海の街<熱海編> Vol.7
都会暮らしに不満や疑問を感じたとき、一度は考える「移住」という選択肢。とはいえ、自分の仕事や子供の教育、そして生活の利便性といった課題を前にすれば、実践をためらうのは当然のことだろう。
そこで参考になるのが、移住を果たた先輩たちの声だ。“サードプレイス”として注目を集める街・熱海で暮らす、ある家族の体験談から、移住の実像を掴んでみよう。

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乗り気ではなかった移住が、自分を変えるきっかけに

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熱海駅から車で20分ほど。鉄道の駅でいえば網代(JR)のほうが“最寄り”となる、山間の邸宅に暮らす中屋さん一家を伺った。

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生まれも育ちも川崎という生粋の都会っ子なので、実は移住に乗り気ではなかったという中屋深志さんだが、今では移住暮らしを大いに満喫しているとのこと。

「今思うと、移住して良かったことのほうが多いですね。いちばん変わったのは、働き方。都心にいた頃とは、まったく違う人間になったといっても、過言ではないかもしれません」(深志さん、以下同)。


遠距離通勤だからこそ実現できた“働き方改革”

現在は、勤務地となる銀座まで新幹線で通勤している中屋さん。片道2時間弱の通勤時間は、首都圏暮らしでも珍しくはないが、やはり東京から100km超という距離感は、人の意識を大きく変えるようだ。

「新幹線の時間があるから、物理的に残業ができなくなるんですよね。そもそも、時間で能力をカバーするタイプの働き方をしていたんですが、そこを改めないと家に帰れなくなるから」。

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仕事を切り上げてでも帰りたいと思えるのは、今年で小学校2年生になった一人娘の存在も大きい。

「娘が起きているうちに帰ろうと思ったら、自然と東京を出る時間が決まりますから。

残業できなくなったぶんは、朝早めに出勤することで、なんとか補っていますね」。

とはいえ、中屋さんの“働き方改革”は、社内では歓迎されているという。

「自分が帰りたいから、周囲にも『帰れ!帰れ!』って急かすじゃないですか(笑)。それで、みんなの働き方も自然と変わっていったんです。会社としても、もともと残業を奨励するような風土ではなかったですし」。


家族と過ごす時間は数倍に。食&住まいのDIYも満喫

「家族と過ごす時間が圧倒的に増えたのは、移住でいちばんうれしかったことですね。休日の過ごし方は徒歩圏内の浜辺で遊んだり、家族でドライブしたりがメイン。熱海の場合は、自動車で30分くらい移動すれば、沼津や伊東に出られますから、洋服や家具みたいな買い物にも困りません。伊豆半島を下っていけば、レジャー施設もたくさんあるし。娘も都心にいた頃は、インドア派だったんですが、今ではすっかりアウトドア派になっちゃって夏場は毎日、海や山で遊びまくってますよ」。

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このように、移住生活を楽しんでいる中屋さんだが、実際に熱海への移住を主導したのは中屋夫人の香織さんだった。

現在住んでいる邸宅を選んだのも、香織さんが望んでいた、野菜や果実づくりが楽しめる段々畑があることが、大きな決め手になったという。

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「以前の所有者が、ミカンやレモンの木など、たくさんの野菜や果実を育てていて、それらを、そのまま受け継ぐことができたんです。もちろん、自分たちでもさまざまな野菜を植えて、採れたての味を楽しんでいます」(香織さん)。

老夫婦の住まいだったこともあり、壁紙やふすまなど、和風だったインテリアも、自分たちの手でリフォーム。地元で知り合った仲間たちと首都圏に住む友人知人の手伝いにより、床貼りやペンキ塗りはもちろん、現在はバイクのガレージもフルDIYで造作しているところなんだとか。

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移住先で重要なのは「場所」よりも「人」

以前から“海と山のある土地”で生活したいと考えていた香織さんだったが、実際に移住先を検討するにあたり“土地”以上に重要なポイントがあることに気付いたという。

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「私もそうでしたが、引っ越しといえば、まず物件のことを考えてしまいがちですよね。でも移住の場合は、暮らし全体を見直すわけですから、自分たちが住む家よりも、それを取り囲む地域や、そこで暮らす人を“選ぶ”ことのほうが大切なんです」(香織さん)。

都心まで通勤圏内となる“海と山のある土地”の候補がいくつかあるなかで、最終的に熱海を選んだのは、先に移住していた家族を含め、この地で暮らす人たちと「価値観の共有」ができたからだった。

「行政と民間とが一緒になって街の再生を推進している熱海には、私たちのように“自分の暮らしは自分で創りたい”という考え方を持つ人が多く集まっているんです。彼らが主催するイベントや交流会に参加して、それを知ったことで、あらためて物件を探すようになったというのが、移住までの流れでした」(香織さん)。

「という次第で、熱海での人脈も妻任せなんですが(笑)、やっぱり気の合う仲間を得られるかどうかは、移住を考えるうえで大切ですよね。

彼女も言うように、場所よりもまず人を見るのが大事なんじゃないかな。僕みたいな都会育ちの男からすると、熱海っていわゆる“田舎”とは違うところも魅力なんですよ。自然だけじゃなく街の要素もあるし、そこで暮らす人々の熱気も感じられるというか」(深志さん)。

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『移住先は“人”で選べ』とのアドバイスは、これから移住を検討するにあたり、かなり参考になるはず。働き方や家族との過ごし方を含めたライフスタイル全般を、大きく変えてくれる可能性を秘めた移住という選択肢。まずは熱海を訪れ、そこで暮らす人々と接してみることが、その第一歩となるかもしれない。

小島マサヒロ=撮影 石井敏郎=取材・文

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