あなたは今、画面に表示されたこの文章を読んでいる。つるつるした強化ガラスを通して見る片岡亮介(かたおか りょうすけ)の絵に、どんなことを思うだろうか。




幾重にも重ねられた油絵具のレイヤー、その筆跡の凹凸は、きっと十分に伝わらないだろう。片岡は「それがいい」と語る。NEUT Magazineの1周年記念特集PRINTED WEB MAGAZINEで製作した本とWebページのエディトリアルや広告について考えた特集「AD, Not Found」、NEUT BOWLのメインビジュアルなどNEUT Magazineでかねてからビジュアルの制作を手がけてきたアーティスト片岡亮介。彼が中目黒にあるアートギャラリーVOILLD(ボイルド)で開催する個展「WELLNESS PAINTINGS」は、画像と実物の違いに着目することから出発した。その作品群は、リアルとバーチャルを行き来するためのワームホールのように、私たちに擬似的な旅行を体験させてくれる。

リバーシのルールに則って、プレイするように絵画を描いた理由
当然だけど、画像で見る絵画と美術館で見る絵画って別物なんですよね。画像だからこそグッとくることもあるし、実物を見て初めて伝わる魅力もある。リアルとバーチャルのどちらがいいという単純な話でもなくて、その間にある何かを一枚の絵画の中で表現したいと思ったんです。それが自分が今の時代に絵画を描く意味なのかなって。
そんなテーマを最も象徴的に表現しているのは、リバーシ*1の絵画だ。一枚の絵の横にはタブレットが設置されていて、制作過程が映像で流れている。よく見ると、それが実際にリバーシをプレイするようにキャンバスを塗り重ねている過程だということがわかる。一番言いたかったテーマを表現するためにプロセスを大事にしなければならなかった、と片岡は言う。

最後の盤面の配置を先に頭の中で完璧に決めて、そこにたどり着くまでリバーシのルールに厳密に則って、一つ一つ塗り重ねていきました。そのプロセスが何より大切で。自分の頭の中にあるビジョンを形にするために、塗ったり消したり、試行錯誤しながら完成させるのって、自分との対話のようなものですよね。頭の自分と体の自分の対話。その感覚を「自分VS自分のリバーシ対決」という手段で表現してみたんです。遊びの延長というか、真剣に遊んでみた。一枚の絵画の中に、物理、時間、思想が、複雑に絡まり合いながら共存している。絵画を見る者ーーーつまり私たちは、時にぼんやりと、「かわいい」と感じたり、そこに込められた意味を想像して、語り合って、新しい言葉を作品に与えたりもする。そんな哲学的な仕組みの入り口を、片岡は「リバーシ」というアプローチで表現した。ポップな作風の裏には、さらに重層的な意味が込められている。


美術館で絵画を目の間にして湧き出る「あの感情」を起こさせる作品を作りたかった
繰り返しになるが、画面に表示される、「画像」では、何度も重ねられた油絵具の厚みや、筆の一本一本の跡は伝わりにくいだろう。だが、目に見えないからこそ、私たちはそのプロセスを想像することができる。それは、現代社会にあふれる情報に向き合う上での重要なヒントでもあると片岡は続ける。僕は「How-to」を提示していて。絵画を見て自分の頭で考えるという行為は、何にでも置き換えられるんですよ。例えばニュースを見て、すぐにTwitterに何かを書いたりするより、少し落ち着いて事実を整理してみるとか、そもそも自分に関係ない話だから触れないとか、選択肢がいくつもあるわけですよね。



片岡はメディアへの洗練された視点を、ある部分では意識的に、ある部分では無意識的に作品に反映している。自身の作品がスマートフォンで撮影され、Instagramのタイムラインに流れていくことは、現代のアーティストが避けて通れない道。だからこそ、彼は、その現象をメタ*2な視点で捉え、織り込み、楽しむように絵を描いていった。こういった作品群をつくる強いモチベーションの源泉について尋ねると、片岡は「あの感情」について語った。美術館で絵画を目の前にして湧き出る「あの感情」が好きなんです。どうしても言葉にできなくて、だからこそ作品を作りたいと思う。
はじまりがゼロだったから、明日はもっとよくなるって毎日思えた

こういったプロセスによって制作された作品群には、『WELLNESS PAINTINGS』という名前がつけられている。これまで語られたテーマとは一見無関係の「健康絵画」とはどういった意味なのだろう。今回、初めて油絵具を使ったんですけど、最初は本当に何も分からなかったんです。油絵の具はオイルで溶くっていうことすら知らなかったくらい。


いわゆる体の健康だけではなく、精神的にも「よく生きる」という概念への片岡の回答が、このタイトルには込められていた。最後に、どんなふうに褒められるのが一番嬉しいか?と尋ねてみると、その答えは意外なものだった。
片岡亮介「WELLNESS PAINTINGS」
会期 2020年7月11日~8月2日会場 VOILLD住所 東京都目黒区青葉台3-18-10 カーサ青葉台B1F 開館時間 12:00~19:00休館日 月、火観覧料 無料アクセス 東急田園都市線池尻大橋駅東口徒歩8分東京メトロ日比谷線・東急東横線中目黒駅徒歩12分

片岡亮介
1993年岡山県生まれ。アーティスト。東京造形大学卒業。 ドローイングを軸としたペインティングやインスタレーションなどの手法を用いて作品を制作している。