「37.5歳の人生スナップ」とは……
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「自分で映画を撮りたい」。長年の夢を捨てられず、広告会社に勤める傍ら、40代でシナリオスクールに通いはじめた荒木伸二さん。
脚本のイロハを学び、脚本コンクールへの応募をつづけること数年、オリジナル脚本『人数の町』が木下グループ新人監督賞の準グランプリに選出され、キノフィルムズ主導の映画化プロジェクトが動き出すことに。
今回は、初めての映画監督業について、そして、監督デビュー作に込めた思いについて。
初めての映画撮影現場、転んでばかりの日々
1年近くにわたって脚本をブラッシュアップした結果、中村倫也、石橋静河といったキャストに加えてスタッフが決まり、『人数の町』の映画化は急に現実のものとなった。クランクインは2018年5月。待ちに待ったGOサインだったが、それを聞いて荒木さんは慌てふためいたという。
「いちおう自分は大学で映画の勉強をして、卒論は映画監督のジャック・リヴェットについて書きました。古今東西の名作や名匠の映画論みたいなものには精通しているつもりだったけれど、実際にはCMの撮影現場しか知らないわけですよ。
つまり、映画監督が撮影現場で何をすべきなのか、まったくわからない。まず演出がわからない。演出といえば蜷川幸雄さんの厳しい指導が有名ですが、役者にダメ出しをする場合、何を根拠にダメとするのか、灰皿はいつ投げるべきなのか。そもそも灰皿は投げていいのか。そのあたりから誰か教えてくれませんか? という状態で(笑)」。

加えて、カット割りについても自信がなかった。
「プロデューサーと話したときはそのやり方がベストだと思ったんですけど、いざ撮影が始まり、実際にやってみるとものすごく大変で。リハーサルの演技を見てすぐにカット割りを決めないといけないので、考える時間が全然ない。
それでも撮影のたびに、リハーサルが終わると役者やスタッフが脚本を手に僕のところに集まってくれるんです。監督、カット割りはどうしますか、と。そこで『1カット目、引き』『2カット目、ドアの外から』とか言うわけですが、スタッフが不思議そうな顔でこちらを見ている気がして、『俺、なんか変なこと言ったかな?』と焦りまくり。自信満々のふりはしていましたけど、バレバレだったと思います(笑)」。

そうして試行錯誤を重ねるうちにわかったことがひとつある。広告業界での経験を活かそうとすればするほど失敗してしまう。
「たとえば僕、CMをつくる際のMA(映像作品における音の調整や収録)は得意だったので、映画制作でも音には自信があったんです。使う機材も一見似てるし。
演出もカット割りもMAも、何から何までわからないことばかり。けれど、荒木さんはそれらすべてを新鮮な経験として受け止めていた。
「本当に毎日よく転ぶというか、思い通りにいかないんです。でも、この年になるとそんな経験をする機会もなかなかない。だから僕、失敗するたびに自分に『ざまあみろ』って心の中で言ってました。ほらまたダメだったろ、ざまあみろって。まだまだ転べてよかったなって。たぶん1本目の映画は特別なんでしょうね」。
『人数の町』で描いた「人」が「数」になる恐怖
完成した『人数の町』が観客にどのように受容され、映画界でどのように評価されたのかは、前編の冒頭で紹介したとおり。荒木さんは「すばらしいキャストとスタッフに恵まれたおかげ」と言うが、『人数の町』は間違いなく映画作家・荒木伸二のデビュー作だ。
文芸評論家の亀井勝一郎は「作家は処女作に向かって成熟しながら永遠に回帰する」と言った。では、荒木さんが『人数の町』で描こうとしたものはなんなのだろうか。
『人数の町』の舞台は、出入り自由だが、決して離れることはできない奇妙な「町」。そこに住む人びとは、大型バスで送り込まれた投票所での投票、インターネットへの書き込みといった作業と引き換えに衣食住が保証される。つまり、人びとはこの町では動員の駒──単なる「数」として扱われる。

「子供の頃から、名前でなく出席番号で呼ばれることに対する恐怖がありました。そんな意識が物語の背景にあるとは思いますが、『人数の町』という題の脚本を構想しはじめたのは2011年頃です。
たとえば東日本大震災が起こった日、東京では帰宅困難者が大量に発生して、みんながぞろぞろ歩いて家に帰っていましたよね。その光景を見て抱いた違和感や、当時、一般に浸透しはじめたSNSのタイムラインに人びとの意見がぞろぞろと流れていく怖さ。
そういった、『人』が『数』になったときに異常に力をもつ感じ、多数決の怖さをテーマにした作品をつくればおもしろいんじゃないかと考えたんです。この制度、本当に僕らの社会にフィットしているの? と、システムの根幹を疑いたかった」。
そして、『人数の町』のもうひとつの重要なテーマが「自由意志」と「決定論」だ。
この「自由意志か、それとも決定論か」は、昔から哲学者や科学者によってたびたび繰り返されてきた思索であり、こじつければ、人生の岐路にさしかかった男たちに迫る本連載に通じるテーマでもある。
映画やドラマの題材になることも多く、『人数の町』では、どの住民も「町」を出ようとしないなか、自らの意思で「町」を出た唯一の男女、その結末はいかに? といったかたちで「自由意志」と「決定論」の要素が盛り込まれる。

自らの行動は自分の意思だけで決めることができるのか。あるいは、あらゆる物事はあらかじめ起こると決まっているのか。
「『人数の町』におけるそのテーマの解釈は本当にさまざまなので、どう受け取るのかは見た人に委ねたいです。
僕自身の考えをいうと、たとえ決定論的世界のなかにあってもほんのわずかに自由意志を滑り込ませるとか、決定論的世界が隙を見せた瞬間にパッとそこを脱出するとか。そんな、ぎりぎりのところを攻める感じが脚本を書いているときの気分だったと思います」。
映画監督を「生業」にはしない?
次作については「企画は複数、用意してある」そうだが、詳細はまだ決まっていないという。
「今は企画を練り直し脚本を整えている段階です。『人数の町』で現場を経験してから、より脚本の段階で考え尽くしたいと思うようになりました。
本業の広告の仕事もつづけているので、コロナが明けて環境が整ってから、本当につくりたいと思える作品をしっかり撮りたいです」。

今後、監督業のみに絞ることも今のところは考えていない。
「考えてない、というよりはそんなに甘い商売じゃないと思っています。少なくとも自分の場合は撮りたいものを撮ることが一番大事で、それを生業にできるかどうかはそんなに重要ではない。
むしろ、脚本から自分で手掛けるかどうかがすごく大事だと思うようになりました。もちろんたくさん撮りたいとは思うし、明日オファーがくれば飛びつくかもしれませんが(笑)」。
これからも映画を撮るために、独自のスタンスでやっていく様子。そんな荒木さんが不惑前後の男たちに伝えたいことは?
「あえて言えば、40歳も過ぎると『自分の青春はとっくに終わってます』的な方が多い気がして、それはちょっとさみしいですね。『自分みたいなオジサンが……』と自虐的な言い方をしながら、若い頃に聴いたバンドの音楽や映画がやっぱりいいんですよ、みたいな。それ全部いっかい捨てませんか? とは思います。
よくわからなくてもいいから20代の子が聴いているものや観ているものに触れたほうがいい。たとえばヒップホップを聞くとか、ティーンムービーを観るとか。
顔見知りの安牌なもを選ぶことが怖いんです、感覚的に。俺はこれで完成したと感じたり、自分の欲しいものがはっきりした時点で『もう生きていなくてもいいかな』と思っちゃうんですよね。
変わらず好きなものがあることはもちろん大事なんだけど、少しずつ細胞を入れ替えていきませんか? という。それで人生が変わるかはわからないけれど、単純に楽しいですよ、と。
しかもいまはNetflixもSpotifyもあって選択肢は無限なわけでしょう。僕が子供の頃なんか、『ダンボ』を繰り返し見るしかなかったんだから(笑)」。
『人数の町』Blu-ray&DVD 2021/3/31 発売

Blu-ray:6380円
DVD:4180円
発売元:キノフィルムズ/木下グループ
販売元:TCエンタテインメント
©2020「人数の町」製作委員会
荒木伸二(あらき・しんじ)●1970年、東京生まれ。東京大学教養学部表象文化論科卒業後、広告代理店に入社。CMプランナーとして松本人志が出演する「バイトするならタウンワーク」のCMやミュージックビデオなどの企画制作をする。本業の傍ら、2012年よりシナリオを本格的に学び、第1回木下グループ新人監督賞の準グランプリに選出された脚本『人数の町』が映画化。2020年9月、監督デビュー作として全国公開された。
「37.5歳の人生スナップ」とは……もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る
赤澤昂宥=写真 岸良ゆか=取材・文