看板娘という名の愉悦 Vol.92
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。
16世紀の初めから日本の朱印船が往来し、現在も「緩やかな同盟関係」と評されているベトナム。そんな国から日本にやってきた看板娘がいる。

夕餉の買い物をする人々をかき分けながら細い路地を進むと「大一市場」がある。

現在は居酒屋、カレー屋などの飲食店が軒を連ねる。

今回訪れたのは「チョップスティックス高円寺本店」。生米麺フォーが売りのベトナム屋台料理店だ。

お酒は何をいただこうか。


ここはやはり飲んだことがないベトナム焼酎だろう。ネプモイを炭酸とライムで割った「ネプボール」(600円)を注文した。
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こちらはオアンさん(20歳)。ハノイ近郊のハイズオンという街の出身で、2017年に日本に来た。

看板メニューだという「牛肉のフォー」(730円)をください。

まず、ネプモイが本気で美味しい。香ばしい香りとほのかな甘み。やさしい味なのだ。そして、日本米で作ったフォーも牛すじの煮込みにやさしく溶ける。生麺はすぐに伸びるので、さっと食べるのがポイントだ。



ベトナムラー油は「サテ」と言うらしい。サテ、オアンさんは高校卒業時にベトナムの銀行系の大学を受験したが失敗。
「試験科目は英語、数学、考古学とか。とくに数学がダメで不合格でした」。
お母さんの勧めのもと、ビジネス系の専門学校に通うために日本で通訳として働いている姉を頼って来日したらしい。
ところで、郷里のハイズオンってどんな街?
「山とか、あとコメを育てる場所、何でしたっけ?」。
田んぼですか?
「あ、そうです。田んぼもたくさんあります。地元では有名な景色がこれです」。

こ、これは?
「えーっと、日本語がわかりません」。
おもむろに翻訳アプリで検索するオアンさん。

なぜ有名なのかは教えてもらえなかったが、ピュアな人だとわかった。大学受験に失敗した後は、ベトナムで半年間日本語を勉強したのちに来日。新聞配達のアルバイトをしながら日本語学校に通ったという。
「東京は電車に人がいっぱいでびっくりしました。生活費も高い……」。

「新聞配達はバイクでやっていました。ベトナム人はみんなバイクに乗ります。アルバイト代は月15万円。でも、冬は寒いので8カ月ぐらいでやめました」。
日本語をブラッシュアップしたのちに、今年の4月からビジネス系の専門学校に通い始めた。そこでは、貿易、IT、英語などを勉強している。卒業後は日本のホテルでコンシェルジュの仕事に就きたいそうだ。

「セットで1000円ぐらいでした。美味しかったけどベトナムで食べるほうが美味しい」。

新聞配達で生計を立てていたという話に感動した。

では、最後に読者へのメッセージを。もちろん、ベトナム語で。「何と書いたんですか?」と聞くと、以下のように教えてくれた。
「おはよう! 私はオアンと申します。ベトナムのハイズオンから参りました。今はビジネスの専門学校で勉強しています。私のアルバイトはチョップ高円寺でやっている。皆さん、機会があったらぜひ来て食べてみてください」。

【取材協力】
チョップスティックス高円寺本店
東京都杉並区高円寺北3-22-8 大一市場内
電話番号:03-3330-3992
http://namamen.com
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石原たきび=取材・文