看板娘という名の愉悦 Vol.71
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。
三軒茶屋駅と下高井戸駅を結ぶ東急世田谷線。家屋の軒先をかすめるように走る路面電車だ。今回訪れた松陰神社前駅は、その沿線にある。
歩くだけで楽しい、昭和の風情が残る街だった。駅名の由来は、幕末の教育者で松下村塾を主宰した吉田松陰を祀る松陰神社。

駅から徒歩30秒、目指す「スナックニューショーイン」に到着した。


ウイスキーのソーダ割りが好きだというので、そちらを注文。
看板娘、登場

「完璧すぎるウイスキー」と称されるグレンモーレンジィを使ったらしい。

この店は5月下旬にオープンしたばかりで、日替わりオーナーが切り盛りする「ニュースナック」なのだ。代表オーナーは6棟のシェアハウスを運営し、自身もそこに住む山本遼さん(29歳)。通称は「ポール」である。

「シェアハウスとは別の形で人が繋がれる場所を作りたいと思って、スナックを始めました。ポールの由来ですか? 気づいたらそう呼ばれていたので、わかりません(笑)」
開業資金はクラウドファンディングで集めた約106万円。メンバーはTwitterで募った。
そして、月曜担当がライターでうどん研究家の井上こんさん(32歳)。福岡県生まれの千葉県育ちで、物心がついたときからうどん好きだったそうだ。
「年間400杯ぐらいのうどんを食べています。子供の頃のお気に入り店は、ピアノのレッスンの後に母が連れて行ってくれた『杵屋』さん。ここの『梅とわかめのうどん』が大好きでした」
2018年には筑後うどん大使に就任。

そんな彼女が入る月曜日はうどんスナック「松ト麦」となり、彼女自身が麺から仕込む手打ちうどんを食べられる。
「松陰神社前にお世話になりますという気持ちと、それぞれの小麦の個性を広く知ってもらいたいという思いをミックスして店名を『松ト麦』にしました」

カウンターにはこんさんの著書、『うどん手帖』も。死ぬまでに一度は食べたい全国の名店50+αが紹介されている。

というわけで、酒の肴はもちろんうどんだ。

「使用する小麦も毎週変えます。今日は伊勢うどんに使われることが多い埼玉産の『あやひかり』。ちなみに、アマゾンで買おうと思ってカタカナで検索しちゃうとアダルトビデオが出てくるので要注意です(笑)」

やがて、焼きうどん(600円)が運ばれてきた。

本気のうどんだった……。もちもちツルツルで、これは焼きうどん以外も食べてみたい。うどんスナックだけあって、うどん関係者も来店する。

看板メニューは「親子天ぶっかけ」で、日本酒も常時20本以上置いているそうだ。

こんさんが彼に「日本酒を置こうと思っているんですが、この時期のおすすめってありますか?」と尋ねる。
「今なら夏酒だろうね。1本と言われると、うーん、悩ましい……。店でもよくおすすめを聞かれるけど、人によって好みが違うから。自分が好きなのは冩楽(しゃらく)かな」

ここで、日曜担当の「バシ」さんがご来店。

こんさんの印象は「笑顔がかわいい」。カウンター奥に座っている男女にも聞いてみると「大事なことなのでじっくり考えます」。

30分後に得られた回答は、男性が「別れ際がいつもあっさりしすぎていて面白い。絶対に目を合わせないんですよ」。女性が「ほどよい反骨精神があるのと、猫と海外ドラマとうどん愛がすごい」。
ちなみに、女性はウイスキー好きが高じて、ウイスキーエキスパートの資格を取った。
「私の中の王様はスコットランド政府認定第一号のザ・グレンリベット。
ボックス席も埋まり、店内は賑わってきた。こんさんも忙しそうだ。彼女を助けるために、常連客は自分たちで会計金額を計算していた。

かくして、完璧すぎるウイスキーと完璧すぎるうどんを堪能した。こちらもお会計をしよう。最後に読者へのメッセージをお願いします。

【取材協力】
スナックニューショーイン
東京都世田谷区世田谷4-2-7
https://twitter.com/snacknewshoin
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石原たきび=取材・文