今年は例年以上に復刻時計が大豊作。すでにこんな特集も実施しているが、ヴィンテージカルチャーの生き字引たちはどのモデルに注目しているのか。
大坪洋介さん Age 64
1956年、鹿児島県生まれ。20代前半に渡米し、のちにファッションビジネスを展開。服だけでなく、あらゆるヴィンテージアイテムの造詣に深く、現在はコンサルタントとして活躍中。

柴田 充さん Age 58
1962年、東京都生まれ。ライフスタイル誌をはじめ、本誌では時計やクルマの記事を執筆。時計だけでなく、空冷ポルシェやホンダCB400Fなどクルマやバイクもヴィンテージを愛用。

▶︎まず注目は……
AUDEMARS PIGUET
オーデマ ピゲ/リマスター01 オーデマ ピゲ クロノグラフ
オーデマ ピゲはブランド史に残る名作アーカイブにスポットを当てた、リマスタリングプロジェクトをスタート。それに属するモデルがこの「リマスター01」だ。
1943年の「1533」というモデルをモチーフに、ボリューム感あるコンビケースやティアドロップ型ラグ、アールデコスタイルのインデックス、さらには当時のロゴを再現しつつ、最新のムーブメントを搭載。9時位置の30分積算計に赤く記された“4/5”は、サッカー好きの創業一族の3代目がハーフタイムを確認するためにリクエストしたものだ。
大坪 時計にのめり込んでいったきっかけは、1960年に誕生した世界初の音叉式電子時計、ブローバ「アキュトロン」です。中学時代に美術の先生が着用されていたんです。
大学卒業後の70年代にLAへ移り住み、当時はまだヴィンテージやアンティーク時計の価値が一般的ではなく、中古時計も重さでいくらという感じでした。さまざまなモノを見ていくなかで時計への興味が深まり、集め始めたんです。
柴田 僕も時計との出会いは、中学入学時に親から買ってもらったタイメックスでした。舶来品というのが誇らしくて。大学の頃はダイビングをやっていたので、国産ダイバーズや払い下げの軍用時計、アンティークのクロノグラフを手に入れていました。
大坪さんはあらゆるヴィンテージに精通し、収集もされていますが、選ぶ基準はどこにありますか。
大坪 クルマも服も家具もすべてにいえるんですが、イノベーションを起こしたかどうか。「アキュトロン」もそうですし、大好きなイームズやシトロエンDSもそう。
時計でいえば、一部の人たちはステイタスのように崇めますが、僕は自分らしさを求めるし、価格の多寡ではなく、機能性でもありません。

柴田 ひと目惚れみたいなものですね。僕なんかはついウンチクにいっちゃうんですけど(笑)。
大坪 それもピカピカではなく、デニムのように馴染んでいく感じが好きですね。そして使い倒す。今乗っている58年式の英車バックラーDD2も国内には1台しかないんですが、飾っておくのではなく普段使いする。ただ屋根がないので、走るのは天気のいい日だけですけどね。
柴田 クルマと違って、時計だったら故障しても命にかかわるようなことはないですから(笑)。
大坪 むしろ時間を見るだけならスマートフォンでもいいし、僕が時計に求めるのは機能よりもスタイルであり、ストラップの色を変えたりして楽しんでいます。

忠実に再現したルックスに最高峰の国産技術
GRAND SEIKO
グランドセイコー/エレガンスコレクション 初代グランドセイコー デザイン復刻モデル
グランドセイコー誕生60周年を迎え、初代モデルを先進技術で現代に甦らせた。当時はスイスクロノメーター規格と同等の精度を実現し、その矜持をダイヤルに記した。本作はその精神を受け継ぎ、72時間のパワーリザーブに、クロノメーターを凌ぐ精度を備えた手巻き式ムーブメント9S64を搭載。
柴田 僕も季節やファッションに合わせてストラップをよく交換しますね。ヴィンテージも稀少価値だけではなく、カスタマイズして楽しまないともったいない。
大坪 ヴィンテージの魅力は縁だとも思います。長い歳月を経て今自分の手元にある。そう感じるからこそ、自分は預かっているだけなのであり、次の世代に渡していかないといけない。カストディアンという“保管者”を意味する英単語がありますが、自分もまさにそうありたいと思います。
柴田 モノにはそれぞれが歩んできた物語があり、自分もその中の登場人物のひとりにすぎないというわけですね。
大坪 だからいかに価値ある逸品でも本当に自分が好きでなければ所有の喜びはありません。
柴田 大切なのは、自分の気持ちをどれだけ投影できるか。そしてのめり込めるか。

柴田 ところで、昨今のヴィンテージ人気の理由はどこにあると思いますか?
大坪 きっと人の欲って便利で使い勝手がいいというだけでは満たされないのでしょうね。
柴田 便利さを求めるならスマートウォッチにかないませんからね。一方でヴィンテージスタイルを現代に甦らせた復刻デザインが時計業界で定着しています。これなんかはまさにいいとこ取り。

旧いダイバーに風格漂うゴールドを追加
GLASHÜTTE ORIGINAL
グラスヒュッテ・オリジナル/SeaQ パノラマデイト
昨年、1969年のダイバーズウォッチを復刻させたグラスヒュッテ・オリジナル。こちらはその金ケース仕様で、アイコンのパノラマデイトが個性を演出する。セラミックスベゼルに300m防水性能、100時間のパワーリザーブなど、レトロ顔に比してその性能は最新鋭だ。
大坪 歴史ある名門ブランドなら過去のアーカイブから紐解くことは簡単です。エポックメイキングな発明や、ブランドらしさを改めて知らしめることにもつながりますからね。
柴田 でも大坪さんにとっては意に反するのでは?
大坪 そんなことはないですよ。ヴィンテージやアンティーク時計はメンテナンスも大変だし、普段使いでも気を使います。実用で使うなら復刻のほうが断然いいでしょう。
柴田 オリジナルの価値を知るからこそ実用性を備えた復刻も認めるということでしょうね。僕もセイコーの初代ダイバーズをオリジナルと復刻の2本持っていますが、どちらがいいという比較はできませんね。

国産ダイバーズの原点に技術の歩みを凝縮
SEIKO PROSPEX
セイコー プロスペックス/1965 メカニカル ダイバーズ 復刻デザイン
国産初のダイバーズウォッチであるセイコーダイバーズが55周年を記念し、原点である初代モデルを復刻した。デザインやサイズはオリジナルを模範にし、当時のファブリック調ストラップまでもシリコンで再現する。そのうえ、ケース素材は最高レベルの耐食性を備え、安定した精度を実現する毎時3万6000振動のハイビートムーブメントを搭載する。そこにはこれまで歩んできた技術の軌跡が刻まれている。
大坪 僕自身、古いからいいという感覚はいっさいなくって。でも復刻するにもきちんとオリジナルの本質がわかっていて、さらに美的感覚が通じ合うような再現をしているかは気になります。
柴田 温故知新というか。原理主義とはいわなくても中途半端に復刻されるとガクッとくる。でも時空を超えて最新技術を調和させることはイノベーションでもあり、大坪さんが復刻時計を認める理由を納得しました。

人気のダイバーズが大径化でより現代的に
RADO
ラドー/キャプテン クック オートマティック
1962年から約6年にわたって生産されたダイバーズの復刻モデルに、新たな解釈を加えた。従来の37mm径からサイズアップし、さらにイージークリップ機能でほかのベルトへ簡単に交換できる。持ち前のヴィンテージテイストを崩すことなく、より現代的なスタイルになった。
※本文中における素材の略称:SS=ステンレススチール、K18=18金、YG=イエローゴールド、PG=ピンクゴールド
MACHIO、川田有二、鈴木泰之=写真 菊池陽之介、松平浩市=スタイリング 柴田 充、髙村将司、増山直樹=文 たむら 亘=イラスト