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アップルウォッチの心電図と血中酸素ウェルネス。医師が語るその...の画像はこちら >>

最近、次々と健康関連の機能を充実させているアップルウォッチ。昨秋発売されたシリーズ6には、肺から身体の各部分に運ばれる酸素の割合を測れる「血中酸素ウェルネス」の機能が搭載され、今年1月末には日本でも心電図アプリを使えるようになった(シリーズ4以降)。

「血中酸素ウェルネス」については、新型コロナウイルス感染症による肺炎で注目された、血中酸素飽和度を測定する医療機器「パルスオキシメーター」との関連で関心が高まっているところで、心電図アプリについては長い間日本国内で実装されていなかったことから解禁が待望されていた。

さっそくこれら二つの機能を試してみたユーザーも多いと思うが、しばらくは毎日数値を見続けていても何の変化もなく、持て余し気味だという人もまた多いのではないだろうか。

実際アップルウォッチにどのような表示があったら病院に相談すればいいだろうか。また、かかりつけの病院ではアップルウォッチのデータを受け付けてくれるだろうか。ヘルステックに詳しい国際医療福祉大学三田病院心臓血管センターの田村雄一医師と、心電図アプリの日本正式稼働にさきがけて不整脈に関する診察を行う「アップルウォッチ外来」を昨年9月に開設した、お茶の水循環器内科院長の五十嵐健祐医師に話を聞いた。


病院用の医療機器ではないアップルウォッチをどう活用するか

「血中酸素ウェルネス」は、ウェルネスという言葉が示すように、よりよい生活を送るための機能であって、医療用の機器ではない。

医療機器であるパルスオキシメーターは指先に光を通すことで動脈の血の色を調べる。赤血球の色素ヘモグロビンは酸素と結びつくと鮮やかな赤になり、酸素を放すと黒っぽくなることから、血の中にどれだけ酸素があるかがわかる。

アップルウォッチは当然手首に巻くものなので、指先に光を通すのではなく手首の血管に当てて反射させた光を調べることになる。そういう意味でパルスオキシメーターとアップルウォッチの「血中酸素ウェルネス」は全く同じものではないが、原理は同じだ。

アップルウォッチの心電図と血中酸素ウェルネス。医師が語るその真価
アップルウォッチシリーズ6の裏側。LEDの光で血中酸素飽和度を測る。(A. Aleksandravicius / Shutterstock.com)

一方、「心電図アプリ」については「家庭用心電計プログラム」として医療機器の承認を受け、この度の日本解禁となった。

病院で用いる心電計とアップルウォッチの違いは何か。病院の心電計は「12誘導心電計」といって、身体にいくつも電極を貼ることによって12のベクトル(方向)から心電図を取ることができる。アップルウォッチの場合は指をデジタルクラウンに当てて測定する、いわば「単極誘導心電計」であるため、多方向からの心電図でないとわからない疾患には対応できない。

五十嵐医師によると、複数台のアップルウォッチを胸やら身体のあちこちに貼り付けて、無理矢理12誘導心電計と同等の検査を冗談として実現してしまった海外での研究も存在するそうで、そういう例は面白くはあるが、そこまでするなら病院で心電図を取った方が話は早い。

アップルウォッチの心電図と血中酸素ウェルネス。医師が語るその真価


アップルウォッチ健康機能の真価とは

五十嵐医師も田村医師も口を揃えて「医師にとって大変意義深い」と強調するのは、アップルウォッチの「血中酸素ウェルネス」にしろ「心電図アプリ」にしろ、日常生活の中で異常を監視できることによって、健康上の問題の早期発見がしやすいという特徴だ。病気は早く見つかれば見つかるほど治療しやすい。

確かに、従来であれば「何かおかしい」と症状を訴えて病院に行くか、特に自覚症状はないが健康診断を受ける、あるいはそこで異常が見つかって精密検査をするか、一度病気が落ち着いて状態をモニターするために携帯用機器で測るといったパターンしかなかった。

特に、心電図については不整脈が起きている時に取らないと異常が出ず、病院に行った時には間に合わないということもある。常にアップルウォッチを身につけていたら、動悸を感じた時に心電図アプリを作動させるだけでその瞬間の心電図を取ることができるというのはこれまでの状況に比べて大きな有用性となる。

また、「血中酸素ウェルネス」についても、肺の病気の後、常に機械をキャリーで持ち歩いて酸素補給を受けている人が本当に酸素が体中に行き渡っているかを調べるという利用法も今後の展開としては考えられる。機器の簡便さは患者の生活の質の向上にもつながってくる。

血中酸素の低下の原因は肺の病気に限らない。睡眠時無呼吸症候群の兆候を調べるという用途にもいずれはアップルウォッチが役立つ時が来るだろう。


異常があれば病院に遠慮なく行っていい

上記のようなアップルウォッチの心電図異常検出を見越して、五十嵐医師はお茶の水循環器内科に「アップルウォッチ外来」を開いているが、「症状出現時の心電図を記録したいと考えている循環器内科医は多いので、綺麗に記録が取れていれば相談を受け付けてくれるだろう」と話す。もし心配であれば「心電図アプリ」は心電図をPDF形式で出力できるので、そのデータを紙に印刷して行けばよいという。

「血中酸素ウェルネス」についてはどうだろうか。例えば、空気が薄くなる飛行機に乗るなどしてもヘモグロビンの酸素結合能力は強力で、アップルウォッチで測定した酸素飽和度はなかなか下がらない。もし下がっているとしたら、それだけ通常の生理的状態を外れていることになる。

田村医師は「酸素飽和度が90%を切っている、あるいは息切れする、苦しい、だるいなどの自覚症状があって93%以下なら呼吸器内科など病院に行った方がいい」と話す。また、そのときには心電図も同時に測定してきてほしいという。低酸素状態が起こっているとき、それは肺だけでなく、心臓の血を送り出す力が原因かもしれないからだ。

アップルウォッチの心電図と血中酸素ウェルネス。医師が語るその真価
血中酸素飽和度が90%を切るようなことがあったら要注意(oasisamuel / Shutterstock.com)

五十嵐医師によると、アップルウォッチ外来で脳梗塞の原因となる不整脈「心房細動」が多数見つかった一方、動悸の症状を訴えて来院した若者のこんな事例もあったという。彼をよくよく調べてみると、毎日決まった時間に飲むエナジードリンクによる薬剤性の不整脈だった。ただ、危険な不整脈かどうかも医師が診察してみないとわからないことだ。

また、田村医師によると、息切れを訴えて来院した患者を診たところ運動不足が原因のことも多く、その場合は運動するよう勧めるという。異常があって、調べてみて、問題がないものであればそれでいいのだ。

健康に不安を感じて病院に行くならよいのだが、病気はあるのに無症状であったり、そんなに苦しくない場合もしばしば起こる。人間の身体は変化に慣れてしまい、不整脈も低酸素状態も日常になれば症状を感じなくなってしまう。田村医師が説明によく使う例が、漁をする海女さんだ。海女さんは訓練で低酸素状態にある程度慣れてしまうことによって、潜水して長い時間息を我慢できるようになる。

新型コロナウイルスによる肺炎で注目された「ハッピーハイポキシア」(幸福な低酸素状態)も軽すぎる自覚症状の典型だ。原因はわかっていないが、肺炎の進行の割に苦しさを感じない新型コロナ肺炎の特徴を指す言葉で、こうした例を見ても、感覚では捉えられない病状も考慮に入れ、数値測定とそこから検査・診断をしていくことが重要であることがわかる。


働き盛り世代からぜひアップルウォッチを

五十嵐医師は取材の最後に、スマートウォッチの健康機能の普及について語った。健康の異常検出に役立つアップルウォッチをはじめとするスマートウォッチを、ガジェット好きな若い世代だけでなく、不整脈が増え始める中高年の世代にこそ役立ててほしいという願いだ。

アップルウォッチの心電図と血中酸素ウェルネス。医師が語るその真価
アップルウォッチ「心電図アプリ」では洞調律(異常なし)、心房細動、高・低心拍数、判定不能のいずれかの結果が出る。この写真ではAtrial Fibrillation(心房細動)と判定されている。(DenPhotos / Shutterstock.com)

五十嵐医師によると、診察においても30代、40代の働き盛りの年代から心房細動の症例が見られるようになり、その危険性が急激に高まるのは50歳代以降。1回の脳梗塞で寝たきりに直結してしまうこともあり、だからこそ、その原因となる心房細動を早期に発見して治療を開始することは重要になってくる。

スマートウォッチの世代間格差をどう埋めるか。その健康上の効用をアピールすることはもちろんだが、若い世代が親世代などにプレゼントするという展開も生まれてくるかもしれないと筆者は感じた。


血糖値測定機能にも期待は高まる

今後、スマートウォッチの健康支援機能はどのように進化していくだろうか。

先に説明したように、現在アップルウォッチの「心電図アプリ」については能動的に測ろうとしないとデータを取得することはできない。「血中酸素ウェルネス」のバックグラウンド測定のように、能動的に測らなくても勝手にデータがたまっていく分野が血糖値などもっと増えればいいと田村医師は話す。

確かに、アップルウォッチは今まで紹介してきた心電図や血中酸素以外に、血糖値の測定にも対応するのではとの予測もすでに報道されている。今まで採血しなければ不可能だった様々な検査についても光センサーなどを活用して人体を傷つけない形でできるようになり、常時モニタリングに近い体制を多くの人に対して提供できるようになれば、確かに医療は大きく前進するに違いない。

 

縄田陽介=文

提供記事=Forbes JAPAN

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