市場で注目を浴びているトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。今回取り上げるテーマは、訪日外国人旅行者を意味する「インバウンド」。
インバウンドに向けた取り組みで話題を集めているのが、2025年7月25日にオープンした沖縄の大型テーマパーク「JUNGLIA OKINAWA」。国内外居住者で価格を分けると発表したからだ。1Dayチケットの大人料金を国内居住者6930円としている一方、実質的に訪日客向けとなる一般料金は8800円としている。市場調査に基づいて決定されたとのこと。
実は、同じように利用料金を工夫している地域や施設が出てきている。価格に着目した理由やその効果について、聞いた。
マイナンバーを活用した住民限定割引サービス「Kutchan ID+」
住民限定の割引サービスを展開し始めたのが、国際的スキーリゾートとして人気の高いニセコエリアに位置する北海道倶知安町。

倶知安町では、2024年11月にデジタル町民証明サービス「Kutchan ID+(くっちゃんアイディープラス)」をリリース。専用アプリとマイナンバーカードを連携し、デジタル町民証明を取得することで、町内の加盟店で割引や優待などを受けることができるというものだ。

専用アプリに表示されるデジタル町民証明を店舗や施設で提示することで、割引や優待が受けられる。
なぜ「Kutchan ID+」が開発されたのか。その理由は、ニセコエリアでの局地的な物価上昇にあるという。
「ニセコを訪れる外国人観光客の数は右肩上がりに増えています。
そう教えてくれたのは、「Kutchan ID+」の事業を担当する一般社団法人 倶知安観光協会の三石真由さん。この物価上昇が、町民のリゾート地離れを招いたという。
「ほかの観光地と比べて飲食店の価格が高いとなると、町民の方々は『自分たちが行くようなところではない』と感じてしまい、気持ち的にも行動的にもリゾート地から離れてしまうという課題が出てきました。同時に、外国人観光客の増加によって交通問題やごみ問題なども発生し、町民の日々の生活にも影響し始めていたので、町外に出てしまう方も見受けられたのです」(三石さん)
インバウンドの増加による課題を解消する手立てのひとつとして、開発が始まった「Kutchan ID+」。そのヒントはハワイにあったそう。
「もともとハワイの旅行会社に勤めていた倶知安観光協会の事務局長から、『ハワイには現地住民が観光施設や飲食店で使えるカマアイナ割引という制度があるんだけど、ニセコにもあったらいいんじゃないか』という提案があったんです。そこから少し時間はかかってしまいましたが、『Kutchan ID+』としてリリースすることができました」(三石さん)
「Kutchan ID+」は観光協会だけでなく、倶知安町や町内のホテル・飲食店などとの協議を重ね、実現に至った。また、マイナンバーカードを用いて町民証明を行うシステムは、全国的にも先進的な取り組みとなった。
「『Kutchan ID+』の登録者数は約2000人とまだ少ない状況ではありますが、利用者からは好評の声をいただいています。スキーリフト券が4割引になることを知って、マイナンバーカードを申請してくださった方も一定数いましたし、スーパーのマックスバリュさんの割引は日々の生活にも直結するところなので、町民の方々の利用率も高いです」(三石さん)
割引や優待を提供する店舗や施設にとってはマイナスのようにも感じられるが、それ以上に町民との接点を持つことのほうが重視されているという。
「観光協会として町民の方々に何かしたいという思いを伝えて、共感していただけた施設や店舗の皆さんに加盟していただいています」(三石さん)
「地元=リゾート地」だから味わえる体験がある
倶知安観光協会は、倶知安町民限定の「倶知安マジカルダイニング」という施策も行った。2025年3月末から4月にかけて、1万円分の食事券「Kutchan Magicalチケット」を5000円で販売するというもの。
利用期限は2025年5月末までと短めに設定されていたが、利用率は98%に達した。「なかなか行けないリゾートエリアで食事ができた」「非日常感を味わえた」「家族みんなで集まって、食事の機会を取ることができた」など、うれしい言葉が届いているという。
「町民の方々に改めてリゾート地の良さを感じていただくことはもちろんですが、同時に閑散期の飲食店をサポートしたいという思いもありました。スキー場がクローズする4月以降、ニセコエリアは観光客が減るので、閉めてしまうお店も多いんです。飲食店にとってはマイナスですし、観光客の方々も飲食店が少なくなって困ってしまいます」(三石さん)
「町民が来てくれるのであれば、あと1カ月長く営業しよう」と考える飲食店が増え、ニセコエリアに関わるすべての人にとってプラスに影響すると考えたのだ。実際に町民からも飲食店からも反響が大きかったため、2回目も検討しているとのこと。
「Kutchan ID+」は期限などを設けず、今後も続いていくサービス。三石さんは、「帰省したお子さんやお孫さんと一緒に、世代を超えてニセコエリアを楽しんでいただくためのツールになったらうれしい」と話す。
「せっかくリゾート地に住んでいらっしゃるので、ほかの街では味わえないような体験をご家族で楽しんでいただきたいと思っています。そのため、現在はどなたか1人でも『Kutchan ID+』で住民証明していただけたら、同行者の方も割引や優待を受けられる形にしています。特にアクティビティ系の施設は割引率が高いところが多いので、長期休暇の際にも楽しんでいただけると思います。
滞在時間を有意義に使ってもらうためのインバウンド向けチケット
一方、インバウンド向けのチケットを導入した施設もある。東京スカイツリーだ。

(c)TOKYO-SKYTREE
2015年2月から2021年3月まで、インバウンド専用の「ファストスカイツリーチケット」を販売していた。2015年当時の当日券(大人)2060円に対し、「ファストスカイツリーチケット」は大人2820円と高めの設定だったが、一般よりも短い待ち時間で入場できるチケットとなっていた。
「当時は海外向けの販路が確立されていなかったため、外国人観光客の方々も現地で当日券を購入されていました。チケット購入の際に整理券を渡す形だったのですが、チケット購入から入場までにタイムラグが生じやすかったので、限られた滞在時間を有意義に使っていただくため、『ファストスカイツリーチケット』を導入しました」(東京スカイツリータウン広報事務局・町田菜々さん)
ちなみに、コロナ禍で国内外の観光客が減少したため、2021年に「ファストスカイツリーチケット」の販売は終了。現在はインターネットで事前に時間指定したうえでチケットを購入できるシステムが構築されたため、再開の予定はないとのこと。
「東京スカイツリーを訪れる外国人観光客は増加傾向にあり、2024年度は来場者の36%、約168万人がいらっしゃいました。今後もインバウンドの方々はもちろん、国内の皆さんにも楽しんでいただけるよう、朝限定の特典付きチケットなどを販売しています」(町田さん)
それぞれの理由や目的から価格に関する施策が導入されているが、共通しているのは「多くの人に楽しんでもらいたい」という思い。利用する施設や住んでいる地域で導入された際は、うまく活用して思いっきり楽しむのがベストといえるだろう。
(取材・文/有竹亮介)