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ダイビングを始めて今年で4年目。しかしすでに200本をも潜るほど夢中になっているという女優の木村文乃さん。


なにが彼女を海へと誘うのか。詳しく伺った。


仕事に邁進する生活から、公私のバランスがいい生活へ

今年に入り、ほぼ毎日インスタグラムに投稿がある。そこにあるのは各地の海で潜るダイバーの姿。画像はほぼプライベートで残されたもので、「これらは役ではない素の私です」というように、海時間を楽しむ木村文乃さんが写し出されている。

知人に誘われダイビングを始めたのは2018年。プライベートを充実させていきたいと考えていたタイミングだった。以来、経験回数は足かけ4年で200本に及ぶ。

北の海のほうが好きだと言い、北海道のウトロでは流氷の海に潜った。

「不作の年だったようで、地元の人も“これは立派な流氷とは言えない”という少し寂しい感じでした。でも私にとっては初めての流氷。クリオネもたくさん見られてテンションは上がりっぱなし。

水温はマイナス3℃ほどで、女性は15分ほどで手先が痺れてくるようなんですが、私はアドレナリンのおかげか寒くなくて(笑)。
30分以上潜っていました」。

投稿を見ると、ほかにも東北、奥能登、瀬戸内、南西諸島など多くの日本の海を潜っていることがわかる。そしてダイブ後のショットを含めた画像の中には“素顔の木村文乃”がだいぶリラックスして写されている。

一方、今秋には2本の主演映画が公開予定と、充実した生活を送っているように思える。だが実のところ、公私のバランスが取れ出したのはここ数年。それこそダイビングを始めてから、なのだという。

木村さんのキャリアを紐解けば、女優デビューは16歳。’06年公開の映画『アダン』のヒロインオーディションでグランプリを受賞したことがきっかけとなる。以

降、同年公開の映画『風のダドゥ』で主演を務め、 NHKの連続テレビ小説に出演するなど、順調にキャリアを歩んでいくように思えた。しかし訪れたのは不遇な時代。長くアルバイト生活を送っていたことは多くの場で語られるエピソードだ。

転機は23歳。
現在の事務所へ移籍して女優として流れに乗れるように。苦労の日々の反動からか、20代は撮影現場と自宅を往復して過ごした。

「とにかく今目の前にある仕事と向き合い、今日より良い明日の自分になれるように一日一日を過ごしていました」と仕事に邁進した。

多くの作品に出演し、主演機会にも恵まれた。受賞歴もある。だが、それほどまで真摯に仕事と向き合った結果、いつの頃か心身のバランスを崩すようになっていく。

芝居に楽しさを見いだせない。私が本当にしたい仕事とは何だろう。悩みは長く付き纏い、仕事が嫌になり、心が荒んでいった。

主因は、そもそも得意ではなかった対人コミュニケーションがさらに苦痛になったこと。そしてほかに理由があるとすれば、女優という職業の宿命がそうなのかもしれない。

仕事は演じることだ。
演じてしまえば、ほかにできることはないに等しい。良し悪しは観るものに委ねられ、称賛を浴びることがあれば逆もあり、反応自体が乏しいことさえある。気心の知れたスタッフはいるが、不安から解放されることはない。

「それに女性の場合、10代や20代にはヒロイン役が用意され、いつからか生徒ではなく先生になり、母になっている。そういったある程度の流れがあるんです。

枠の数もなんとなく決まっている。というなかで、40代や50代ではどのような仕事がくるのだろう。そう考えると、ちょっと怖くなってしまうんです」。

仕事一辺倒の暮らしに生きづらさを感じ、生活と仕事が同義という生き方を改めたいと思った。女優から離れたときに、ひとりの人間としていられる方法を模索し、出会ったのがダイビングだった。
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海に潜ると、個人の“私”になれる

女優・木村文乃が語るダイビングの魅力「海に潜ると、“素の私”になれる」

女優 木村文乃●1987年、東京都生まれ。16歳で女優デビュー。以降、映画、テレビドラマなど数多くの作品に出演。

現在、テレビ大阪制作のドラマ「ちょこっと京都に住んでみた。」に出演中。今秋は『LOVE LIFE』に続き、10月7日(金)に公開される『七人の秘書 THE MOVIE』でも主役を演じる。目下、潜りたいのはバイカル湖。


これまでサーフィンに夢中の役者たちに聞いた共通の魅力には“素に戻れる”というものがあった。

役者とは、その役を生きること。自己を極限まで抑えた時間を過ごしていると素の自分を見失うことがあるのだという。そのようなときに海へ行くと、海は圧倒的な自然の力で、ただの個である自分に戻してくれる。

さらに無心で波を追ううちに頭の中は空っぽに。海から上がったときには憑き物が落とされているらしい。

「わかります。ダイビングは特に機材が多いので、ひとつでも何かを忘れたりすると楽しくないんです。全力で楽しむためには、潜る前に一つひとつをすべて自分で確認する必要があって、でも確認することが多いから、余計なことは考えていられない。


海に入るまでは緊張していることがほとんど。でもザブーンと飛び込んだあとは潜るだけなので、雑念がなくなるというか。海から上がると“気持ち良かった”という感情しか残っていないんです」。

海の中でのひとときを共有したことで、一緒に潜った人たちとの関係性も変わる。

「潜るまでは“女優さんだ”という接し方なんですけど、なぜか海から上がると、みんなただの人になっているんです。写真撮ろうとか言ってくる人もいないですし。その感じがすごく好きで。

普通の人として接してくれたら、私もダイビング仲間としてお話ができるじゃないですか。そうやって人の輪が広がることが、今はすごく楽しいですね」。

さらに、ダイビングを始めてからは自分と向き合う時間をつくれ、「今まで自分で自分の時間をなくしていたんだな」といった気付きも得ることができたという。


海に潜る楽しさを多く人に知ってほしい

ひとりの人間として生きてもいいと教えてくれたダイビングだが、経験の少なさを理由に、確固たる魅力はまだ見つけられていないという。

ただ、雲上の光景を地上からは見ることができないように、潜った人だけが見られる海の中の光景に、今はとても魅了されている。


「よく潜りに行く宮城県の海にはアザラシがいるんです。もし訪れたタイミングで遭遇できたら、そんなサプライズをプレゼントされたら、もう海が好きになっちゃうじゃないですか。

その出会いは、行ったら必ず会える動物園とは違い、何の保証もない自然の中で起きた奇跡のようなもの。その喜びを知ってしまったら、やめられないです」。

ダイビング愛を語る口調はやや速くなる。その愛情の深さから、今年は事故時の救助方法などが身に付けられるレスキューダイバーのコースを修了し、ライセンスも取得した。

「10代のときに水泳をやっていたことから水には慣れていて、海への怖さもありませんでした。だからみんなそういうものだと思っていたんです。

でも友達を誘ってみると、海に怖い印象を持つ人がいたり、誰もが楽しくダイビングできるわけではないんだと知りました。

もし不安がなくなれば楽しく潜れるのなら、私がそのリード役を担いたい。そう思って、いずれはインストラクターの資格を取りたいとも考えています。まずは自分がきちんと知識をつける必要がありますから」。

そうして彼女の中で海の比重が増えていく。はたして木村さんは、どこへ行ってしまうのか。

「本当ですよね。といってもライセンスを取得してまだ4年目。今は流れにまかせてみようと思っています。ただ、これしかないという生き方は、もうやめようと決めました」。

身体の中に潮風が吹くようになって、「人と向き合えるようになりました」と仕事にも変化が表れた。転機を経験して迎えた主演映画1作目となる『LOVE LIFE』の撮影にも楽しく臨めたいう。

女優・木村文乃が語るダイビングの魅力「海に潜ると、“素の私”になれる」

『LOVE LIFE』監督・脚本:深田晃司/出演:木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、神野三鈴、田口トモロヲ/配給:エレファントハウス/9月9日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー Ⓒ2022 映画「LOVE LIFE」製作委員会 &COMME DES CINEMAS


「構想に18年をかけたことで、すべての役に監督は明確な答えを持っていて、私の仕事はその世界観を体現することでした。

でも私は監督ではないので完璧に演じられるわけもなくて。その際、“このシーンはどうしますか?”というコミュニケーションを演じながら成立させていました。

それは私と監督の間に細いピアノ線がピンッと張られているような状態。その時間が、私にはとても気持ち良く感じられたんです」。

公開は9月9日(金)。さてその頃、木村さんはどこの海で潜っているのだろうか。

たとえそれがどこの海でも、髪を濡らし、程良く日焼けをして笑っている“役ではない私”が、そこにはいるはずである。

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女優・木村文乃が語るダイビングの魅力「海に潜ると、“素の私”になれる」

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