看板娘という名の愉悦 Vol.6
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。
東京・国分寺。新宿から中央特快で21分という距離ながら、駅から少し離れると武蔵野の景観が色濃く残っている。
駅周辺には四方に飲み屋街が広がる。

歩くこと1分。飲み屋街の2階に目指すスナックはあった。

スナックの扉を開けるときは毎回緊張する。

カウンターは常連客らしき紳士淑女で埋まっていた。

今回の看板娘は生まれも育ちも国分寺の江梨花さん(29歳)。おばあちゃんがママとして営むこの店を時々手伝っている。保険営業の仕事を始めたばかりだが、体力的に余裕があれば手伝いは続けたいそうだ。

これは、取り引き先の酒屋さんが作ってくれたラベルだ。

「常連さんのキープボトルなんですが、キャップにはなぜか私のプリクラが貼ってあります(笑)」

ママの愛子さん(75歳)は、明るい人柄と丁寧な接客で客のハートをつかんでいる。

「このタオル? JAの無料ツアーで梅沢さんのショーに行ったときにもらったんですよ。コツコツ貯金してるから、たまにはそういうご褒美もね」と愛子さん。
さて、一杯目は何をいただこうか。

江梨花さんに好きなお酒を聞くと、即答で「生ビールです」。OK、それにしましょう。

看板娘スマイルとともに、美味しそうな生ビールが運ばれてきた。テーブルの上にはママお手製のおつまみも並ぶ。

「お母さんがずっと働いていたので、私はおばあちゃんっ子として育ちました。保育園にもおばあちゃんが毎日迎えに来てくれて、自転車で砂利道をふたり乗りして帰ったのもいい思い出。だから、こうして手伝うのも恩返しみたいなものなんです」。

ママ(愛子さん)は人との関わり方や接客の作法も教えてくれるので、すごく勉強になるという。

江梨花さん自身のことも聞いてみた。
「趣味ですか? うーん、家ではメダカを3匹飼っています。朝、水槽に顔を近付けて『おはよう』って言うと口をパクパクさせるからかわいいんですよ。まあ、餌がほしいんでしょうけど(笑)」。

また、好きな食べ物はスパゲティのボロネーゼ。メニューにあると絶対に頼むという。
「新宿ルミネのパスタ屋さんで店長をしていた時期もあったんですが、そこは和風パスタの店だったので、残念ながらボロネーゼはありませんでした」。
ここで、常連客とママのデュエットが始まった。

国分寺のスナックならではのナイス選曲だ。

常連客の男性に江梨花さんの魅力について聞くと、「美人なのにスレてないだろ。俺なんか大勢の女性を見てきたからわかるんだよ」。ママも「うちは、江梨花ちゃんファンばっかりなのよ」と援護射撃。
2杯目は江梨花さんが「生ビールの次に好き」だというハイボールにしよう。

「あっ、これですか? こないだ人生で初めてネイルサロンに行ったんですよ。でも、全然気に入ってなくて。そもそも、デザインの種類も少なかったし」と肩を落とす。

内心では納得していなくても、初めてのサロン体験ゆえ言い出せなかったのだろう。ちなみに、ガーネットの18金リングはママのお下がりとのこと。
「ママからは控えめながらも、『いずれは店を継いでくれるとうれしい』って言われています。先のことはわかりませんが、お客さんもいい人ばかりで人生の大先輩。

最後に、江梨花さんからのメッセージ。「絵心がまったくないので恥ずかしい」と言いながらも書いてくれた。

現在、恋人募集中。「惚れた男より惚れられた男を選べ」という常連客のアドバイスを反芻しながら、おばあちゃんへの“恩返し”として今夜もスナックに立つ江梨花さんなのでした。
【取材協力】
スナック愛
東京都国分寺市本町3-4-4 栄ビル2F
042-321-1833
取材・文=石原たきび
連載「看板娘という名の愉悦」過去記事一覧
第1回
東中野のコアな酒場で、鳥カフェ巡りが趣味の看板娘にときめいた
第2回
神保町の名店で、看板娘が勧める“締めの出汁割り”に感動した
第3回
下北沢の横丁で、ハイジのような看板娘と絶品カレーに悶絶した
第4回
西荻窪の割烹で、北九州弁が抜けない看板娘に胸が震えたっちゃ
第5回
池袋の旅酒場で、ギャンブル好きの看板娘に「おっと」が飛び出た