SNSなどで日々発信される投資の情報。もしもその中の“デマ”を信じて損をした場合、情報発信者に対して法的責任を問うことは可能なのでしょうか――。
インターネットのトラブルを題材にした漫画『しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~』(白泉社)。ネット炎上やSNSトラブルなどに巻き込まれた相談者の悩みを一風変わった弁護士が解決していくストーリーで、ドラマ化されるほどの人気となっています。
この作品の監修を務めるのが、ネットトラブルに詳しい法律事務所アルシエンの清水陽平弁護士。SNSやネット情報との付き合い方で“気をつけるべき点”を聞きました。
弁護士は“他人事”の意識を持たないといけない

――この漫画のタイトルは、制作陣との会話の中で清水さんが口にしたひと言がベースになっているようですね。
清水 そうですね。私が「弁護士は“しょせん他人事”という意識を持って仕事をしなければならない」と話したことがきっかけになったと聞いています。
もちろん弁護士は依頼者の立場に寄り添うことが大切ですが、一方で俯瞰した視点を持たないと合理的な判断ができなくなります。トラブルの“当事者”になってはいけません。
たとえば離婚裁判でも、依頼者の思いを受け止めすぎて「相手に非を認めさせよう」「裁判で決着をつけよう」と必死になると、かえって長期化し、余計に費用がかかることもあります。それよりは和解した方が依頼者の経済的なメリットを生むことも少なくありません。
弁護士はうつ病になる人が多い職業で、おそらくその要因の1つは依頼者の感情に引きずられてしまうから。そんな意味でも「しょせん他人事」の意識が重要なんです。

――そもそもどのような経緯で、この作品の監修を務めることに?
清水 担当編集者の方からある日連絡が来て「ネットトラブルに関連した漫画を作りたいから取材をさせてもらいたい」と言われました。とにかくリアリティにこだわった作品にしたいという話でしたね。
ドラマによくあるような、わかりやすく問題を解決するスーパー弁護士ではなく、地味でも本当の裁判手続きを描きたいと。そこで私が実際にあったネットトラブルの事例や、それらを解決していく過程などを伝えることになりました。
実際にこの作品では、開示請求(※ネットで誹謗中傷に遭った人が、プロバイダ等に発信者の情報開示を求めること)の手続きをリアルに描いています。実例をベースにしたエピソードもあり、これを読めば「こういう投稿で訴えられる可能性がある」という参考になるのではないでしょうか。最初の頃は、まさかこんなにヒットするとは思いませんでしたけどね(笑)。
「悪いことをしている自覚」が本人にない

――ネットトラブルで特に多いもの、気をつけた方がいいものは何ですか。
清水 やはり人に対する誹謗中傷ですね。プロレスラーの木村花さんの問題が起きた時、誹謗中傷をしてはいけないという認識は世の中に広まったはずですが、その後も実情は変わりません。たとえば投稿主は芸能ニュースに言及しているつもりでも、その内容はニュースではなく芸能人への攻撃になっているケースが見られます。
「死ね」や「いなくなればいい」といった言葉や人格を否定するコメント、あるいはそれを繰り返す行動は、人が持っているさまざまな権利を他者が侵す「権利侵害」の中の「名誉感情侵害」に当たる可能性があります。容姿に対する否定的な言葉も該当しますね。
――どうして誹謗中傷は減らないのでしょう。
清水 「悪いことをしている」という自覚が本人にないからです。自分が思ったことを発信しているだけ、だと。もちろん匿名だから起きている面も大きいでしょう。
誹謗中傷に加えてもう1つ、ネットトラブルで多いのは「デマの発信・拡散」です。有名なところでは、京都アニメーションの放火殺人事件をめぐり、NHKが事件に関与していたかのような虚偽情報がネットにあふれました。これらのまとめ記事を載せたサイト運営者は約400万円を支払うよう判決で命じられています。
――よく言われることですが、デマ情報をリポストした人、つまり拡散した人も責任を問われる可能性があるのですか?
清水 十分にあり得ます。デマの被害者がリポストした人も含めて訴えた場合、責任を追及されることは考えられるでしょう。現実的にはあまりそういう訴訟は起きていませんが。
投資の掲示板で注意してほしい「デマ」とは

――投資界隈でも、こうしたネットトラブルはあるのでしょうか。
清水 決して少なくありません。
さらには投資の掲示板でデマを流す事例も見られます。特定の会社やその経営陣に対して、根拠のない情報を載せるといったことですね。
――なぜそのようなデマを発信するのでしょう。
清水 いろいろな理由が考えられますが、なかには企業の「経営権争い」が絡んでいる場合も少なからずあります。仮に経営陣の刷新を狙う集団がいたとして、その動きを促すために現社長の悪い情報を流すなど。株主は経営体制に意見できる力を持っていますから、投資の掲示板で拡散すると影響が大きいのです。
もちろん、虚偽の情報を流された企業は、発信者や拡散者を訴えることが可能です。
――ちなみに興味本位で聞きたいのですが、こうしたデマを私たち個人投資家が信じ、それによって株式投資で損をした場合、情報発信者の法的責任を問うことは可能なのでしょうか。

清水 状況によるので一概には言えませんが、基本的には難しいのではないでしょうか。何かしらの情報をもとに株式投資で取引して損を被ったのは、あくまで個人の判断であり“結果論”です。
先ほど話したように、デマ情報を流された会社は名誉毀損や業務妨害などの権利侵害で訴えることが可能です。しかし、投資家はその情報で権利を侵害されたわけではなく、情報を見て自分で起こした行動の結果が“損”なので、発信者への責任追及は難しいというのが一般論ではないでしょうか。
――そういう意味では、ネットの情報を鵜呑みにせず、きちんと自分で精査することが重要ですね。
清水 そうですね、情報が正しいかどうかをまず確認することが大切です。そして自分が投稿する時は、誰かを傷つける可能性がないかを考えてほしいと思います。権利侵害は相手との関係性や会話の文脈で変わる分、判断が難しいのですが、グレーなものは発信しないというスタンスが安全です。勢いで投稿せず、一度立ち止まることが大切ではないでしょうか。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2025年4月現在の情報です