俺のクルマと、アイツのクルマ
男にとって車は名刺代わり。だから、いい車に乗っている人に男は憧れる。
■17人目■
髙嶋 渉さん(48歳)
タカシマワタルさん。カフェ&ギャラリー「HATTIFNATT(ハティフナット)」のオーナー。食品メーカーを経て30歳のときに独立。最初は高円寺に、次いで吉祥寺店をオープンさせる。
店名のHATTIFNATTとは、童話『ムーミン』に出てくる「ニョロニョロ」のフィンランド語。手づくり雑貨も好きで、吉祥寺店に隣接する雑貨店では、合計230名ものハンドメイド作家と契約し、常時100名程度の作家によるアクセサリーなどを展示販売している。
■フォルクスワーゲン タイプII■

ビートル(タイプI)をベースに作られた商用車。荷物運用バンやピックアップ、小型バスなど複数のバリエーションが作られた。レイトバス、アーリーバスといった呼び方とは別に、世代をT1、T2、T3……と分けられ、髙嶋さんの1975年式タイプIIはT2にあたる。
リアに1.6Lエンジンを積み、後輪を駆動させる。こちらの車はマニュアルシフト。
錆だらけの見た目とは裏腹に毎日20km走る働き者
髙嶋さんの経営するカフェ&ギャラリーHATTIFNATTの入り口のドアはかなり低い。大人は背をかがめないと店内には入れないのだが、それは「忙しい現代社会を忘れて、童心に戻って楽しんでもらうためのお店」だからだと言う。
外装や店内の壁や床は、DIYショップで木材を買ってきて、髙嶋さんとお父さんのふたりで仕上げた。
店内に備えた「食器用エレベーター」は板にヒモを付けて、滑車を使い1階と2階を行き来させる。「設計図はありません。木材を実際に壁や床に当てながら『この辺りで切ればいいね』とか、そういう感じです」。

そんな髙嶋さんの愛車は、1975年式のフォルクスワーゲン タイプII、通称ワーゲンバスだ。
5~6年前に購入したときに、すでにバンパーは錆びつき、ほかにも所々錆びが浮いていた。「アメリカンバイク専門店の車だったらしく、黒地に赤いファイヤーパターンが描かれていました」。そこで外観を自分で白く塗装し直した。
しかし錆の部分は錆止めしただけで、そのままに。それどころかフォルクスワーゲンのファンミーティングで、わざわざ錆びたヘッドライトをもらってきたという。
さすがに「こんなのでいいの?」と渡されたそうだ。

一方で、エンジンとミッションは購入時に販売店で修理してもらった。「ボロいからまけてよ、と値切って買ったんですが、結局修理代は値下げ分以上かかっちゃいました」と髙嶋さんは笑う。
見た目はやれていて、でも中身はバリッと。それが髙嶋さんの理想とするタイプIIだ。「以前は週3で千葉の海まで、往復200kmかけてサーフィンをしに行っていました」。
最近は仕事が忙しくてなかなかサーフィンに行けないが、今でも毎日、自宅と各店の往復で20kmは走っているという。「調子がいいですよ」。
童心を忘れなかったら、ワーゲンバスを見つけた
昔からアンティークなものに惹かれていたという。子供の頃は、お父さんが拾ってきたドラム缶で作ってくれたおもちゃ箱にブリキのおもちゃを入れ、夏になれば、やはりお父さんが作ってくれたタイヤチューブを使った浮き輪で、波間に浮いていたそうだ。
そんな幼少期だったから、おしゃれなカフェよりアンティークな喫茶店が好きで、手づくりの雑貨にも興味があったという。それが今のお店に繋がった。

一方車も、少し古くて味のあるものが好きだ。
初めて買った車はフォルクスワーゲン ゴルフII。その後、現在の通称“アーリーバス”と呼ばれるタイプIIを購入した。「まだ20歳の頃で、さすがに故障が多くて手に負えず、手放しました」。
その後ジープのチェロキーをはじめ、数々の車に乗り、丸目のフォルクスワーゲン ヴァナゴン(T3型)に乗っていたときに、たまたまネットで現在の愛車を見つけた。
「ヤレ具合がとても魅力的でしたが、ちょっと価格が高いなと」思っている間に売れてしまったという。

ところが約1年半後に、同じ中古車販売店のサイトに、再びこの車が掲載されたのだという。それも最初のときより少し安いプライスタグを掲げて。
「また見つけるなんてこれも縁だろうな」と思い、連絡を取り、先述のようにさらに値下げしてもらい、エンジンとミッションを修理して購入したというわけだ。
童心を忘れないで、というHATTIFNATTの経営者である髙嶋さんは、心のどこかでずっとやれたタイプIIを求めていたようだ。だからネットで再び見つけることができたのだろう。
「時折、キレイにレストアされたタイプIIをネットなどで見かけますが、それを見ると『あぁもったいない』と思う口です(笑)」。
家族6人で月1回はキャンプへ
サーフィンになかなか行けない一方で、コロナ禍のため家族とキャンプに出掛けることが増えたという。
「月に1回は行きますね」。髙嶋さんと奥さん、それに子供たちが4人。計6人でタイプIIに乗り込み、キャンプへ出掛けている。

「多いのは神奈川県の丹沢。この年末年始も家族とキャンプをして年を越しました」。現地では当然テントで寝るのだが、早めに現地へ行くために、夜のうちに最寄りのインターチェンジ近くで仮眠を取り、朝になったら高速道路に乗って行くのが常だという。そのため、6人が車内で仮眠できるように、2列目以降がベッドになるようにしている。
また寒いと眠れないので、タイプIIにはFFヒーターを取り付け、夏対策として吊り下げ式クーラーも備えた。
「実感としては気温が31度までなら大丈夫ですけど、35度以上の猛暑日だとこのクーラーでは厳しいんですよね。だからキャンプカーにあるような、本格的なエアコンを取り付けようかと考えています」。

天井は生地を剥がして好みの仕様に変えようと思っていたが、まだ手を付けていない。
大好きなサーフィンに行けないほど仕事が忙しいので、タイプII改造計画はなかなか進まないが、出来ることから少しずつ。
「お店もそうですが、童心に戻っているときって楽しいじゃないですか。その楽しいと思える感覚を、ずっと大切にしていきたいんですよね。その意味では、お店もタイプIIも、僕の秘密基地です」。
子供の頃と違うのは、思いを実行できるお金を稼げること。
取材中に「そのうちみんな電気自動車になるんですか?」「ガソリン車には乗れなくなっちゃうんですか?」「この車みたいに燃費が悪いと車検が通らなくなっちゃうんですかね?」といろいろ尋ねられた。

「まあ世の中の方向的にはそうですが、すぐにはそうならないと思いますよ」と答えると「そうですよね。この車はずっと乗り続けていきたいんです」とほっとするTさん。
その笑顔は、まさに自作の秘密基地で見せる子供の笑顔だった。
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鳥居健次郎=写真 籠島康弘=取材・文