シアトルに誕生して約20年。ホテルの“当たり前”を覆し続けてきた「エースホテル」が、アジア初の場所として選んだのは京都である。

今年オープンし、現在は「土地に根差したホテル」を模索している真っ最中だ。

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エースホテル京都 総支配人 ニコラス=ジェームス・ブラック 氏
1980年、フランス生まれ。16歳のときにアメリカに移住。フロリダ国際大学にてホテル経営を学んだのち、アコーホテルズグループのホテルブランド「ソフィテル」へ。マリオット・インターナショナルの「ル・メリディアン」を経て、2018年、エースホテルに入社。「誰かの人生にポジティブなインパクトを与えること」が人生の目標だとか。

Brand Profile
1999年、米シアトルにて創業。宿泊者だけではなく地元コミュニティとの結びつきを重視し、ホテルの新たな価値を提示してきた先駆者的存在。その先進的なインテリアデザイン、アート、音楽によって世界中のホテル好きを魅了している。現在アメリカ8都市、ロンドン、京都に展開。2020年中にはカナダ・トロントにもオープンの予定。


その街の歴史と、地元のつながりが最も大事

デニムジャケットに丸襟のシャツ、足元はヴァンズ。ニコラス=ジェームス・ブラック氏は、僕らが想像するホテルの支配人とはかけ離れたイメージの人物だ。

お洒落でフレンドリーで、どこかカルチャーの匂いがする。既存のホテルとエースホテルとの違いを、そのまま表しているかのようだ。

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こちらは保存棟に位置する「エーススイート」(78㎡)。ダイニングバー、リビングエリア、ベッドルームという構成の広々とした部屋である。ミッドセンチュリースタイルのソファやテーブルなどを備えた、モダンなインテリアが特徴。

「開業準備のために京都に来たのは1年半前のこと。それまでは5年ほどLAに住んでいました」。

ではLAが地元なのかと聞くと、日本語で「いいえ、私は“地球人”です」と言ってにっこり笑う。ヨーロッパ、アメリカ、日本などさまざまな土地で暮らしてきたブラック氏。そのコスモポリタンとしての視座もまた、エースホテルの理念とシンクロしている。

「私たちのホテルがユニークな理由は“画一的ではない”ことにあると思います。例えばシアトルとニューオーリンズのエースホテルでは、外装もレストランのテイストもまったく違う。

その街の歴史と地元のつながりを大切にしながら、さまざまな人々を迎え入れ、新たなカルチャーを発信していく。そんなホテルを目指しています」。

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[上]宿泊者用のレンタル自転車。なんと漆塗りフレームというトーキョーバイクとのコラボモデル。[下]ロビーに置かれた浜名一憲の壺。その奥はギャラリースペースとなる。

地元出身のミュージシャンのイベントを開催したり、ローカルで活躍するデザイナーにロゴデザインを発注したり。

ホテルという業種は、ブランディング的にも運営コスト的にも、サービスの統一が図られるのが常識だ。

だがそうした既成概念にとらわれることなく、地道な取り組みを通じて「土地に根差したホテルとは何か」を追求してきたのが、エースホテルというブランドなのである。


日本文化の中心地に唯一無二のホテルを造る

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Yoshihiro Makino for Ace Hotel.

ここエースホテル京都は、日本を代表する建築家・隈研吾が建築デザインを、長年のパートナーであるコミューンデザインが内装デザインを担当した。東洋と西洋、古さと新しさといった相反する要素がナチュラルに融合した空間だ。

「コンセプトは“イースト・ミーツ・ウエスト”。日本およびアメリカ西海岸のアーティストや職人による作品を、館内のいたるところに取り入れています」。

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ポートランド発のコーヒーショップ「スタンプタウン・コーヒー・ロースターズ」は朝7時からオープン。地元のファンも着実に増えてきているとか。染色作家・柚木沙弥郎が手掛けたコーヒーポットのタペストリーも、実にいい感じ。

90歳を超えてなお現役の染色作家、柚木沙弥郎のタペストリー。地元京都「金網つじ」のランプシェード。カリフォルニアのアーティスト、アレキサンダー・コリ・ジラードによるペニータイルの床。

クラフトの温かみとモダンな感性に溢れ、いずれも直感で「いいね!」と思う作品ばかりである。

「コロナに気付かされた点もある」エースホテル京都の総支配人が目指す先
[上]「ミスター・モーリスズ・イタリアン」のランプシェードは東山の「金網つじ」に発注。京金網の起源は実に平安時代(!)にまで遡るとか。[下]エレベータホールのアートワーク。鹿児島市の障がい者施設「しょうぶ学園」で製作された刺繍の数々を、大胆に重ねた。

「1階のギャラリーでは、さまざまな作品を定期的に展示する予定ですので、アートファンはぜひチェックを。

おいしいものに目がない人には2つのレストラン(オステリア「ミスター・モーリスズ・イタリアン」とバー&タコスラウンジ「ピオピコ」)を堪能してほしいし、音楽好きなら部屋でアナログレコードやアコースティックギター(一部客室に設置)を楽しんでほしい。

いろんな人が、いろんな角度からエンジョイできる場所にしたいんです」。

「コロナに気付かされた点もある」エースホテル京都の総支配人が目指す先
保存棟に19部屋ある「ヒストリックツイン」(48㎡)。天井が高く開放的な雰囲気が話題を呼んでいる。竹製歯ブラシやコットンのパッケージデザインはここ京都のオリジナル。また全室にチボリ社製ラジオを、一部客室にアナログレコードとターンテーブルを用意。こちらは音楽好きにはたまらない、エースホテルならではの“アメニティ”といえよう。

さてアメリカ8都市とロンドンに続いて、アジア圏で初のオープンとなったのがここ京都である。そもそもなぜ日本で、そしてなぜ東京ではなく京都という場所を選んだのだろうか。

「皆さん必ずそのことを聞かれますね(笑)。いくつかの理由があります。創業当初からいつか日本で開業したかったというのがひとつ。京都こそ日本文化の中心地であると考えていたことがひとつ。そして隈研吾さんをはじめとした日本のクリエイターとのお付き合いが深かったというのがひとつ、でしょうか。

文化が溢れる京都という場所で、ラグジュアリーホテルでもなく、ビジネスホテルでもなく、老舗旅館でもない唯一無二の施設を造りたかったのです」。


ご近所さんに配る「日曜日のバラの花」とは

実は、エースホテル京都の本来のオープン予定は今年の4月であった。しかし新型コロナウイルスの影響によりオープンを延期。現在はプレオープンという状況が続いており、3つめのレストラン開業を含めたグランドオープンは未定である(9月現在)。

「当初は7割がインバウンドのゲスト、3割が日本人のゲストという想定でした。

ですがコロナの影響で、その7割が丸ごとなくなってしまったんです」。

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1階のフロント。巨大な桶のようにも見えるカウンターは銅製で、手作業で叩いて仕上げたものだという。スーベニアショップも兼ねており、小さなソープディッシュからペンドルトンとコラボしたブランケットまで、多彩な商品が揃っている。

そのインパクトはとても大きかったし、当然ながら現在も経営に影響しているという。しかしブラック氏は「悪いことばかりではなかった」と振り返る。

「地元の方々や商店とコミュニケーションをとる時間をつくれたというのが、大きかったと思います。オープン直後のホテルというのは日々の仕事をこなすのに精一杯。でも幸か不幸か、コロナによっていち早く“地域とのつながり”の土台を作ることができたんです」。

人数が多く集まるようなイベントは開催できない。では具体的に何をしたのか。開業前から現在まで、毎週日曜日、ご近所さんに直接バラの花を届けているのだ。「こんなホテルができましたのでよろしくお願いします」と。本当に地道に、少しずつ、リアルなつながりを広げていったのだ。

「物事には必ずネガティブな面とポジティブな面があります。

新型コロナウイルスも同じ。でもホテルマンにとっていちばん大事なことを改めて教えてくれたという点では、大いに感謝すべきなのかもしれません」。

 

エースホテル京都
住所:京都府京都市中京区車屋町245-2 新風館内
電話番号:075-229-9000

総客室数:213室

料金:スタンダードタイプ3万円~(開業特別レート。1泊1室分)
www.acehotel.com/kyoto/

 

鈴木泰之=写真 加瀬友重=編集・文

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