に村の方から声をかけられ、手を振る村長NIPPONIA 小菅 源流の村とは

村全体をひとつのホテルとして見立てた分散型ホテルプロジェクト「NIPPONIA 小菅 源流の村」。村内の道路やあぜ道を「ホテルの廊下」、道の駅を「ラウンジ」、村内にある温泉施設”小菅の湯”を「大浴場」とし、村の経済と交流の活性化を目指している。「大家」と呼ばれる名家の旧細川邸を改修し、2018年に4室のホテルとしてスタートした。

村長の仕事は村のお困りごと相談積極的なベンチャー誘致で地域の活性化を目指す
NIPPONIA 小菅 源流の村「大家」(小菅村提供)

経営者は、小菅村と兵庫県丹波篠山市で歴史的建築物の活用を起点とした地域活性化ビジネスを手がける(株)NOTE、地域の事業創出に注力するコンサルティング会社(株)さとゆめ、の三者が出資した新設法人の(株)EDGE。

ホテルとしてのブランディングと実践テクニックについては(株)NOTEが担当し、情報発信は(株)さとゆめ、そして現場管理は小菅村が受け持っている。ホテルに食材を提供するところから、ホテルマネージャーから料理人まで運営スタッフのすべてが小菅村の住民だ。

「1泊2食付き」が2人で58,520円から

公式サイトによれば、「NIPPONIA小菅 源流の村」は1泊2食付きで2人で58,520円から宿泊できる。

「1人25,000円以上もするなんて、それじゃ誰にも来てもらえないと正直思いました」と舩木村長。「そんな高い料金で誰が泊まるの?ってみんなもたまげちゃいました。だけどノウハウがあるNOTEがそう言ってるんだから、それでやってみようよと」。

当事者である村の方々も驚く高価格でスタートした「NIPPONIA 小菅 源流の村」だが、現在まで大盛況が続いている。若い世代にも人気があり、土日祝日は記念日利用などで早くから予約が入ってしまうとのこと。コロナ禍においても隔離的な滞在プランをセールスポイントにしているため、客足が遠ざかることはなかったという。

村長の仕事は村のお困りごと相談積極的なベンチャー誘致で地域の活性化を目指す
NIPPONIA ホテルで提供される食事は小菅村の住民の手によるもの(小菅村提供)

「高い料金なのに連日お客さんが来てくれることにまた驚きました。やはり自分たちだけではこんなプロジェクトは思いもつきませんでしたから、外部に協力を求めて本当によかった。お客さんの期待を裏切らないように、精一杯のおもてなしをしていきます」と舩木村長は笑みを見せる。

「NIPPONIA小菅 源流の村」は「大家」の他に、現在はコテージスタイルの「崖の家」もある。そして業績好調につき3棟めの計画が持ち上がっているそうだ。

村長の仕事は村のお困りごと相談積極的なベンチャー誘致で地域の活性化を目指す
NIPPONIA 小菅 源流の村「大家」内部(小菅村提供)

小さな自治体こそ行政のリーダーシップが必要

村長の仕事は村のお困りごと相談積極的なベンチャー誘致で地域の活性化を目指す

「うちの村みたいな小さな基礎自治体が、新しい取り組みを展開していくためには、スピードが重要です。そのためには行政がリーダーシップをとり、魅力ある村にしていくために住民をぐいぐいと引っぱっていかなければなりません。

普段は別の仕事をしていて、自分が住んでいる地域のことをすごく考えられるかといえばそれは難しいでしょう。都会のマンションの管理組合会議などは出席者がすごく少ないと聞きます。何十万もの住民を抱える大きな自治体でも地域の未来を考えるシンポジウムなどに出席する人は百人に満たないと聞きますから、それのパーセンテージを小菅村にあてはめたら1人にもなりません。ですから行政が仕事として、10年先を読んでどんどんやっていかなければならないと考えています。

10年先といっても先が読めない時代ですから、その時々で最善と思う方法をとり、村が存続するかたちにもっていきたい。そして小菅に住んでよかったと満足できる人生を住民の方々に送っていただきたい。そのために、医療、福祉、住環境をどうしていくべきかを考えています。

自分と職員だけではアイデアも限られるので、外部のさまざまな専門家たちと相談できるよう人のつながりを大切に、小菅村存続のためのネットワークの構築に注力しています」

ベンチャー企業5社を誘致。スピード感を重視

現在、小菅村を拠点とするベンチャー企業は5社。そのうちの3社の代表者は「地域おこし協力隊」に参加したメンバーだ。協力隊時代の活動を基に、村の資源を活用する事業を起業した。

村内に醸造所を新設したクラフトビール製造販売会社のFar Yeast Brewing(株)も2020年から本社機能を東京から小菅村に移転している。

ドローン飛行の実験も行われている。「ベンチャー企業がドローン実験ができる場所を探している」との話を舩木村長が耳にしてから、わずか2カ月で業務協定を結び、実験をスタートさせたのだという。

「住民向けの説明会を開いてから始めましょう、とドローン会社の社長に最初に提案されました。が、僕はとにかく先に飛ばしてみましょうって言ったんです。百聞は一見にしかずで、ドローンがどういうものかは説明を聞くより見た方が分かる。飛行区域だって民家のない森林の上がほとんどですから、万が一の場合の責任は僕がとりますのでまずは飛ばしてみてくださいって」

結果、「空飛ぶあれは何だ?」「ドローンだ」「ドローンて何だ?」「だから空飛ぶあれだよ」「そうか。なんかよく分からないけど面白そうなものだな」。そんな会話が村のあちこちで繰り返され、ドローンはすぐに村人から受け入れられるようになった。

そして、ドローンの飛行実験から物流ドローンサービスの実証実験につながった。山奥の買い物不便な集落に住む住民たちがドローンによる買い物代行サービスが受けられるようになり、生活便利度の向上につながった。

これも舩木村長がスピード感を重要視しているからこその好事例と言えるだろう。

村では地域資源を活用したり、住民の生活満足度を上げてくれる企業を常時募集している。よいアイデアがあれば舩木村長を訪ねてみてほしい。

将来の山主を育むマウンテンバイクコースを新設

小菅の山々は実は、東京湾に注ぐ多摩川の源でもある。小菅村では、この山々を地域の資源と捉え、いま開発を進めている。中でも舩木村長の肝いりは2023年の開業を目指すマウンテンバイクコース。自然の素晴らしさを体感できることが最大の魅力だという。

村長の仕事は村のお困りごと相談積極的なベンチャー誘致で地域の活性化を目指す
計画中のマウンテンバイクコース(小菅村提供)

日本では極めて珍しい“里山ジップスライド”がある「フォレストアドベンチャーこすげ」を起点に、コースを徐々に増やしていく。子どもたちが山や森の面白さを実感できるよう、ゲーム感覚で楽しめる要素を取り入れた、今までにないユニークなマウンテンバイクコースになる予定だ。

「山に入れば、手入れされた森の美しさが分かるようになります。マウンテンバイクをきっかけに、『おじいちゃんたちが守ってきたこの森を守っていきたい』と子どもたちに思ってもらえたら嬉しいですね」と舩木村長。

源流域には人が生活できる環境がある

村長の仕事は村のお困りごと相談積極的なベンチャー誘致で地域の活性化を目指す

「僕は小菅村の村長の他に「全国源流の郷協議会」の会長も担っています。大河の水源を発する源流域は、日本人の生活や文化に密接に関わっていますから、僕は小菅村という枠を超えて日本全国の源流の郷を守る活動もしています。

多くの源流の郷は今、自治体として消滅の危機にさらされていますが、人の生活の場としては生き残れる環境を持つ場所だと思っています。

エアコンなしでは生死にかかわるほどに地球の温暖化が進んでしまっていますが、源流域ではきれいな冷たい水が流れています。川のせせらぎから、爽やかな風が吹いてきます。冬の寒さをしのぐ薪と食べ物さえあれば生きていける環境なんですね。都心文化に組み込まれてない分、生き残れるんです。ほんの100年くらい前までは、人々は生きるために食べ物をつくり、明るくなったら起きて暗くなったら寝ていました。その生活に戻れる環境が源流域にはあります。

とはいえ、今の日本が抱える高齢化・過疎問題が小菅村には全部詰まっています。ということは、小菅村が解決できれば、日本の未来は明るくなるということです。日本の未来を担うつもりで、これからも課題解決に向けたさまざまな試みにチャレンジしていくつもりです」

村長の仕事は村のお困りごと相談積極的なベンチャー誘致で地域の活性化を目指す
多摩川源流(小菅村提供)小菅村長・舩木直美(ふなき・なおよし)氏

1957年小菅村生まれ。知らないことを知るのが好き。好きな言葉は「なんとかなるさ」。おいしい食事とうまい酒に人生の幸せを感じている。愛飲酒は奥多摩の名水からつくられる美酒「澤乃井」。

村長の仕事は村のお困りごと相談積極的なベンチャー誘致で地域の活性化を目指す
ベンチャー企業の友人が描いてくれたという似顔絵と編集後記

ユニークな村長で、笑いの絶えないインタビューだった。「新しいことを成功させるには面白がってやること。何もやらなければ消滅につながるのだからやるしかない。面白がってやっていれば、みんなも面白がるし、みんなが楽しくなればそれは成功」と村長は朗らかに言う。

バイタリティにあふれる村長の話からは、村の方々が安心・安全に心豊かに暮らせる村の明るい未来が目に浮かぶ。

※2022年7月15日取材時点の情報です

撮影:林 文乃

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