「認知症のケアで大事なことは、症状そのものではなく、その方の人生に耳を傾けること」
『さようならがくるまえに』(光文社)を上梓した川畑智先生によれば、認知症の方の言葉を聞くことで、適切なケアの糸口がつかめる例がたくさんあるという。認知症ケアに理学療法士として取り組んできた川畑先生。

現在は、認知症予防プログラム開発プログラムの責任者として、認知症予防の啓発活動や講演活動を行っている。
認知症についての“誤解”や介護者としての理想的な接し方について川畑先生に伺った。

目次

  • “認知症を“正しく”知るために
  • 「家族が認知症かな?」と思ったら
  • 認知症の方と接するときのアドバイス
  • 認知症について知ってほしいこと

認知症を“正しく”知るために

知識よりも思いを 介護が始まる前に知りたい「認知症ケア」
認知症への誤った理解

認知症とは「それが何なのかを認識し、知識を引き出すことが苦手になること」だと川畑先生は解説する。認知症の原因で最も多いアルツハイマー型認知症は、“情報の記憶(覚える)”を行う脳の海馬領域の委縮から始まることが多い。

海馬領域の萎縮が短期記憶に障害を引き起こすことで、同じことを繰り返し言ったり、もの忘れが増えたりしてしまう。

このような症状が「短期記憶症」ではなく、「認知症」と呼ばれていることには理由がある。

川畑

「アルツハイマー型の認知症と呼ばれる症状は、知識が失われていくのではなく、知識を引き出すことが苦手になっている状態です。

人間の記憶力は、おおよそ20歳から23歳がピークです。知識量は50歳~55歳がピークを迎え、加齢に伴い、新しい記憶力の低下をこれまでの知識で補うようになります。

認知症の『認』はわかる(=認識)、『知』は知っている(=知識)、『症』は、苦手の波があることを意味しています。つまり日常生活でこの『わかる』と『知っている』ことがしばしば“リンク”しないことを意味しています。認知症は『記憶だけの病気』ではありません」

見聞きしたり、匂いを嗅いだり触ったりすること……五感で得た情報が、知識や経験と上手にリンクしないことが認知症の症状のひとつだ。 先生は一例をあげてくれた。

川畑

「うちの“じいちゃん”の話です。

“ばあちゃん”のお葬式で、顔に白い布をのせられているのを見て、『息苦しゅうなかか?大丈夫か?』と言いました。亡くなった人だということとリンクしなかったのです。

認知症の症状はみられますが、本人は『真っ当』なことを言っていますよね、『布をかぶせたら息苦しいだろう』と。でも、厳粛な雰囲気のお葬式で白い布が顔にかけられていることが何を意味しているか…それがリンクしていません。

このような場における大事なことは、『何を言っているの?』と責めたり、訂正することが正しいということではありません。

『息苦しかったら、きっと動くよね? 動かないみたいから大丈夫だよ』と、不安を一緒に解消できるようにサポートすることです」

川畑先生の祖父と祖母との「最後のお別れ」については、『さようならがくるまえに』に詳しいが、認知症の方は、認識と知識がずれていく不安の中で日々生活をしている。 「無意識に生活を送ることができる私たちよりもずっと頑張っている」と先生は話す。

川畑

「例えば『マスクをしてください』とお伝えしたとき、認知症の方は同じほうにマスクのひもをかけられたり、耳に上手にかけられなかったりします。 小さな『ずれ』ですが、私たちはイライラしてしまう。

『なんでこのくらいのこともできないの?』そう言ってしまいがちです。

しかし、ご本人は頑張りを超えてさらに頑張っています。

覚えられないからさらに覚えようと努力をされたり、自分で解決しようとされたりします。

『一人歩き』もそうです。目的地があったはずなのに、迷ってしまう。周囲の方を頼れないのは、『自分で解決しないといけない』という焦りと頑張りの結果です。

『認知症』への考え方そのものをシフトチェンジしていくべきです。記憶の苦手な方から認識と知識のリンクが苦手な方へと」

パーソン・センタード・ケア

「パーソン・センタード・ケア」という理念がある。

認知症の方がどのように生きてきたかを知り、何を考え、何を感じ、何を求めているのかを想像し、その方の視点や思いを大切にする考え方だ。

“その人らしさ”や周囲との結びつきが大切で、孤立してしまうことを予防することとしても重要だと言われている。

しかしながら、介護現場では「パーソン・センタード・ケア」が実践されていないケースがあると川畑先生は指摘する。

川畑

「医療や介護の現場では、『この時間までに、これを終わらせないといけない』という“ミッション”が少なからずあります。その発想は、流れ作業になってしまう原因のひとつです。

ミッションが失敗してしまうと、責められるのはケアをしている職員さんです。

すると、職員さんは責められないためにも、認知症の方へ『お願いだから私のためにお風呂に入ってください』と言ってしまうことが多々あります。

これは『パーソン・センタード・ケア』ではありません。

介護をされる方からすれば、『なんであなたのためにお風呂に入らないといけないの?』となりますよね。それでも職員さんが『いいから!』とミッションの達成を“無理やり”にでも優先させると、『強制介護』のスタートになります」

「強制介護」は介護拒否だけでなく、職員による暴言や暴力を引き起こす可能性がある。

「パーソン・センタード・ケア」で重要なことは、上手に「先回り」をしながら相手のことを考えてサポートすることだと川畑先生は語る。

相手をよく知り、関わりを持ち、付き添いではなく寄り添いをしていくことが大前提だ。

川畑

「例えば、トイレに行くときに一緒に歩いて誘導するだけでは『付き添い』のケアです。現場で多く見られます。

一方、『寄り添い』のケアは『もうすぐ着きますよ』『遠かったですかね?』といったその方との会話をして、相手を労わりながら一緒に向かいます。

付き添いと寄り添いは、似ているようですが大きく異なります」

「寄り添い」には認知症の方と正面で向きあう“心”が必要となる。それは「愛そのもの」だと先生は語る。

知識よりも思いを 介護が始まる前に知りたい「認知症ケア」

「家族が認知症かな?」と思ったら

知識よりも思いを 介護が始まる前に知りたい「認知症ケア」
認知症だと早めに気がつくために

ご家族や知人の認知症に気づくポイントは「物忘れ」となることが多い。

人やモノの名前が「出てこなくない」ことは一つのサインだが、物忘れには二つの種類があるという。

「自覚的物忘れ」と「他覚的物忘れ」で、どちらも注意が必要となる。

特に「最近、物忘れが多くて……」という言葉は、注意すべきだと川畑先生は指摘する。「加齢によるもの」だと放っておけば、症状が進行してしまう恐れがある。

「なんとなく」落ち込んでいるように見えたり、考えごとが多くなっているように見受けられたりしたら、ストレス発散の場を作ることが大事となる。

川畑

「アルツハイマー型認知症は、他覚的な物忘れが出てきたころに『計算のトラブル』が増えていきます。

『支払いが終わっているのにまた支払いをしようとした』『スーパーで支払いをしていなかった』『未払いや過払いを覚えていない』などのお話がご家族の耳に入ってくるケースが多いのです。

ですから、他覚的物忘れと金銭トラブルが見られるようになったら、受診のタイミングだと考えていただきたいです」

認知症の初期状態についても川畑先生は警鐘を鳴らす。

初期状態では、入浴も外出などを十分に行えるため、一見すると「問題なく生活ができている」ように見受けられる。他覚的物忘れや金銭トラブルが起きた場合には、ご家族が同行して受診をするべきだと先生は考えている。

知識よりも思いを 介護が始まる前に知りたい「認知症ケア」
医師を上手に“活用”して早期発見を

早期発見のためには、医師に相談しておくことも大切となる。

かかりつけ医に診察を受ければ「最近、調子はどうですか」と聞かれることもあるだろう。物忘れが「少し」でも増えているようなら、「最近物忘れが」と一言伝えるだけでも医師は以後の診察で気を配ってくれる。

かかりつけ医がいない場合には、注意が必要だ。ご家族から「ちょっと『おかしい』から病院へ行こう」と言うのは厳禁。決め付けるような物言いでは、相手が意地を張ってしまい、病院へ行くことを“嫌がる”可能性が高い。

例えばご夫婦の場合であれば「私に物忘れがみられるから、あなたも一緒に受診してみない?」と自分が診てもらいたいというニュアンスで伝えてみるのも一つの手だ。

決まった時期に健康診断を受けているような場合には「そろそろ健康診断の時期じゃない?」と言えば、病院へ行ってくれることもあるだろう。言い回しを工夫するだけで、診断を受けられる可能性が高いので、医療を上手に“活用”したい。

川畑

「診察の際には、病院に『先回り』で相談しておくことも大事です。情報をしっかりと伝えておけば、次回の診察時には『先日はこんなことがありましたが……』と常に聞いてくれます。医師と二人三脚で早期発見してほしいとも思っています」

認知症の方と接するときのアドバイス

知識よりも思いを 介護が始まる前に知りたい「認知症ケア」
「わかること」と「知っていること」を結びつけるために

「認知症の方には視覚で訴えるとより伝わりやすい」と川畑先生は解説する。認知症の方は、

動きを先に認知し、その後に言葉を認知するそうだ。

例えば、食事の時間には、先にお茶碗でご飯を食べるしぐさをしてから「ご飯を食べに行きましょう」と話しかけると伝わりやすい。話すスピードも普段より「少しゆっくり」がベターだ。

川畑

「以前、認知症の方から『あなたの言葉は聞こえているけど、頭の中に届いてない』と言われたことがあります。

『さようならがくるまえに』にも書きましたが、『私はもう人間じゃなくなった』と訴える方もいらっしゃいます。

『バカになった』と言われたり、『人間じゃなくなった』と言われたりすることも残念ながらあるそうです。

コミュニケーションが上手に取れなくなったことで自信をなくしてしまう方がたくさんいらっしゃいます。認知症の方はそのような不安を抱えているのです」

介護や医療の現場では、言葉と同時に身振り手振りも出してしまう場合があるが、高齢のために難聴になっている認知症の方も少なくない。聞くことに集中してしまい、理解してもらえないこともある。

川畑

「私たちは口を手に当てて大声で『今からご飯ですよ』と言いがちです。そうなると相手は『えっ?何を伝えたいんだろう』となってしまいます。口に手を当てている理由から考えてしまうこともあります。

それでも何とか理解しようとしてくれますが、こちらもまた同じ動作をしてしまう……それではやり取りの時間が長くなってしまいます。

お互いが『なんでわかってくれないの?』と思うだけで関係性が構築できなくなる。身振り手振りで先に伝えてから話しかけることで、認知症の方の理解のサポートをしましょう。

伝え方を工夫することで、お互いの関係性が良くなります」

「わかること」と「知っていること」を結びつけるために

認知症への「偏見」は今もなお少なくない。

2020年に内閣府が行った調査では、40%の方が「認知症になると、身の回りのことができなくなり、介護施設に入ってサポートを利用することが必要になる」と回答した。また、32.6%の人が「認知症になると症状が進行してゆき、何もできなくなる」といったイメージを持っていると報告されている。

しかしながら、近年では認知症のケアや薬物療法が進み、軽度の認知症患者は状態を維持できる方も増えてきていることも事実だ。

川畑

「認知症といっても一人の人間であることは変わりません。

世の中には多くの方がいて、誰もが認知症になる可能性があります。症状も人それぞれです。疾患ばかりに目を向けてしまえば、人として尊重すべきことをおろそかにすることとなります。

例えば、違う靴下を履いただけで症状が進行したと恐れてしまう。そのような状態で認知症の方が心地よく生活することは不可能です。正しい知識を身につけて、認知症の方を一人の人間として尊重することを忘れないでください」

「認知症なのだから聞いてもわからない」と考えてしまうことは間違いだ。

介護の現場でも、忙しさゆえに理想を追い求めることが難しいことも多々あるだろうが、ご本人に理由や希望を聞くことは一つの解決策となると先生は説く。

川畑

「認知症の方は、心も感情も生き生きとしています。ご自身の気持ちを伝えることが苦手になっている方もいますが、ご本人の言葉を聞くことで適切なケアの糸口がつかめるのです」

知識よりも思いを 介護が始まる前に知りたい「認知症ケア」

認知症について知ってほしいこと

知識よりも思いを 介護が始まる前に知りたい「認知症ケア」
観察と対話

「これくらいはわかるだろう」

その“思い込み”が認知症の方を不安にしている。不安が原因となり、つじつまの合わない言動や行動、心理状態(BPSD)が生じている。そうして、不安が解消されないと、不満を抱き、周囲の方に不信感を持ってしまい、最後には不穏となって暴言・暴力、介護の抵抗へと至ってしまう。

このような状況にならないためにも実践してほしいことが「観察と対話」だ。

川畑

「観察といっても、目に入ってくるものをボーっと『みる』なのか、目に足が付く『見る』なのか、足を運んでみている『観る』なのか、視察のように考える『視る』なのか、それとも医師として診断する『診る』なのか、看護師として『看る』なのか……どの立場でどんなふうにして『みる』のかが大事です。

しかし、介護の現場で私たちが多い『みる』は、「見渡す」なのです。近接介護や遠方監視だったりして、その方の心まで寄り添えていません。

例えば、認知症の方がキョロキョロしていたとします。私が「ちゃんと見ていた?」と聞けばたいてい「みていた」と答えます。でも、見方が正しくなく、認知症の方がキョロキョロしていた理由がわからない。

認知症の方が『声』を出したときに対話をするのではなく、動き出した瞬間に寄り添って対話を始めていたら、不安が早期に断ち切ることができたのです。

このようなことが重なると、不安が不満になって、不信へと繋がってしまう。不安になると「家に帰る」と思われたり、不信になると「あなたが盗った」となったりします。さらに「不穏」になるとかなり悪い状況です」

例えば、リハビリスタッフが現場で「○○号室の○○さんは不穏です」という状況はしばしば見られる。その大半の原因は、観察と対話をせずに経過を見過ごしてしまったことに他ならない。

防止策は、不安の状態でご本人に聞くことだそうだ。そうして不安を見逃さないためにも「観察」が重要になってくる。

不安の兆候がみられたら「対話」をすることで解消することができることもあるが、単なる“声がけ”では効果がない。

川畑

「『○○さんどうしましたか?」と聞いてしまいますよね。私たちから見た世界は『全部』が見えていますが、認知症の方はそう言われてしまうと『えっ?どういうことですか?』となります。当然なのです。私たちと同じように理由があってウロウロしたり、声を出したりしているわけですから。

ですから『○○さん、不安そうにみえましたので、お声がけしました。どうされました』と“物語”として伝えるだけで返答は違ってきます」

「不安そうに見えましたが、何かお手伝いをすることはありますか?」

「眠そうに見えますが、横にならなくても平気ですか?」と順序立てた声かけをすれば、相手も理解してくれるという。

「○○さん、大丈夫ですか」という伝え方をしてしまうと、「自分は大丈夫ではないのだ」と思い、一旦“振り出し”に戻ろうとするのが認知症の方の世界だそうだ。

振り出しとは「自宅へ戻る」ことを指す。「家に帰りたい」という言葉には、認知症の方が「自分なりにどうにかしようとしている」状態を意味しているという。

医療や介護の現場では「大丈夫ですか」「どうかしましたか」という声かけが多いが、その声がけが認知症の方をかえって混乱させてしまう恐れがある。

川畑

「お名前をお呼びして、『〇〇に見えました。どうかしましたか?』というように、お名前と気持ちの提案をセットにして伝えることが大事です」

認知症はみんなで力を合わせたら恐れるものではない

認知症の方をケアするご家族やスタッフの方へのメッセージを伺った。

川畑

「ご家族もスタッフさんも認知症の方を責めようなんて思っていません。ご家族は『よくあって欲しい』と願っています。

それにもかかわらず介護が上手くいかないと責めてしまうのは、“コントロール”しようと思うからなのではないでしょうか。介護者が認知症の方を責めてしまうのは自分を守るための防衛本能が働いてしまうからです。

それが原因でネグレクトや過介護になってしまいます。認知症の方をケアしていくうえで、自分と相手の視線の方向や世界観を考えていくことがすべての基本となります。

ただし、疲れ切って息も絶え絶えになっている介護者がいらっしゃることも忘れてはいけません。家族と専門職の方だけでは手が足りないので地域の皆さんの力も必要な段階です。

認知症はみんなで力を合わせていけば決して恐れるものではありません。

私が認知症の方についてお話しするのは、いつか認知症という言葉を使わなくても済む世の中にしたいからです。そのためにも皆さんに認知症のことを知ってほしいと思います」

川畑先生の近著

『さようならがくるまえに』

「家族の介護をされている方や、少し物忘れが出てきた方はもちろんのこと、認知症なんてまだまだ自分には関係ないと思っている人にこそ、本書を手に取っていただきたいです。認知症を他人事から自分事へとらえるための始まりの一冊にぴったりだと思います」

川畑智(かわばたさとし)氏のプロフィール

平成 14 年 熊本リハビリテーション学院を卒業後、病院勤務と社会福祉協議会勤務を経て、急性期から生活再建期のリハビリや介護予防、地域づくりに携わる。
平成 18 年 日本初の「高齢者のためのアミューズメントパーク」をコンセプトとし公的な介護予防施設「あそび Re(リ)パーク」を開設し、日本国内のみならず、世界中から注目を浴びる。
平成 21 年 熊本県認知症予防モデル事業プログラムを開発。
平成 27 年 株式会社 Re 学を設立。熊本県を拠点に、国内外における地域福祉政策に携わり「脳いきいき事業」を展開。認知症の理解・予防・ケアを学ぶブレインマネージャーを創設。
令和元年 厚生労働大臣賞を受賞(健康長寿を伸ばそう AWARD)。年間 200 回を超える講演活動を全国で行いながら、介護保険制度の中で認知症予防事業を展開し、普及啓発および研究活動に取り組んでいる。

知識よりも思いを 介護が始まる前に知りたい「認知症ケア」

写真提供:川畑智氏

編集部おすすめ