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「コクーン(繭)」のような小さな家だ。「住宅ローンを申し込みに行ったら、窓口の椅子にも座らせてもらえなかったんですよ」とこの家に住む、設計者でもある保坂 猛は笑う。

延床面積約18平米(6坪)、敷地約30平米(9坪)。この広さでは建築の際、住宅ローン減税が受けられないという。減税の要件となるのは、一般的には「床面積50平米以上の住宅」なのだ。

しかも、延床面積わずか約18平米の保坂邸は、なんと「平屋」だ。

ただし、ここは一筋縄では行かぬ平屋である。「保坂猛建築都市設計事務所」代表の保坂猛と妻恵が住むこの住宅「LOVE2 HOUSE」には、壁で区切られたトップライトから大きさと角度の異なる2つの直射日光と直射月光がまっすぐに差し込む。東京都文京区、東京ドーム近くの住宅密集地にありながら、保坂邸は季節をその小さな胎内いっぱいにとりこんで建つ、世界からも注目される1階建てなのである。

完成したのは2019年2月、まずは竣工後まもなく、フランスの建築専門メディア「Carol Aplogan」が取材のために来日した。その後10月に制作された上海のWeb TV「一条Yit」の取材動画「東京市中心18m的夫妻之家」のYouTubeでの再生回数は350万回以上。また最近では、世界の大邸宅オーナーを顧客に多く抱えるドイツの老舗高級水栓金具メーカー「AXOR(アクサー)」がここを理想の家として注目し、その贅を「スモール・ラグジュアリー」と呼んだ。

設計者であり居住者である保坂が自ら愛情込めて「小屋以上住宅未満」と呼ぶこの超狭小空間が世界から注目される秘密は何か──。保坂夫妻に、「あえて平屋」で設計した理由、そして、春には桜のはなびらも舞い込む露天風呂まである「18平米の贅沢」について聞いた。


なぜ「あえて」の平屋か

狭小な土地を効率的に使って「床面積が少しでも大きい家」にするなら、2階建てにすればよい、と思うが、なぜそうしなかったのか。保坂は言う。

「土地を買ってから半年くらいはずっと2階建てで設計を考えていました。模型も2階建てでいくつも作った。2階があればたとえ一部吹き抜けにしても、床面積30平米は確保できますから。

でもちょうどその頃、妻が杉浦日向子さんの『1日江戸人』という本を読んでいたんです」

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『1日江戸人』(杉浦日向子著、新潮文庫)に「狭小平屋は実は広い」のヒントがあった

この本で、江戸時代の庶民は4人家族が9尺2間(9.9平米、四畳半)の長屋で生活していたと知った妻の恵が「2人で6坪、18平米は十分広いんじゃない?」と言ったのだ。そのひと言に「いわば『便乗』して、『延床面積18平米の平屋』の設計を決めたんです」と保坂は言う。

実はそれまで、2階建て、すなわち「二段重ね」することに、保坂は設計者としてさまざまな苦悩を抱えていた。

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まず、2階建てが暮らしにもれなくもたらす要素が「階段」だ。だが、建物の幅が2.5メートル程度のところに75センチ幅の階段を作れば、部屋の幅は2メートルを欠いてしまう。そして階段によって占有される面積を極小にすればするほど、その階段の小ささ、貧弱さがかえって貧しさを象徴する恐れもある。

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また2階を広くしようとすれば、1階の開放感が犠牲になることは必定だ。とくに光の問題は避けがたい。階段部分だけを吹き抜けにしたとしても、やはり天井に設けたトップライトは見上げれば小さく切り取られてしまい、上からの光が1階には届きにくくなる。

「そういったいくつかの問題が、『平屋』に決断することで一瞬にして消え去りました」と保坂は言う。

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トップライトから差し込む天空光に、季節や時間が映る(写真:Koji Fujii / TOREAL)

妻の恵も「江戸時代の長屋では、2部屋なんかあろうものなら、たとえば旦那に囲われている三味線のお師匠さんが、ちっちゃな庭が見えるその別室でお弟子さんを取ったり、旦那が来たときにその部屋でお酒を注いだり、生活とはまったく別の風景すら見えてくる。ましてや、18平米もあったらなんでもできる! って思いました」と語る。

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保坂猛・恵夫妻


もう一つの「あえて」が露天風呂だった

延床20平米を下回る一戸建てには、有名なところでは、鴨長明による「方丈庵」(一丈四方9.18平米)、ル・コルビュジェによる「カップマルタンの小屋」(16.85平米)などがある。そしてこれら2つに共通していることは、「やはり『小屋以上住宅未満』のそれらの建物が、周辺環境まで含んで、まるごと住む人に愛されていたこと」であると保坂は言う。

「平屋の設計図を引きながら、僕はこの18平米の家で、古代ローマ人がヴィラでの生活の理想とした5つの要素、すなわち学問、入浴、演劇、音楽、美食を実現させることを考えました。つまり、毎日露天風呂に入り、300枚のレコードを十分な音量で楽しみ、土鍋で炊いたご飯を食べ、好きな本を読む、という」

妻の恵は、「保坂の建築が、そもそもの『狭い、広い』の概念を破ってくれた。ここはいわば、『面積の常識』を豊かに超えることで、まさにまるごと愛される建物になった」と言う。

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室内のグリーンとともに「しつらえ」られた木製の鳥。風が吹き込むと羽ばたく

では、「2階建てにしなかった」以外に、この家の設計で「あえてしなかったこと」はなんなのだろう。保坂は言う。

「浴室を家の中につくらなかったのも、『あえてしなかったこと』ですね。代わりに、家の南側テラスにバスタブと給湯器を置いてみた」。ロケーションが東京のど真ん中だけに、入浴時は周囲からの目隠し対策として、敷地内につくった約2メートルの壁の上に「テント」を張る。

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(写真:Koji Fujii / TOREAL)

「一度、あんまり月がきれいだったので、テントを外して入っちゃったことがありますけれど」と恵が笑う。

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露天風呂。入浴時はテントをかけて(写真:Koji Fujii / TOREAL)


「地球の基本要素をすべて備えた」18㎡

「僕は蛍光灯でなく、自然光が美しく映える建物が作りたいんです」という保坂。建築家としてのフィロソフィーには、「地球の基本要素を大切にする」ことがある。

保坂の「基本要素」とはすなわち、太陽、月、星、植物、草、樹木、動物、鳥、人、空、地面、水──。どんなに小さい家でもその要素が全部あることが絶対だし、朝昼夕夜、あるいは春夏秋冬、時間と季節の移り変わりに答えてくれる家である必要がある、と譲らない。

「3月になると、南からの直射日光が室内の床全体に入ってきます。そして夏に近づくにしたがって太陽光が急角度になるので、直射日光に照らされる床面積が広くなります」

逆に冬の3カ月は、直射日光がまったく差さない。しかし考えれば、それは北欧の極夜に似た光環境だ。「それも楽しんでいます。そしてなによりも冬は、その代わり月の高度が高いので、『直射月光』が美しいんです」

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夜は天空光が「直射月光」に変わる(写真:Koji Fujii / TOREAL)

「寝る時間によって、または日々、月や星の位置が変わるのが楽しいです」と恵。

2月の終わりになると直射日光が少しずつ入ってくる、季節がもうすぐ変わる、春が来るな、と気づく。家の中の植物に光があたって床に落ちる影が濃くなってくると、「夏が来るんだな」と思うという。

月光、日光にかかわらず、この家では「天空光」が雄弁に季節を語るらしい。

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さまざまな表情の天空光をとりこむトップライト(写真:Koji Fujii / TOREAL)

「お風呂に入っていても、春になると桜の花びらが舞ってきて湯船に浮いたりして。この18平米の家に季節がどんどん取り込まれて入れ替わっていくのが、日付や暦でなく、肌でわかりますね」(恵)


「まだ始まっていないこと」を先取り。スモール・ラグジュアリーの細部はすごい

保坂邸の天井高は7メートル。だが、ペンダントライトは一切ない。「照明器具は、手が届くところ、天井高の半分より下の、高さ2.2メートルくらいの位置にだけつけています。人工光はスペースを切り抜いて照らすように。なぜなら、この延床面積だと、夜、天井から人工光が照らした場合、家全体が明るくなってしまう、私が夜遅くまで玄関近くのテーブルで仕事をしていると、妻が寝ている奥のベッドまで明るくなってしまいますから」。

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照明器具は手が届くところ、2.2メートルまでの高さに。「スペース」を切り取って照らす

実は、この家のシグニチャーでもある大きなガラス窓の先の道路も保坂邸の敷地だ。それは地域開放の私道であると同時に、通行人や隣人にとっての生活道路でもある。

ガラスの引き戸になっているこの窓、実は当初「板戸」を予定していた。生活していて通りを歩く人と目が合ってしまう透明なドアはさすがにないなと考えたからだ。2階建てを想定していた設計初期の頃と同じ「守り」の発想である。

しかし気がつくと2人で、「木のドア、どうやって開けておこうか?」という相談ばかりしていることに気づいたという。であれば目隠しとしての窓はそもそも必要ないのでは、と、木のドアを注文する直前でガラスに変えたのだ。

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直前に「ガラス戸」へと変更された引き戸を開けて、私道から出入り

木のドアをガラスに変えたのが正解だったことは、住み始めてから、部屋の中から見えるビルとビルの間で青く輝く小さな空が、まるで天守閣の甍が切り取った青空のように見えるときにも感じるという。

恵は保坂を見ていて、「建築家は、将棋の棋士さんと似ている」と思うという。「まだ起きてないこと、勝負でいうなら相手の次の手、次の次の手を読んで、自分の次の一手を繰り出しているなと感じますね」

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「ワインでもどう?」と通りがかりの隣人に誘われて。こんなふうに「周辺環境をも巻き込む」家だ


奇跡の「小屋以上」がとりこむもの、とりこまれるもの

恵は「しつらえ」が好きだという。たしかに取材の日も、春を感じさせる植物が室内の壁にしつらえられ、天井近くのグリーンの中には木製の鳥モビールが、ときおり窓から吹き込む風に応えるように羽ばたいていた。

しつらえ、とは、禅や茶の考え方にも立って、場や空間のありかたを主客(この場合は住宅の居住者)の好みで演出、デザインすることだ。そこには春、夏、秋、冬、そして朝、昼、夕、夜のうつろいに一期一会の縁を感じ、それらと一瞬の絆を結ぼうとする住む人の直感的な願いがある。

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天空光が「直射月光」に変わろうとする時間帯のLOVE2HOUSE(写真:Koji Fujii / TOREAL)

「この家で『しつらえ』ていると、自分もそのしつらえの中にとりこまれていくような気がします」という恵の言葉を反芻し、この家に「とりこまれるように」生活する感覚を想像してみた。

すると、東京都文京区に出現したこの18平米が、住まう人のみならず月光や日光、さらには季節までもをその中に包含する、宇宙のような空間に思えてくる。

すべての「本当に好きな、必要なもの」に4歩や5歩で手が届く近さも利用し、住む人をその宇宙のなかにとりこみながら暮らしを育む箱庭。ここはどうやら、建築の最適解としての「住む人と住まわれる空間の一体化」がもたらされた、奇跡の『小屋以上住宅未満』であるらしい。

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写真:Thee Ned’s

保坂 猛◎1975年山梨県生まれ。横浜国立大学卒業後、同大学院在学中から設計活動を始める。現在、保坂猛建築都市設計事務所代表、早稲田大学芸術学校准教授。自然を息づかせる建築、自然光や直射月光を生かした光の建築などを数多く生み出す。主な作品に『LOVE2 HOUSE』『ほうとう不動』『湘南キリスト教会』など。2013年、建築家の登竜門である「日本建築家協会新人賞」受賞、また〈ほうとう不動〉で日本建築仕上学会賞などを受賞。ほかにも〈DAYLIGHTHOUSE>で2013年JIA新人賞、神奈川建築コンクール優秀賞、イギリス、ドイツ、オーストリア、など国内外での受賞多。

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写真:Thee Ned’s

保坂 恵◎保坂猛建築都市設計事務所コミュニケーション・マネージャー、広報担当。プロの「建築家の妻」として夫の事務所を切り盛りして17年、施主らからの信頼は篤い。栄養士でもある。とくに好きな世界建築はコペンハーゲン郊外、ウッツォンのバウスヴェア教会。「趣味は保坂猛」。

 

石井節子=文

提供記事=Forbes JAPAN

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