こんにちは、車椅子ジャーナリストの徳永 啓太(とくなが けいた)です。ここでは私が車椅子を使用しているマイノリティの一人として、自分の体験談や価値観を踏まえた切り口から“多様性”について考えていこうと思っています。

渋谷区のスローガンを20年ぶりに変えた理由
徳永:渋谷区は日本では早くから多様性という言葉をスローガンに掲げていますが、なぜ取り入れたのでしょうか?長谷部区長:目標として掲げたというより、もともと私のなかで多様性、ダイバーシティ、そしてインクルージョンは街の原動力になるという考えがあり、もっと全面に発信していきたいと思っていました。そこで渋谷区の基本構想を「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」と新しく変えることから始めました。基本構想は国でいうと憲法のようなもので、自治体によっては長期基本計画と言ったりしますが、これをもとに自治体ごとに地域の発展のために政策を考えていきます。

徳永:街を作る上で基本構想はとても重要な指針ですね。長く掲げることを考えると渋谷の個性を出すというのは難しく感じてしまいますが。長谷部区長:2016年に20年ぶりの改定となりましたが、前回の基本構想の内容と現在の渋谷区の実態に違いが出てきてしまっていました。それは大きく二点あります。まずは人口が減り続ける予想のもと作られていたこと。予想通り一旦は減りましたが、今は増えています。理由は東京に人口が一極集中しているなか、渋谷区に住みたいと考える人が増え、リーマンショック以降空き地や駐車場になった場所に新しくマンションなどが増えているからです。今後の世界経済の影響にもよりますが、ここ5年は増えていくと予想しています。そしてもう一点は、2020年で東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定したこと。
言葉が都市を作る。渋谷の長所を伸ばしていく
徳永:20年間も変わらなかった基本構想を見直すことから始めた。とても大きな改革をされたことを改めて感じました。現在2019年、改定されて3年経ちますがどのように感じていますか?長谷部区長:私が渋谷区長に就任した時から、「ロンドン・パリ・ニューヨーク・渋谷区」と世界の都市と並べて発言していましたが、そうすると今まで23区内や、日本国内の渋谷と考えてきた人たちが、国際都市としての渋谷に目を向け始めたように思います。言葉が意識させることにつながって、言葉が街を変える、人を変える力があると3年経って実感しています。徳永:それは興味深いお話です。現在、具体的に変わってきたと感じる事例はありますか?長谷部区長:世界の都市を研究していくなかで、スコットランドのグラスゴーにある坂道が面白いという話を聞きました。そこは歩行者天国で、坂の下には小さいイベントホールがチラホラあり、登った上に大きなホールがあってアーティストが売れていくと坂の上でイベントができるという仕組みになっているらしいんです。

長谷部区長:ミュージシャンの小沢健二さんの歌に「意思は言葉を変え、言葉は都市を変えていく」という詞があって、今すごく実感しています。言葉が都市を作るってあるんだなと。言葉にはみんなを引っ張っていく力があるんだなと感じています。それだけでなく渋谷区はそもそも多様であると思っています。例えばLGBTに関する取り組みで「パートナーシップ証明書」*1は日本で初、渋谷区議会本会議で可決されたものです。
渋谷で育って培った価値観。多様性とストリートカルチャーの共通要素。
長谷部区長:都市開発が進み、いくつも大きなビルが建ってきています。でもメインストリームのカルチャーだけではなく地場にあるストリートカルチャーやカウンターカルチャーをもっと活気づけたいという想いがあります。私はこの街のストリートカルチャーで育ってきました。渋谷のストリートでいろんな人たちが混じり合って、時にぶつかり合って文化を生んでいるのを肌で感じてきました。古くは竹の子族、ロカビリー、DCブーム*2があったり、その後渋谷系音楽というジャンルが生まれたりしました。

徳永:長谷部区長が考えるストリートにある多様性は、どのような点に表れていますでしょうか?長谷部区長:ストリートカルチャーはいろんな価値観が混ざり合って生まれた文化だと思っています。渋谷のストリートカルチャーは地元の人だけで生まれたものではないんですよ。スクランブル交差点がいい例だと思います。日本中、世界中から多様な人種、多様な価値観を持った人たちが集まっていることが一目でわかりますよね。毎日あれだけの人がいて問題が起きていないわけですから、お互いを尊重し合っているのではないかと思います。徳永:そうですね。私も地方から来た人間なので、そういった意味でいうと多様なうちの一人になってますね。長谷部区長:そう!そしてストリートカルチャーはすべて民間から生まれてきたものですよね。私たち行政が作るものではないんです。
多様性をスローガンに掲げる難しさ
徳永:私の連載では「多様性とは何か」を主題に話し合ってきました。わかったことは多様性に決まった答えがあるわけではなく、それぞれが文字通り多種多様な考えを持っていて一筋縄ではいかないということです。多様な人々のなかには、多様性をいいとする社会に対して保守的な方もいて、そういった意見が違う人と理解し合うことはとても難しいと思いますが、渋谷区として多様性を掲げていくなかで難しい面はありますか。

長谷部区長:難しい面はそもそもあります。ある程度予想はしていました。突然「ダイバーシティ」や「インクルージョン」という言葉を使っても当然わかってもらえない。なので多様性を受け入れるには寛容性を持つことが重要だと考えています。例えば合唱はそれぞれが違う音色を持った人が集まり調和して奏でていきますが、社会は合唱のように簡単にいきませんよね。合唱は違う音色の集まりであることと同じで、物事は全て白黒で分けることはできないし、曖昧な色があり、グラデーションになっていることをまずは理解してもらう。そうすると多様性を尊重する社会になっていくことが自然と求められるのではないかと思います。徳永:「多様性のある社会」と「多様性を尊重する社会」、目的は同じでも少し意味が違うように感じます。長谷部区長:多様性があることに誇りを持つことだと思います。今年ニューヨークで開催されたプライドパレードに参加してきました。そこでいろんな人と会ってきましたが、みなさんニューヨーク市民であることに誇りを強く持っていましたね。シティプライドって日本でいうところの「郷土愛」で、その地区に長くいて郷土を愛し誇りを持つものですが、ニューヨークには「長く住み続けて」という要素が少ないのでそれに代わるものは「多様であることに対してのプライド」なんだなと強く感じました。プライドパレードは主に性的マイノリティの方が参列するものですが、当事者だけでなく沿道の人も含め街全体が盛り上がっていたことにも驚きました。さらに私をパレードへ招待してくれたリッチー・トーレス氏は、黒人で同性愛を公表した市議会議員です。マイノリティが活躍でき、セクシュアリティのカミングアウトもしやすい。それだけで多様性を尊重している社会とわかりますよね。今回の経験で多様性が街の原動力になり得ることを改めて実感しました。
多様性を受け入れる街で福祉の考え方
徳永:私がこれまでインタビューしてきた方はファッション・アート・バーレスク・ダンス・ラップ・クラブイベントとそれぞれの分野で素晴らしい活動をされていて紹介したいという思いからオファーしているのですが、一つ共通するのはみなさん福祉に関心を持っているということです。私も当事者であるため多様性と福祉をキーワードにしてきました。渋谷区の新しい基本構想にも福祉に関する項目があります。多様性と福祉について、渋谷区の現状と長谷部区長のご意見をお聞かせください。
■ 福祉は、創造力を秘めています。ひとつめの鍵になるのは、福祉という概念に対する人々のイメージを変えること。「こころのバリアフリー」にとどまらず、社会を進化させる福祉とは何か、未来を明るくする福祉とは何か、産業や文化をつくるヒントになる福祉とは何か。それらを渋谷区が率先して追求、実践していきます。■ つながりをつくる、という福祉。ふたつめの鍵として、「共助ネットワーク」を提唱します。人種・性別・年齢などの壁を越え、人と人が助け合いやすい地域環境や仕組みを、民間企業や NPO などとも手を組みながらととのえていきたい。こうしたつながりは、あらゆる個人や家族を支える基盤として機能させていきます。(渋谷基本構想から抜粋)長谷部区長:バリアフリーの面でいうと渋谷区はまだまだ足りない部分はあると思いますが、ある程度のレベルは整っていると思います。ただ、特に足りてないなと思うのは「混じり合うこと」です。なので政策では混じり合う場所や機会を作ることを考えています。渋谷区にgreenbird(グリーンバード)というNPO法人が街のゴミ拾いボランティアをしているのですが、ずっと知的発達に遅れのある方と一緒に活動する機会を設けています。ある日私も一緒にゴミ拾いをしていると、参加者のお母さんから「初めて息子が社会の役に立っている姿を見た」と目を潤ませながら感謝の言葉をいただいたことがありました。これまで当事者に手を差し伸べるサポートにばかり目を向けていましたけど、混じり合って一緒に社会に関わるという視点が欠けていたと痛感しました。お互いにメリットがある活動でこんなに感謝されるとは思ってもいませんでした。徳永:ストリートカルチャーの話と同じで混じり合うことが重要なポイントですね。お話を聞いていて、多様性と福祉にそれぞれ枠があるとしたら重なるところが多いと感じました。

2020年以降、長谷部区長が若者に期待すること・期待してほしいこと
徳永:NEUT Magazineは若者を中心とした読者に向けて、社会問題や人権などについて考えてもらうウェブマガジンです。今2020年までのプロジェクトに目がいきがちですが、それ以降の社会のあり方も考えなければなりません。最後に、長谷部区長が若者に期待すること、今後の渋谷区に期待してほしいことなどメッセージをいただけたらと思います。長谷部区長:繰り返しになりますが、渋谷の街にいる人すべてが主役です。「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」、その原動力は多様性があること。それを意識してアクティブに活動してほしいです。そして私たち行政としては、やりたいことを叶えられる街にしていきたい。都市開発の話でも出た、ニューヨークのハイラインは、あの道を残したいと思った若者たちが集まって作ったなんですよ。その意志や行動って素晴らしいなと思います。そういったロックな気持ちを若者に持ってもらいたいです。ただし調和をすることは忘れないでもらいたい。目指すのは多様性を尊重する社会ですから、ロックと調和、両方の気持ちを持って新しいことにチャレンジしてほしい。そしてその期待に私は応えたいと思います。

ストリート、ロック、調和、福祉、そして多様性
今回のインタビューで「多様性は原動力になる」というお話は新鮮でした。これまで私は多様性を認めるか、他人と理解し合えるかという視点でしかみていなかったからです。それで私がこの連載を初めたときの考えは、「日本で多様性を認めることは難しいのではないか」でした。しかし長谷部区長がおっしゃるように、渋谷のストリートには既に多様性が存在していて、これを力にしていく。灯台下暗しと言いますが、多様性という言葉にこだわっていて、身近に存在していることに気づけていなかったように思います。ストリート、ロック、調和、福祉、そして多様性。普段は同時に並ぶことの少ない言葉ですが、実は地続きになっていて全てが交わっているのだと感じました。そこに日本ならではの多様性のカタチが少し見えたように思います。2020年まであと一年ですが、この多様性に対する考え方を未来へつなげていき、それが当たり前となって「多様性」という言葉を使わなくとも自然と多様な価値観を受け入れる社会になる未来。この連載が、読んでくださっていた方が考えるきっかけになっていればと思います。
長谷部健(はせべ けん)
昭和47年(1972年)3⽉渋谷区神宮前生まれ神宮前小学校・原宿中学校卒業佼成学園高等学校卒業専修大学商学部卒業(株)博報堂退職後、NPO法人green birdを設立し、まちをきれいにする活動を展開原宿・表参道から始まり全国60ヵ所以上でゴミのポイ捨てに関するプロモーション活動を実施2003年から渋谷区議会議員(3期12年)2015年4月から渋谷区長(現在2期目)

徳永啓太(とくなが けいた)
脳性麻痺により電動アシスト車椅子を使用。主に日本のファッションブランドについて執筆。2017年にダイバーシティという言葉をきっかけに日本の多様性について実態はどのようになっているのか、多様な価値観とは何なのか自分の経験をふまえ執筆活動を開始。
