2020年から2022年にかけての学習指導要領の改訂で、小学校・中学校・高校での金融経済教育が拡充されたことをきっかけに、「子どもが小さいうちからお金について教えたほうがいい?」と感じている人は多いのではないだろうか。
「海外では、日本よりも金融経済教育が進んでいる」という話を耳にするが、実際はどうなのだろうか。
将来を想像すると「お金」が見えてくる

川口さんは幼い頃、アメリカと日本を行き来していた祖父母に預けられていたそう。3歳から9歳にかけてアメリカのニューヨークやサンディエゴ、イギリスのロンドンなどで過ごし、祖父母の友人の資産家に囲まれて育ったという。
「当時は、家庭でも学校でも“お金”というキーワードを中心とした教育を受けていました。周りの大人がお金に関する考え方や使い方、分け方のルールを教えてくれたんです。特にユダヤ系の方々は『知識を授けるのが一番の愛情』と考える方が多く、たくさんのことを教わりました」(川口さん・以下同)
ユダヤ系の人々は2000年もの間、自国を持つことができず、迫害されてきた民族。その歴史があるため、生き延びるためのお金の大切さを身をもって理解し、稼ぎ方や増やし方を次の世代に伝えることが愛情とされているそう。

「ユダヤの方々は、『生きていくうえでお金は必要だが、稼ぐ力や増やす力があれば、自らお金をコントロールできる』ということを教えてくれました。学校でも、ユダヤ系の先生は幼い頃からお金の教育を受けているので、テキストがなくても大事なことを伝えられるんです。幼いながらに、大切なことを教わっている感覚がありましたね」
欧米の学校では、ゲームをしながらお金についてディスカッションする授業もあったとのこと。
「子どもながらにお金について考えて、これから歩みたい人生や社会に出てからの働き方、起業などの目標を発表する場もありました。将来を想像すると、どの道に進むにしてもお金が関係することがわかるんですよね。例えば、アスリートになることが目標だとしたら、器具やユニフォームを買うお金に大会に出る費用もかかるでしょう。
大学生になると、空き時間に友人同士で投資に関するセッションが行われるのも珍しいことではないそう。「私はこういう投資をしてる」「僕はこの投資をしようと思ってる」と1人が話し始めると、「私もやってる」「それはこんなデメリットがあるから気をつけてね」とそれぞれの経験談や知識が共有され、投資への理解や興味が自然と深まっていく。
「日本に戻ると、大人たちが『こんなところでお金の話は…』って遠慮していて、オープンに話せない空気を感じましたね。幼いながらに、ごはんを食べるにも出かけるにも病院にかかるにもお金が必要なのに、なんでお金について話すことはダメなんだろうって、すごく違和感を覚えました。最近、ようやく話せるようになってきているのかなと感じているところです」
子どもでもできる「お金の分け方・使い方」

幼い頃の川口さんは、主にユダヤ系の人々からお金について学び、あることの大切さを知ったという。
「リスクを分散することです。ユダヤ系の方々は収入があった際に、『すぐに使うお金』『5~10年以内に使うお金』『10年以上先に使うお金』の3つに分けていたんです。実際に分けるように教えてもらったこともありました。ただ、子どものうちは5~10年先まで意識するのは難しいので、おこづかいをもらったときには次のような3つに分けていました」
(1)学校で必要なものやおやつなどを買うためのお金
(2)いますぐではないけれど欲しいものを買うためのお金
(3)家族や友達にプレゼントを買ったり、寄付をしたりするためのお金
「ある程度大きくなったら、大人と同じようにお金を使うタイミングに合わせて3つに分けるように変えていきました。この経験があったので、社会に出てからも収入を分けるということが自然とできたのだと思います」

お金を3つに分けると、「(2)いますぐではないけれど欲しいものを買うためのお金」には、ほとんど手をつけないことがわかってくる。
「私が8歳のときに、祖父が『目的のためのお金である(2)を貯金箱に入れておいても、増えるわけではない』と教えてくれたんです。その時点で、投資や複利について解説してくれたことを覚えています」
雪が降り積もった日に祖父は雪の玉を2つつくり、1つには手でつかんだ雪を少しずつ付けて大きくしながら「これが単利」と説明。もう1つは雪の上を転がし、回転するごとに大きくなる様子を見せながら「これが複利」と、8歳でもわかる方法で教えてくれたそう。
「その時点で『貯金箱にお金を入れても増えない』『単利より複利がいい』ということがわかったので、子どものうちに長期・積立・分散投資をスタートできました。金額は小さかったので、複利の効果を実感できたのは約5年後です。お金が増えるのが楽しみでした(笑)。約20年経ってからは『こんなに増えるんだ』と感じましたね。30~40年後に複利効果をさらに実感し、貯金や単利との違いを思い知りました。貯金がもったいない理由がわかると、そのうちの一部分でも投資で働かせてみようかなという気持ちになれると思います。これは子どもだけでなく、大人も同じです」
若い世代は、金額が小さくても長く継続できるからこそ、銀行口座や貯金箱に貯めておくだけでなく、増やす方法を知ることも重要だ。
「日本のiDeCoや企業型DCは、アメリカの401kがモデルになっています。その401kを活用している50代後半の方の多くは2億円程度に資産を増やしています。ISA(NISAのモデルとなったイギリスの個人貯蓄口座)を活用している人も、50代後半で1億円以上になっているようです。日本もiDeCoやNISAで分散投資を継続していけば、同じようになる可能性は大いにあると思います」
生活の延長線上で「お金」について話す習慣

「お金の増やし方を学ぶこと=お金教育」と思われがちだが、実際はそうではないと、川口さんは話す。
「お金教育は、人生を考えることです。
欧米では、授業のなかでお金に関することを考える際、お金の使い方の前提となる大切なことも教わるそう。
「『友達同士でお金の貸し借りをしてはいけない』と教わるので、欧米では安易に『お金を貸して』『おごって』と言う子はほとんどいません。一方、日本では、子どもが交通系ICカードなどで友達におごってしまうという問題が稀にありますよね。早いうちから日常のお金の使い方について話すことで、避けられる問題はあるでしょう」
家庭でお金の話をする際は、腰を据えて勉強するよりも、体験を通じてお金に触れることが大事とのこと。
「スーパーやコンビニに行ったときに、子どもに現金で買い物をさせて、おつりをもらう感覚を教えてあげてほしいと思います。おつりの一部をおこづかいにしたり寄付したり、使い方を考えさせるのもいいでしょう。アナログができてこそ、キャッシュレス決済も使いこなせるようになるので、まずは現金を取り入れてみてください」
家電や家具、車などの大きな買い物をする際も、子どもと一緒に店舗に赴き、さまざまな製品の性能や価格を比較することもお金を学ぶ方法のひとつ。予算をもとに製品を選ぶ経験が、社会の仕組みを知るきっかけになるという。
「ある程度大きくなったら、外食したときに予算を決めて、子どもに『予算内で家族みんなのごはん、ドリンク、デザートまで頼むとしたら、どう注文する?』と聞いてみましょう。子どもなりに一生懸命考えると思いますよ。
重要なのは、お金に関する話を避けるのではなくオープンにすること。日々の買い物や食事、子どもの習いごとの費用などに関しても一緒に話してみることが、お金の使い方を学び、実践するきっかけになるだろう。

(取材・文/有竹亮介 撮影/森カズシゲ)