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3月12日開催の「第2回アトツギ甲子園」で最優秀賞を受賞した福井県のホリタ。田舎の文具店は、いかにして週末に家族客が続々と集まるビジネスモデルを構築したのか。

中小企業の事業承継が重大な社会課題となるなかで、先代から受け継いだ経営資源を生かして新規事業に挑む後継者が全国的に増えている。

3月12日に東京都・港区で開催された「第2回アトツギ甲子園」(主催:中小企業庁)は、そんな「アトツギベンチャー」が大きなムーブメントとして立ち上がり、次代の日本をけん引していくという未来を予感させるものだった。

新規事業アイデアを競う同大会で最優秀賞を受賞したホリタのストーリーからは、「地方」「中小」「アトツギ」の融合によるイノベーションの可能性を再認識させられる。

年間70万人が来店する「田舎の身近なディズニーランド」は文具店

「アトツギ甲子園」は、新規性、実現可能性、社会性、承継予定の会社の経営資源を活用できているか、熱量・ストーリーの5点が審査基準。ファイナリスト15人がピッチに臨み、ホリタが最優秀賞を受賞した。


「地域密着型の文具店」と聞いて、そこにリテールビジネスの未来を見る人は少数派だろう。しかし、福井市を中心に6店舗を展開しているホリタは近年、来客数、売上高とも右肩上がりで、全店舗で黒字を実現している。

従来の経営資産を生かした新たな価値創出をけん引したのが、創業家3代目の堀田敏史だ。直近の年間来客数は約70万人で、「福井県の人口は約76万人ですから、それに匹敵する数字なんですよ」と手応えを語る。

年間70万人が来店する「田舎の身近なディズニーランド」は文具店



年間70万人が来店する「田舎の身近なディズニーランド」は文具店

越前市の新店舗は子育て中の母親をメインターゲットに設定。

文房具はもちろん、厳選したキッチン用品や生活雑貨を扱う。


ビジネスを支えているのは店舗での商品販売であることに変わりはないが、堀田は自社を「文具店だとは思っていない。エンターテインメントカンパニーになるという旗を掲げ、その旗を振り続けてようやくかたちになり始めた段階」と表現する。

文具のメインユーザーである子どもだけでなく、一緒に来店した親をはじめとする家族が滞在時間を楽しめる場をつくり、集客力を高めたことが成長の秘訣だ。

具体的に、ホリタの店舗は何がスゴイのか。週末を中心に店舗内で開催している知育/アートのワークショップが、まずは子どもたちの関心を引きつける。金沢学院大学芸術学部と連携して独自カリキュラムを用意するという力の入れようだ。

大人向けには、家事に関する気づきを得られるようなキッチン用品・雑貨、最新のビジネス用品や高級筆記具などを幅広く揃え、デモンストレーションで商品のよさを体感してもらうコーナーも用意。子どもが知育玩具の使い方を学んだり、工作に取り組んだりしている間に、大人がリラックスして過ごすカフェを併設している店舗もある。
--{}--店舗を訪れた家族客が、それぞれの興味関心や欲求に従って過ごし、ゆるやかに場所と時間を共有できる場をつくる。こうした顧客体験を独自の価値として前面に押し出すコンセプトを、同社は「MicroFamily Entertainment(MFE)」と名付けた。

キーワードは「地方」「身近」そして「家族みんながワクワクできること」だ。
堀田は日本に根付いたグローバル企業を引き合いに出しながら、ホリタが埋めようとしているニーズを説明する。

「スターバックスは多くの人の身近にあって大人にとっては憩いの場ですが、子どもはワクワクしませんよね。公園の遊具は身近にあって子どもがワクワクするけど、大人にとってはそうでもない。ディズニーランドは大人も子供もワクワクしますが、残念ながら首都圏に住んでいる人でなければ身近にはないんです。これらをすべて満たすのが、MFEの価値です」

年間70万人が来店する「田舎の身近なディズニーランド」は文具店

新店舗は福井県のなかでも屈指の人気を誇る武生中央公園に隣接。子育て世代の家族客を誘導しやすい好立地にある。


文具は誰にとっても身近な商材であり、ポジティブな投資の対象として社会的な合意形成があることもMFEの価値創出に寄与した。「特にお母さんたちにとって“ギルティフリー”な場をつくることができた」と堀田は感じている。

「子どもを連れて出かける機会がいちばん多い大人はお母さんというケースがまだまだ一般的。例えばお母さんがゲームセンターで子どもをひとりで遊ばせておいたとしたら、周囲に白眼視されるのではと心配になってしまうのが現実でしょう。

でも、文具店には文化的・教育的な価値がある商材を扱っているという共通認識がみんなにあるのでそういう心配はしなくていい。そのうえで、大人の視点で生活が豊かになったり便利になったりするモノに触れることができるんです」。


結果的にホリタは、家族客を構成する複数の属性のニーズに応じた顧客体験を提供できるように店舗の役割を再定義したことで、集客アップに成功。「週末はホリタに行こうか」が地元の子育て世代の合言葉になりつつあるという手応えが堀田にはある。

年間70万人が来店する「田舎の身近なディズニーランド」は文具店

無数の穴に鉛筆の端材を埋め込みクリエイティブな模様をつくって遊べる壁。店舗には子どもや親が楽しめる仕掛けがいくつも施されている。


また、1店舗あたりの商圏を8万人程度という小規模に設定し、各店舗を商圏が若干重なるほど近い距離に配置する出店戦略も大きなポイントだ。

「店舗同士の距離は6km程度にして、かつ生活道路沿いに出店するようにしています。ホリタをすでに知っている人が新店舗を覗いてみてくれることが多くなりますし、お客さんがその日の予定に合わせて店舗を使い分けてくれる。出店1年目は隣の既存店の売り上げが下がっても、2年目以降は既存店も新店舗も売り上げが上がる傾向が出ています」。
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旗を振り続けることで人はついてくる

家業を継いでほしいと言われて育ったわけではなかったが、大学を卒業するころには「最終的に経営者になる」というキャリアプランを描いていた堀田。「(ホリタの前社長である)母親にはところどころでうまく刷り込みをされたかもしれません」と笑う。

新卒では大和証券に入社して営業に従事した。2年目まではなかなか成果が出なかったが、「結果を出すまでは辞めない」と強い意志で努力を重ね、3年目に社長賞を獲得。
同時期に結婚をしてプライベートの環境が大きく変わった。家業に入るにはいいタイミングだと判断した。2008年、26歳だった。

福井に帰ると決めたころから、堀田は文具店としての既存のビジネスモデルは早晩限界が来るとみており、「田舎の身近なディズニーランドをつくる」というビジョンを公言していた。しかしMFEの拠点となった現在のホリタ文具店に連なる道がすんなり開けたわけではない。

「入社した08年から現在までの14年間で県内の文具店は3分の1になりました。当社も何度か倒産の危機に直面した。それで31歳のときに、自分に引き継いでほしいと前社長に直訴したんです」と振り返る。

社長に就任後も苦労は続いた。当面の経営を安定させるためには、堀田のビジョンを実現するための投資を一足飛びで最優先にするわけにはいかなかったし、真意を理解してくれる社員も限られていた。

「結果的に離れてしまった社員も少なくなかった。でも、ビジョンを発信し続けた結果、心底共感して一緒に新しいホリタをつくろうという意志をもった社員が何人か定着してくれたんです。
そうして数年前に、ようやく現在のホリタの基盤ができました」

年間70万人が来店する「田舎の身近なディズニーランド」は文具店

新店舗の研修風景。若手人材の活躍が目立つ。


いまや新卒採用でもパート採用でも、ホリタは地元の人気企業だ。将来的に全国の地方都市に100店舗出店する構想を打ち出しているが、その成否を握るのも人材の質と量。育成手法の確立や体系化は大きな課題だが、不可能ではないとみている。

22年4月にオープンした6店舗目は、子育て中の母親をメインターゲットにした新しいコンセプトの店舗だ。「お母さんの居場所をつくる」取り組みを一歩前に進め、ライフスタイルの提案にも踏み込む。

内装には越前市と福井市の計11の児童館の子どもたちも協力している。堀田がこの新店舗で手応えを感じているのは、「ファンになってくれる人が地域に増えたことで、ホリタを核にしてにぎわいが生まれるような、一種のコミュニティが形成されつつある」ことだ。

店舗ならではの顧客体験を追求した地域密着型の文具店だからこそ、リテールビジネスの新しいスタンダードを提示したり、地域の未来を描くための新しいコミュニティのハブになったりする可能性を秘めている。堀田の志は相当に高いが、旗を掲げ、振り続けてこそ道が開けることはすでに経験済みだ。

ホリタ◎1950年創業。
「エンターテインメント文具店」を掲げ、福井県内に6店舗を運営。文房具をはじめ、キッチン用品・生活雑貨、ビジネス用品などを販売するほか知育やアートの子ども向けワークショップも開催。従業員数は約60人。

堀田敏史◎ホリタ代表取締役。1982年、福井県生まれ。早稲田大学商学部卒業後、大和証券に入社し、営業に従事。2013年、母親が経営する家業のホリタに入社。14年8月より現職。文具店からエンターテインメントカンパニーへの転換を推進している。
年間70万人が来店する「田舎の身近なディズニーランド」は文具店

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