米国株や全世界株への投資が話題になる中、「日本株の魅力」はどこにあるのか。これから期待できる国内の産業や投資テーマはあるのか。
1870(明治3)年、日本初の鉄道敷設において資金調達を支援したのが英国のシュローダーだった。同社は1804年に創業し、200年以上の歴史を持つ。1974年には日本事務所を構えるなど、外資系企業では早くからこの国で資産運用ビジネスを行ってきた。前田氏は現在、「シュローダー日本ファンド」を担当している。“逆張り”の思考で割安な優良銘柄を探す同氏に、日本株の展望を聞いた。
かつて感じたシュローダーの「強い運用」、その理由がわかった

「1990年代、私は別の金融機関にいましたが、年金運用で常にトップクラスの成績を収めていたのがシュローダーでした。どんな秘密があるのだろうと思っていましたね」(前田氏、以下同)
野村證券、野村アセットマネジメント(当時は野村投資顧問株式会社)でキャリアを積んだ前田氏は、2001年にシュローダー・インベストメント・マネジメント(当時はシュローダー投信投資顧問)にやってきた。ただ、転職する前からシュローダーとは縁があったという。
その一つは、前職時代に行ったロンドンでの研修だ。偶然シュローダーが研修先となり、運用現場を見る機会を得た。「その時のファンドマネジャーを見て、この人のようになりたいと思ったことを覚えています」。
200年以上の歴史を持つシュローダーは、投資の世界で古豪の存在だ。日本との関わりも古く、1870(明治3)年には、国内初の鉄道敷設のために政府が初めて発行した国債の主幹事をシュローダーが務めた。1974年には東京駐在員の事務所を開設。1990年代には、外資系でいち早く公的年金や投資信託の運用を日本で開始した。
そんなシュローダーの強さを若い頃から感じていた前田氏。現在はグループの一員となり、「シュローダー日本ファンド」を運用している。実際に入社してみると、かつて感じた“強さの秘訣”が見えてきたという。

「長期的な時間軸で判断すること、バリュエーション(※)を重視すること、不人気な銘柄にあえて注目する『逆張りの思考』を実践すること。これらがシュローダー日本株運用のスタイルであり、強さの根底にあると感じました。そしてこの要素は代々受け継がれ、各運用担当者が自分流にアレンジしてきたのです」
※企業の利益や資産などの「企業価値評価」のこと。
前田氏もこれらの“伝統”を取り入れ、自分の強みとしている。特に「逆張りの思考」は、同氏の代名詞とも言える特徴だ。
不人気になっても「追い続ける」のが逆張りの心得

不人気な銘柄にあえて注目する、多数派が見ていない要素に目をつける――こうした逆張りの思考が持つメリットは何か。前田氏に聞くと、「簡単に言えば、少数派意見の中から正解を見つけた方がリターンは大きくなるということです」と答えた。そして投資とは、「少数派が勝つ世界だと考えています」と続ける。
「どこかで話題に上る銘柄は、すでに株価がかなり上昇した後であることも少なくありません。登山でいえば6、7合目まで来ているかもしれない。すると、その後値上がりするとしても、それほど大きな上昇にはならないとも考えられますし、意外と早くピークを迎えてしまうかもしれません。つまり、一見勝つ確率が高そうなため魅力的に見えても、実際には確率とリターンを掛け合わせた“期待値”が高くない。それなら私は、まだ上昇局面の序盤に位置していると思われる銘柄や下落局面の終盤に差し掛かっていると思われる銘柄を優先して探します」
ではどのように見つけるのか。たとえば、ある時の経営状況から評価が大きく下がった銘柄があるとする。
なお、投資には「バリュートラップ」という言葉がある。PERやPBRで「割安」と判断された銘柄でも、一向に値上がりしない状況を意味する。逆張りにはこうしたリスクも存在するが、「私はそこにとらわれず、飛び込んでいくことが多いですね」と前田氏。バリュートラップを警戒しすぎると判断が遅くなるからだ。それは機会損失になる。もちろんその分、今後上がる可能性はどのくらいか、変わり目があるかを入念に分析する。
「逆張りの思考は、誰にでもフィットするものではありません。私は昔から人の反対を行くタイプでした。
ようやく小型株にとって良い環境が整ってきた

シュローダーの伝統が前田氏の強みになっているのは先述の通り。それに加えて、「バリュー株からグロース株まで守備範囲が広いのも私の武器だと思っています」と話す。
バリュー株とは、本来の企業価値より株価が低い状態(割安)にある銘柄。グロース株は、今後高い成長が見込まれる銘柄。前田氏は、キャリア序盤にグロース株や小型株の運用を経験し、その後バリュー株や大型株の扱いも多くなった。そのため各方面に精通しているという。
注目すべきは、同氏が今後「日本株の中では小型株のパフォーマンスが良くなる」と見ていることだ。
日本の大型株が伸長したここ数年。その反面で、小型株は良い状況と言えなかった。しかもこの“停滞”はかなり長く続いた。その理由について、前田氏は「大型株に有利な要素がいくつも重なったため」と分析する。具体的には、円安や持ち合い株の解消(※)、が進んだことだ。
※事業会社とメインバンクや取引先企業が互いに株式を持ち合うことを解消すること
「こうした中で、小型株のPERは大型株との相対比較において、過去20年で最も低い水準まで落ち込んでいます。かなり割安な状態でしょう。一方、先に挙げた大型株の好材料は一段落した印象。ようやく小型株が見直されやすい環境が整ってきたのではないでしょうか。潮目が変わる可能性はあると思います」

日本株の大きな魅力の一つは「多数の優良で割安な小型株が存在していること」だと前田氏。「海外投資家は日本の大型株中心の取引であり、小型株には目が行き届いていません。割安でチャンスのある銘柄が残っている可能性が高いのです」。
あとは、どのように優良な小型株を見つけるかだ。前田氏が個人投資家に推奨するのは「銘柄のスクリーニング」の実践。スクリーニングとは、いくつかの条件を設定して、それに見合った銘柄を探し出すこと。
「試しにROEや営業利益率、自己資本比率、PBR、PERなど、いくつかの条件で厳しめの数値を設定し、それらの条件を全て満たす銘柄を探してみてください。こうした優良かつ割安な銘柄は、大型株ではすでに評価されていることも多く見つけにくいですが、小型株ならまだ目をつけられていない可能性があります」
もし条件を満たす銘柄が見つかったら、決算資料や中期経営計画で“裏付け”を取ることが重要。「なぜ良い指標が出ているのか、持続的な成長が可能か、割安に見えても何か大きな懸念材料を抱えていないのか、など、企業の実態と照らし合わせて確認しましょう」。そこで納得できたら行動に移す。可能ならこうした銘柄を複数見つけ、「分散投資するのが理想です」とアドバイスする。
「日本の市場は流動性が担保され、情報も豊富です。それほど環境が整っていながら、割安銘柄や掘り出し物がたくさんある。この環境を生かすことが大切ではないでしょうか」
投資では「完璧なタイミング」を狙いすぎない

取材の締めくくりに個人投資家へのメッセージを尋ねると、「今は投資を行う人にとって幸せな時代です」と前田氏。「バブル崩壊以降1990年代から2000年代にかけての日本株市場は長期に渡る停滞期でした。今はそこを抜け出して右肩上がりで推移していますから、株高の恩恵を受けやすいですよね。だからこそ、多くの人が投資に親しんでほしいと思います。昨今のインフレ環境下では、放っておくと実質的な資産価値が目減りしてしまうことも考えると尚更です」。
その上で、次のようなアドバイスを口にする。――完璧な取引タイミングを狙いすぎないこと、バリュエーションの基礎を学ぶこと、自分と似た投資スタイルの“師”を見つけてコピーすること――
これらの意味を簡単に説明したい。まず、最高値で売却するなどの「完璧なタイミング」で取引するのは難しく、狙いすぎると動けなくなる。次に、バリュエーションの基礎を知っているかどうかで雲泥の差が出る。最後に、どんな投資スタイルでも先駆者がいるのでその人を真似ると素早く上達する。これらが重要だという。
そして最後に「時間を味方につけてほしい」と語る。「個人投資家なら自身の責任の下、10年、20年後を見据えて長期の時間軸で取引することもできるはずです。市場が急落した時に仕込んで、その後の上昇を気長に待つことも可能。いざという時にこうした投資行動を取れるかが、分かれ目になるでしょう」。
シュローダーの伝統と、自身の長所を融合して運用を行う前田氏。日本株のスペシャリストが伝えた最後の言葉は、奇をてらわない、むしろ“順張り”の真っすぐさを感じた。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2025年9月現在の情報です