「看板娘という名の愉悦」とは……

かつて、都内では路面電車が縦横無尽に走っていた。しかし、現在は新宿区の早稲田と荒川区の三ノ輪橋を結ぶ東京さくらトラム(都電荒川線)1路線のみである。

その停留場のひとつが大塚駅前で、街を切り取る際には欠かせない風景だ。そんな大塚の北口に2018年5月、「東京大塚のれん街」がオープンした。

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今回訪れたのは「酒肴 北斎」。江戸料理、馬肉料理が売りの居酒屋だ。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
エントランスからして早くも江戸情緒満載。

内装はこれでもかというほど凝っていた。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
エントランスには「富嶽三十六景」さながらの大波。

もともとはインバウンドも狙って作った店だという。そのため、世界中の誰もが知っている浮世絵師の名を採用した。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
店内には看板娘の姿。

ここは、江戸っぽいお酒を飲みたい。オススメを聞くと「特濃抹茶ハイ」(490円)とのこと。どこが江戸っぽいのか。その答えはすぐにわかった。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
注文を受けたスタッフがその場で点ててくれるのだ。

電動の茶せんは初めて見たが、1万円ぐらいで売っているという。


看板娘、登場

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
「お待たせしました〜」。

今回の看板娘は新潟出身のイオナさん(21歳)。もちろん本名で、お父さんが「イイオンナになるように」と名付けたそうだ。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
フードメニューは、馬肉を中心に美味しそうな料理が並ぶ。

イオナさんと協議しながら、「肉刺し全部盛り」(750円)、「出汁じゅわがんも」(390円)、「霜降り和牛のスキヤキエッグ」(390円)の3品をチョイス。ずいぶんお安い。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
出揃いました。

肉刺しは和牛刺し、桜肉赤身、タテガミ、牛タンの4種類。がんもはこだわりの出汁が沁みており、スキヤキエッグは半熟煮玉子の上に炙った和牛が乗っている。

よく見るとスタッフTシャツもすごい。原価がかなり高いと思われる。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
肉の上に樹脂のタレがかかっていました。

さて、イオナさんは新潟市内で生まれ育った。お母さんが韓国人で、ソウルに住んでいるお祖母ちゃんの家も一緒にちょくちょく訪れるという。

「でも、韓国語はほとんど喋れません。将来は韓国に関わる仕事をしたいから、勉強しないととは思っているんですが」。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
ディズニーランドのホテルで烏龍茶をロックで飲む幼少期。

小学校までは真面目な生徒だったが、中学に入学すると授業に出席しなくなる。

「不良チックなのがかっこいいと思っていたんでしょうね。昼間は繁華街の萬代橋あたりでタムロして、下校の時間になると学校に行って爆竹を鳴らしていました(笑)」。

なかなかワイルドな学校生活だが、一方で体育祭などでは持ち前のリーダーシップを発揮する。

「運動神経はあまりないけど、応援が好きなんです。自分が所属するグループの選曲、踊り、衣装を全部考えて、という。結果的に、小中高の応援合戦で全部1位を獲りました」。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
高校最後の体育祭の応援合戦で優勝したときの写真。

「高校では特進コースで、それまで応援部門の優勝は毎年普通科だったんです。『特進コースは論外、勉強だけがんばっとけ』という雰囲気だったので、この優勝は感慨もひとしおでした」。

そんなイオナさんの頑張りを担任の先生も間近で見ていた。優勝後に返ってきた連絡帳には愛のあるコメントが踊る。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
桑原先生、ベタ褒めである。

ところで、新潟市は近隣の街よりは降雪量が少ないとされる。

しかし、降るときはドカンと降るようだ。

「雪が降ってめちゃめちゃ寒いのに、短いスカートを履いて生足が鉄則。バカだなと思いながらも、私たちのなかでストッキングやタイツを履くのはダサかったんです」。

高3の冬、センター試験の日も腰の高さまで積もった。試験は遅れて開始されたそうだ。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
試験会場の新潟大学もご覧の通り。

高校卒業後は東京に出る気満々だったイオナさん。都内の私立大学に合格し、晴れて東京人の仲間入りを果たす。

「中学の修学旅行で東京に行って、丸の内の辺りを巡ったときに大感動したんです。帰りの新幹線のなかでは、みんな『やっと家に戻れる』みたいな空気でしたが、私だけ東京が好きすぎて一人で泣いていました(笑)」。

大学では地域創生を専攻。現在は静岡県藤枝市内にカフェを作るというプロジェクトに携わっている。

この店は「のれん街がめっちゃ好き」がゆえに働き始めた。

コロナ禍での営業自粛期間は新潟に帰省。Netflixでひたすら韓国ドラマを観ていたそうだ。

「面白かったのは『梨泰院(イテウォン)クラス』。飲食系の話なので、どういうカフェを作ろうかと考えている自分も感情移入しやすいんです」。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
飼い猫のふうこは『どうぶつの森』に夢中。

米どころの新潟は日本酒が有名な店が多い。「越後一会 十郎」もイオナさんがオススメする一軒だ。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
豊富な日本酒と、それに合う肴が揃う。

やがて「北斎」も営業を再開した。ここはスタッフ同士の仲がいいのが特徴。接客の見本を見せてくれる先輩もいる。

「特に、接客コンテストで優勝したエレナさんがすごい。どんなお客さんにも愛情全開で接します。それを真似していたら常連さんや他の店の店長さんから『表情が変わったね』と言われました」。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
右が師と仰ぐエレナさん。

店長の山田浩士さん(32歳)はイオナさんをこう評する。

「接客のセンスが良いですね。ちゃんと自分で考えて行動を起こせる。もちろん知らないこともあるけど、教えると明らかにその後の動きがスマートになります」。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
神妙な顔で褒められるイオナさん。

なお、のれん街ではイオナさんの専攻テーマでもある地域のPRも意識している。例えば、「北斎」の店頭に座る案山子は高知の「天空の村・かかしの里」から取り寄せた“実物”。のれん街全体には10体もいる。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
東京と高知をつなぐ象徴としての案山子。

あれ、案山子の前に結んであるものは?

「箸袋がおみくじになっています。持ち帰る人、結ぶ人、さまざまですね。16分の1の確率で『超大吉』が出れば、ドリンク1杯サービスです」。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
空いた時間を見つけてはせっせと折る。

のれん街のオープニングから働いているイオナさん。中でも「北斎」への愛が尋常ではない。

「ガチで最高だと思います。外で声がけしているときも、心から『ここが一番いいですよ』と言えるんです」。

店長としては大学卒業で失いたくない人材だろう。

外から都電のやさしいメロディホーンが聞こえたタイミングでお会計。最後に読者へのメッセージをお願いしますね。

大塚の“江戸肉酒場”で、看板娘が体育祭の応援合戦で優勝していた
誤字をぐしゃっと消すのは気にしないタイプでした。

 

【取材協力】
酒肴 北斎 和の仕事馬
住所:東京都豊島区北大塚2-28-2 呑食ちょうちん横丁 大塚のれん街
電話番号:03-5980-7372
https://a687142.gorp.jp

「看板娘という名の愉悦」Vol.126
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。
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石原たきび=取材・文

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