2022年4月、パナソニックグループは新たなブランドスローガン「幸せの、チカラに。」を発表した。激しく変化する世界で、お客様だけでなく、社員や関係者も含めたあらゆる人々の幸せを生みだす「チカラ」であり続けたいという思いが込めたれたこの言葉は、これまでは世界に向けて物質的な豊かさを提供してきたパナソニックが、モノだけではなく、精神的な豊かさを改めて追求し、考えていきたいという気持ちが表れている。
そのスローガンのもと、主にミレニアル世代やZ世代に向けたコンテンツを発信するオウンドメディア「q&d」の立ち上げを行うなど、今後を担う若者へ向けブランドとして新たなコミュニケーション手段を模索するなかで、「音楽」をツールとして選び、楽曲プロジェクトを立ち上げたのが、同社のブランドコミュニケーション部門に所属する田中麻理恵(たなか まりえ)だ。学生時代は音楽一色の生活だったという彼女のこれまでを辿りながら、制作した楽曲「ロードスター」が誕生するまでの道のりを聞いた。
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音楽漬けだった学生時代から、新たな可能性を探しにメーカーに入社
幼少期から学生時代にかけてはピアノを弾くことが生活の一部。高校と大学は音楽系へ進学し、主にクラシックを学んだ田中。作詞や作曲も好きで、音楽は表現をするためのツールの一つだと意識していた。そのくらいとにかく音楽漬けだった学生時代。大学卒業を目前に、将来をどう歩んでいくかを考えたとき、音楽の道へ進むことも頭にはあったが、広告代理店やメーカーなどあえて幅広い業界で自身のこれからを探すことにした。「これまではピアノしかやってきてないこともあり、自分の知っている世界が狭いような気がしていました。視野を広げることで自身の新たな一面に気付くこともありますし、私があえて音楽業界ではないところに進んでいくことで、その場所で音楽のこれからの可能性を広げられるかもしれないとも思ったんです」

ひたすら音楽に打ち込んできた人が将来の道を探すとき、奏者として活躍できるのはほんの一握り。音大を出たとしても就職先は限られているのが現実だ。就職活動を通して、田中は自身の持つ能力が全く違う場所でも活かせるかもしれないと思った。そして、入社を決めたのが、地元の企業でもあるパナソニック。当初は経理での入社だった。

「これまでさまざまな生活シーンを支えるために事業を展開してきましたが、日々、社会が変化するスピードが早くなり、そして多様化していくなかで、物理的にただ便利なだけではなく、それぞれに寄り添った暮らしを考えていくことが必要なのではないかと思いました。特にこれからを担っていく世代に向け、『一緒にこれからの暮らしを考えていきませんか?』と、媒体を通して対話を重ねることで、ブランドがスローガンとして掲げる『幸せの、チカラに。』の本質的な部分に繋がっていくと思うんです」 編集部のコアメンバーは社員4~5人ほどで構成され、編集会議は週に2回。特集ごとに社内へ声をかけ、企画やライターを募集。若手を中心に、部署の垣根を超えて多くの社員が参加し、2週間に一度記事が公開されている。
自身の強みでもある音楽を通じて築くコミュニケーション
「q&d」が創刊して1年が経った頃、メディアだけではなく別の切り口でもっと伝えていけることがないかと、田中は自身の強みでもある音楽を通したブランドコミュニケーションに挑戦してみることにした。「メディアとして記事を出し続けていくのも大事なことですが、ボリュームのあるものが多いですし、リーチできる部分が限定されるなと感じていました。ブランドを伝えていくにあたり、キャッチーな軽さだったり、さまざまなレイヤーで見せていくことも大事なのではないかと思ったんです。そこで伝える手段として、音楽を選びました。若い世代が余暇に楽しんでいるアクティビティの一つであるとも思いましたし、自身が培ってきた音楽の経験も活かせると感じたんです」

会社に企画を提案し、見事採用。
「学生との対話を通して、いつの時代も同じようなことで壁にぶつかっているんだなって、すごく共感しました。最初は私自身も世代で括って彼らを見てしまっていたけど、社会や世間が違うものとしてラベリングしているからなんだなと実感しました。歌詞は、そんな彼らの悩みを自分のなかで咀嚼し、学生からもらったコメントを元にして全編を書きました。『何も変わらない』や、『夢がなくてしんどい』など、あえてネガティブな言葉を残して、温度感を出すことを大切にしました。
対話を重ねていくことで構築されていく、人対人の関係性
楽曲は、企業CMでも用いられている楽曲「聖者の行進」をアレンジしたオリジナル。プロデューサーとして国内外で活躍するChocoholicとタッグを組み、「ロードスター」が完成した。実際に曲を歌っているのは、社内での公募オーディションで見事採用された社員たちだ。



「企画を立てるところから、作詞、そしてオーディション、ミキシング…。最初から最後まで、全ての工程を担当しました。学生時代は自身で作曲や作詞もしていましたし、これまで培ってきた経験を活かすことができましたね。もしかしたら他の企業がこういった取り組みをする際は、どこかに外注することが多いかと思うんですが、実際に会社で働く私が、自身のエッセンスや知見も入れながら、会社のメンバーとともに一から制作に携わることに意味があったと思っています」 無事、リリース日を迎えた「ロードスター」。同社のブランドアンバサダー・大坂なおみがハミングをするシーンから始まり、実際にレコーディングに参加した社員や、インタビューに協力してくれた学生たちの姿が写し出され、制作背景が見えるミュージックビデオに仕上がった。再生回数は4万回を越え、企業が提供するコンテンツとしては好調な数字を叩き出している。「でき上がったときは、達成感がある反面、『若い世代に響くかな?』と、不安な気持ちでした。社内からはすごく反響があって、『歌詞を見て思わず泣きました』という社員や、『子どもからも好評です』という声が聞こえてきて安心しました。
ロードスター
自分にとっての幸せってなんだろう?学校生活や友人との時間、家族との過ごし方など、かつてない状況を経験している今。変化する世界の中で、若い世代はどんな幸せを描いているのだろう。「幸せの、チカラに。」をスローガンとして掲げるパナソニックグループは、日本各地の中高生・大学生たちと対話し、彼らの思いや言葉を紡いで歌詞に。