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元・ハンカチ王子こと斎藤佑樹さんは、プロ野球選手としてボールを置いたあと、カメラを手に取った。そして、各地で写真展を開催している。


そんな彼の作品は、プロの目にどう映っているのか。ご覧いただいたのは、数々の広告撮影に携わり、映像も手がける国内屈指の写真家、瀧本幹也さんだ。「瀧本さん、斎藤さんの写真、どうですか?」

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」

[左]斎藤佑樹●1988年生まれ。群馬県出身。早稲田実業学校高等部3年時に夏の甲子園で優勝し、早稲田大学進学後も4年間を通じて活躍する。2011年にはドラフト1位で北海道日本ハムファイターズに入団。2021年に現役引退し、同年12月に株式会社斎藤佑樹を設立。

[右]瀧本幹也●1974年生まれ。愛知県出身。写真家、藤井保氏に師事し、1998年に独立。これまで数多くの広告写真を手掛け、国内外の受賞歴も多数。

是枝裕和監督のカンヌ国際映画祭審査委員賞受賞作『そして父になる』では撮影を担当している。その他代表作に『海街diary』(2015年)『三度目の殺人』(2017年)などがある。


ついでにCheck!
▶︎ ハンカチ王子・斎藤佑樹のセカンドキャリア。今の夢は「野球場を作ること」
▶︎ 「引退試合翌日に撮りに行った」斎藤佑樹さん。ボールを置いて手にしたカメラの魅力
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「瀧本さんの写真は、圧倒されて言葉も出ませんでした」(斎藤)

編集部 まずは、お二人の出会いから聞かせてください。

斎藤佑樹(以下、斎藤) 会社を設立する際スタッフと、ホームページを作るにあたって僕の写真をどこかに入れたいと話をしていました。そこで、お声がけさせていただいたのが瀧本さんでした。

瀧本幹也(以下、瀧本) 斎藤さんに関してはもちろんよく存じ上げていました。一番の印象はやっぱりハンカチ王子(笑)。すごく苦労された選手という印象がありますね。ただアスリートは、引退後のセカンドキャリアの時間の方が長い。だから何か僕に出来ることがあったら応援したいなと思い、撮らせていただきました。

編集部 それぞれ、お会いしたときの印象はいかがでしたか?

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



斎藤 失礼を言うようで大変恐縮なんですけど、瀧本さんほどのカメラマンさんはどちらかというと無愛想な方が多いイメージがあって(笑)。
瀧本さんもそうなのかなと思っていたんです。

でもすごく柔らかくて、優しくて、落ち着いた声をしてらして。人の印象は最初の5分で決まるといいますけど、最初の数分で素敵な方だなと感じました。

瀧本 僕も同じで、野球選手ってすごく怖い人が多いというか、ギラギラしてごついイメージがありました(笑)。でもそういう感じはまったくなくて、僕の周りにもいそうな親近感のある物腰の柔らかい方。

最初の打ち合わせは、確かオンラインだったと思いますが、とても親近感が沸きました。撮影はうちの事務所でしたよね?

斎藤 そうですね。内容をひと通りお伝えし、瀧本さんが抱く写真のイメージを教えていただきました。

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



瀧本 新しくスタートを切るタイミングでしたから、単なるポートレートではなく、次の人生を始めるぞという前向きで爽やかな気持ちが伝わる写真を撮りたい、できれば自然光で撮りたいというお話はしました。それと、ハンカチも撮りたいと。甲子園のときはハンドタオルだったそうですね?
 
斎藤 そうですね(笑)。

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」

瀧本さんが撮影した、斎藤さんのポートレート写真。


瀧本 でも、今はステージも変わられたので大人のハンカチーフにしようと提案し、それをポートレートと同じ光で撮影しました。

編集部 ご覧になったときはいかがでしたか?

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



斎藤 圧倒されましたね。僕もこれまで写真をたくさん撮られてきましたけど、全然違いました。世界がガラッと変わったというか、もう言葉が出なかったんですね。

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」

瀧本さんが撮影したハンカチの写真。


編集部 斎藤さんは現役を引退して、撮られる側から撮る側に回られました。そのような活動をされていると知ったとき、瀧本さんはどのように受け止められましたか?

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



瀧本 すごくストレートな人だと思うので、自分の気持ちに素直に動かれているんだろうなと感じました。写真一枚に、これまで歩んで見てきたその人だけの景色や社会と触れる接点のような、言葉では言い表しづらい曖昧なものを写し込むことができます。

写真は、違う目を持つみたいなところがあって、普通に散歩しているだけでもカメラを持つのと持たないで散歩するのとでは見える景色が違うんですよ。斎藤さんもそういったところに惹かれたのかなと。ほかの野球選手で、引退してからカメラマンになった人なんて僕は知りません(笑)。

斎藤 元メジャーリーガーで、殿堂入りした名投手のランディ・ジョンソンは今、カメラマンとして動いているそうですよ。


瀧本 そうなんですか!?

斎藤 でも確かに多くはないですね(笑)。
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「このリアリティは斎藤さんだからこそ出せる世界」(瀧本)

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



編集部 それでは、ひとつひとつの写真について伺いましょう。

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



斎藤 では、このボールを手にした一枚から。

瀧本 これは自分の手ですか?

斎藤 そうです。たしかレンズが24mmだったと思います。意外に思われるかもしれませんけど、これまでボールを改めてまじまじと見ることは少なかったんです。それを、カメラを持ってちゃんと見ることによって、あ、ボールってこういう雰囲気、感触だったなと思い出しました。

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



瀧本 あまりにもたくさんの想いがこもっていますよね。僕らが撮ろうとするとどうしても嘘になってしまう。リアリティというところでは僕らでは撮れないものですから。自分で持って、自分で撮るという行為にすごく意味があると思うんですよね。

編集部 経験や実績が現れた一枚ですね。こちらはいかがでしょうか。


写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



斎藤 この4枚はセットになっていて、僕が引退試合をした翌日、ないしは数日後に撮りに行ったもの。特にこの湖の一枚は気に入っています。北海道の有名な撮影スポットではあるんですけど、皆さん晴れの日に撮影していることが多い。

ただ、僕が足を運んだときはあいにくの曇り空で霧がかり、線路の先も見えなくなっていたんです。その感じが、この先どうなっていくんだろうという当時の心境とシンクロすると感じたのでシャッターを切りました。

瀧本 たしかに、この写真は晴れていたらそんなに面白くないかもしれない。人生もそうですよね。不安があるから頑張れるし、何とかしようと思える。写真の表現で、何かに見立てるみたいなことはよくありますけど、斎藤さんの場合は、まさに心境が写真に合わさって、とてもいい写真だと思います。

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



斎藤 これは道ではないんですけど、春先の北海道の畑ですね。北海道の畑は冬の間、雪が積もっているじゃないですか。それが全部解け、やっと畑を耕すぞというタイミング。
それも僕の人生のようですごくシンパシーを感じたんです。

瀧本 リセットということ?

斎藤 そうですね。ここから種を植えていくんだというイメージです。僕は、写真にそれぞれタイトルや説明文を付けています。写真だけではなかなか伝えきれない部分もあるのかなと思いまして……。瀧本さんだったらどうしますか?

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



瀧本 そうですねぇ……すべてを説明したらつまらなくなっちゃいますから……例えば、引退試合の翌日の日付だけにするとか……。そうすると、この写真を見た人はもっと深読みしたくなると思います。

要は、答えを出しすぎないということですね。見た人の想像の部分まで説明しないようにします。五感に訴えかけるような表現ができたらいいなと思っています。

斎藤 なるほど……確かにそうですね。とてもよくわかります。続いてこちらの写真をご覧いただけますでしょうか。

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



斎藤 これはシンプルで、泥だらけになってやっている姿が格好いいと思いました。打っている彼にピントは合ってるんですけど、ネクストバッターズサークルで準備をしている彼がすごくいいなと。

野球は準備のスポーツですから、この一瞬のためにどれだけ準備するかが大事。まだ幼いながらも一瞬のために準備している感じが、自分の幼少期を思い出させます。

瀧本 少年たちが円陣を組んで、斎藤さんが下から集合写真を撮っているこの写真なんか、少年たちからしたらもう興奮モノですね(笑)。

斎藤 実は、彼らは僕のことをあんまり知らないんですよ。親がハンカチ王子だよと教えて「そうなんだ」ぐらい(笑)。ただ、写真を親御さんにプレゼントすると、子供たちも喜んで、その日の夜から素振りの量を増やしていたらしいんです。それがすごく嬉しかったですね。

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



瀧本 最初に見た作品とは対照的な感じがしますよね。斎藤さんは優しい眼差しをお持ちで、そこに少年時代の自分を投影している。

それも斎藤さんならではということになりますよね。そういった経験をしてきた人だからこそ撮れるものだと思います。
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お互いの「写真を撮りたい!」と感じる瞬間について

編集部 こちらもまた綺麗な写真ですね。

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



斎藤 これはとあるCMに使われた樹なんです。俯瞰で撮影している描写が有名ですが、下から見たら逆光の中に浮かび上がる枝の生命力に圧倒されました。もう一枚は平原の中にポツンとある一本の樹。引退した当時の気持ちに感じるものがあって撮りました。

瀧本 樹の幹から枝に向かって拡がっていく様子は、まるで血管のようであり生命力を感じます。1本の樹の方は、僕もかつて仕事で撮ってますね(笑)。アングルもこれに近い感じです。

斎藤 本当ですか! なんだか嬉しいです(笑)。

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



編集部 斎藤さんの中で撮りたいと思うスイッチのようなものはあるんですか?

斎藤 なんでしょうね。自分の人生にフラッシュバックさせるというか、こうありたい、こんな人生を生きていきたいと感じさせるものと出会った瞬間でしょうか。瀧本さんはどうですか? これを撮りにいこうという感じですか?

瀧本 最近、個人的な作品では撮るものを決めず、小さなカメラを携え“出会いに行く”ことを意識的にやっていますね。

というのも、コロナによって人類の力や意志だけでは難しいことがたくさんあることが分かってしまった。だったら、むやみにコントロールして撮影するよりも流れに身を委ねる方がいいんじゃないかと思うようになりました。

ふらっと訪れたお寺で思いがけない光に出会ったり、儚い花が咲いていたり、その一期一会な感じが楽しいですよね。

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



斎藤 そんな瞬間があるんですね。

瀧本 どうしても撮りたくなってしまう衝動に駆られることってあるじゃないですか。自分がどうしても気になってしまってその場所から離れられないというような。

それは何だろうと掘り起こして行くと、幼少期の頃なのか、これからの自分のことなのか、何かしら接点があって、それを考えて撮っていくと、五感すべての感性を含ませることができる。

歓声が聞こえてきたり、匂いがしたり。斎藤さんには、見る者の五感を触発するような、刺激するような写真を期待したいですね。

写真家・瀧本幹也が見た、斎藤佑樹の写真の魅力「このリアリティは彼だからこそ」



斎藤 ありがとうございます(笑)。今回の対談を通じて、瀧本さんのことがまた少し分かったような気がします。

自分の思いを持ってひとつひとつに意味をもたせながら被写体と向き合う。そうやって一流になっていくんだなとすごく勉強になりました。


ここで瀧本幹也さんが見た写真を展示した斎藤佑樹 写真展「引退後の景色」は現在、大阪で開催中。10月13日(木)までとなっている。
[写真展詳細]
斎藤佑樹 写真展「引退後の景色」
期間:9月24(土)~10月13日(木)
場所:ソニーストア 大阪

住所:大阪府大阪市北区梅田2-2-22 ハービスエント4F
時間:11:00~20:00

料金:無料
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少年時代から昨年まで、野球界を駆け抜けた男が踏み出したセカンドキャリアは今後、どのような歩みを辿るのか。そしてどのように野球界にフィードバックされていくのか。

そうしてもたらされる感動はきっと、再び我々を勇気づけてくれるはずだ。斎藤佑樹の今後を、追いかけてみたいと思う。

※撮影時のみマスクを外しております。斎藤佑樹のセカンドキャリアは今●昨年、プロ野球人生に終止符を打ち、実業家としてのセカンドキャリアを歩み始めた斎藤佑樹さん。彼が想い描く未来予想図、そしてボールの代わりに手にしたカメラの魅力。
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