札幌大倉山ジャンプ台は、札幌冬季五輪でも使われた日本を代表するスキージャンプ競技場だ。このジャンプ台を一気に自分の足で駆け上がるという奇想天外なレースが「RED BULL 400 SAPPORO OKURAYAMA(レッドブル400札幌大倉山)」である。
“世界で最も過酷な400m走”のキャッチコピーも付けられた、このレースの模様をレポートする。
世界で最も過酷な400m走「RED BULL 400」とは?

RED BULL 400は、スキージャンプ競技場の着地エリアからスロープの頂上までを駆け上がるタイムレースで、距離はその名の通り400m。札幌大倉山会場の場合、スタートからしばらくはなだらかな下り坂だが、100mを越えたあたりから上り坂に突入する。

スロープの斜度が30度を超えると立ったまま登ることが困難になりはじめ、その後に待ち構える最高斜度37度に達するK点の壁では心拍数がほぼMAXになる。
ジャンプの踏み切り台から始まる滑走エリアの斜度もキツく、ここからはほとんどの参加者が四つん這いでゴールを目指す。もちろん、サッカーや野球などの凹凸のあるスパイクシューズは着用禁止。序盤は人工芝の路面なのでトレイルランニング用シューズがオススメだ。また四つん這いで進む時間も長いので、軍手などの手袋があると手の保護もできて便利である。

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なぜこの過酷なレースが多くの人を惹きつけるのか?
この疑問に答えるには、まずは昨年の話をしなければならない。
RED BULL 400が日本で開催されるのは、今年で3回目。筆者は昨年に続き2回目のエントリーとなるが、大倉山ジャンプ台を初めて目にしたときは「仮病を使って欠場しようかな……」と真剣に考えたほどだ。目の前にそびえるジャンプ台の高さと傾斜は、それくらい想像を遥かに超えていたのである。
仮病作戦を使おうかとトレイルランナーの反中祐介選手に相談してみると、「制限時間は15分なんですけど、南井さんの脚力ならゴール出来ないってことは絶対にないですよ。
観念して実際に走ってみると、その心拍数の跳ね上がり方も想像以上。途中からは四つん這いで、少しづつ、少しづつ歩を進める。コースのいちばん左端を進んだので、TV中継でお馴染みの円形の距離表示の数字が90m、89m、88m……と段々少なくなっていくのがよく見える。
ランディングエリアを越えて、踏切台へと向かう急な木製スロープを通過したら、あとは滑走エリア。スキージャンパーが猛スピードで滑り下りる場所を逆走して上るのだから、よく考えると本当にクレイジーな競技だ。
ここの部分も木製のスロープなので、木のささくれや棘から手を保護するためにも軍手などの手袋はあったほうがいい。しかし昨年はわざわざコンビニで購入した軍手をホテルに忘れてしまった&前半でペースを抑え過ぎて余力も残っていたので、滑走エリアのほとんどを脚だけで進み、かなりの参加者を抜くことができた。

タイムは7分56秒。時間にすると8分弱だが、そこにはさまざまな気持ちの変化があり、まさに人生の縮図だった。最初の100mは下りだから、「もう4分の1終わったのか! 意外と楽勝かも!?」などと思ったが、上りに入ってしばらくすると脚の動きが鈍くなり、「一体誰がこんな競技考えたんだ……」とネガティブな気持ちに。それでも一歩一歩進んで300m地点の踏切台に到着すると、まず最初の多幸感が訪れる。
そしてラストに10人以上の参加者をごぼう抜きにしたときは、優越感と同時に「あれ、もう少し前半から飛ばしたら、もっと上位に行けたかも……」と、ややもったいなく思う気持ちも生まれた。また、ゴールしてしばらくすると「このやり遂げた気持ちはなんだろう? この達成感はフルマラソンでもなかなか経験できない。来年も絶対に出よう!」と決意するに至ったのである。
NEXT PAGE /去年の自分を超えるために、今年も参戦!
去年ゴールしたときの「もっと頑張れたかも……」という気持ちは、その後も後悔としてずっと残っていた。そして前回の自分を超えるために、今年も参戦を決意。オーバーペースは論外だが、今年は前半から脚力をフル稼働して去年のタイムの更新を目指すことにした。
地元・札幌の参加者のなかには、この競技のためのトレーニングを行っている人もいるというが、自分は特に行っていない。しかしながら軽い足底筋膜炎だった去年よりは脚の状態はいい。
昨年知り合った地元からの参加者たちと挨拶を交わし、お互いの健闘を誓い合う。そしていよいよスタートだ。
去年よりも最初の100mダッシュは速いペースで。100m通過は20秒もかかっていないから、7分56秒の自己記録更新はゆとりがあると思うが、ここからがキツイ。ダッシュの勢いを利用して上り始めるが、最大斜度37度の傾斜に跳ね返されて、次第にゆっくりペースに。
傾斜のキツくなり始めの頃は何人かに抜かれたが、踏切台手前までに抜き返す。そしてジャンプ選手が滑走する木製スロープ部分へ。この時点では「6分台もいけるかも!?」と思ったが、前半で頑張ったせいか去年よりは脚力のゆとりがなく、それは容易でないことは理解できた。

それでも「行けるとことまでは脚だけで行こう!」と決意し、四つん這いでほとんど動かない参加者の集団を次々に抜いていく。

そんな自分を見て、先にゴールして応援に回っている参加者からは「あの人まだ余裕あるじゃん!」との声も聞こえてくる。途中、腕元のスポーツウォッチ「SUUNTO 9」で時間を確認すると、すでに6分57秒。「6分台は無理だったか……」と残念な気持ちになるが、最後まで必死に脚を動かしてゴールを目指す。
ゴール手前でも何人か抜き、ついにゴール! タイムは手元の時計で7分38秒。ゴール奥のマットでしばらく呼吸を整える。

無事にゴールできた、そして去年の自分も超えられた。結果、今年も大きな達成感を味わうことができた。



来年は道外からの参加者が大幅に増える!?
心当たりがある人も少なくないと思うが、大人になると行動の一つひとつに意味を求めてしまい、損得勘定で活動することが多くなる。でも、それだけだと息が詰まるし、ストレスも蓄積されてしまうので、たまには「何を目指してるんですか?」と言われるような“おバカ”なことをして、童心に帰るのも悪くない。
そんなときにこのRED BULL 400という競技はピッタリだ。ここまで読んでいただければおわかりのとおり、短い時間ながら本当に大きな達成感を得ることができるのだ。
去年、今年とインスタグラムなどのSNSで大会の様子をアップすると、知り合いのランナーたちから大きな反響があった。著名ランナーも興味津々のようで、来年はこれまで以上に道外からの参加者が増えそうだ。1人で400mはキツイという人には、100m×4人で参加できるリレーも用意されているので、仲間や家族と旅行がてらってのも悪くないかも?
南井正弘=取材・文