俺のクルマと、アイツのクルマ
男にとって車は名刺代わり。だから、いい車に乗っている人に男は憧れる。
■21人目■
木村吉見さん(57歳)
キムラヨシミ。アートディレクター、イラストレーター、グラフィックデザイナー。行き止まりを街の個性と捉え研究する「ドンツキ協会」や、 “ポスト自転車ライフ”を提案する「自転車部」など、日常を別視点で楽しむ多様な活動を行っている。Instagram:@443kimura
■フィアット パンダ■

イタリアの新時代のベーシックカーとして1980年にデビュー。デザインした工業デザイン界の巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロは、ガラスも含め平面で車体を構成することで、コストを低減しながら唯一無二の個性を生んだ。
デビューすると瞬く間に、イタリアはもちろん、世界中で人気者に。しかもタイムレスなそのデザインは長らく愛され続け、2003年まで生産されるロングセラーとなった。
■もともとはバイク乗り、2輪+4輪生活をするつもりが……
ランチア デルタを見に行ったらたまたま隣にあった。それがパンダと付き合うきっかけだった。
本人曰く「まぁこれも何かの縁ですから、付き合ってみますか」と始まった関係は、約20年後の今も良好に続いている。

10代の頃からバイクに夢中だった木村さん。しかし何度か事故を経験し、ときに入院で仕事に支障をきたしたこともあり、バイクよりは安全な四輪車にも乗ることを考えた。
このときは「あくまで少しバイクを休むという気持ち。バイクから降りるつもりはまったくありませんでした」。バイク同様、操縦感のあるMT車ならまあ楽しいかも、と思い探し始めたのが約20年前。
最初に考えたのは日産のサニートラック。もともとバイク乗りだから大人数を乗せたいと思わなかった。だから2人乗りで十分。
サニートラックなら見た目も好みだし、荷台にバイクも載せられるんじゃないか?と考えた。「ところが中古車が少なくて。あっても高いし」と早々に諦めた。

次に考えたのはルノーのキャトルだが、インパネから伸びるシフトでのギアチェンジは、MT初心者にはクセが強すぎた。
その次に検討したのがランチア・デルタ。パキッとしたラインで、そんなに大きくないわりにワイドなフォルムが気に入った。
「スポーティな走りとかは、バイクで満たすつもりだったので……」。う~んと腕を組んで思案していると、その隣にある見知らぬ車に気づいた。「何だろう、これ?」。
それが今の愛車、フィアット パンダだ。

デルタのようにパキッとスクエアで、MT車。
デルタよりさらに小さいことも好印象だったし、スポーティな走りを予感させないところも気に入った。「あ、こっちにします」と、試乗もせずに購入した。
本命のバイクがあるし、ということもあってだろう。「どうしてもこの車じゃなきゃダメ」ではなく付き合い始めだったのだが、結局バイクは10年以上前に手放して以降、乗っていない。
■手がかかることを楽しめるのが、いい関係
「パンダに乗り始めて気づいたのは、運転中にタバコが吸えるし、雨風が防げるし、音楽が聴けて、人も荷物も載せられる。バイクと比べたらとんでもなく便利だなと(笑)」。
そしてなにより、運転が楽しいことに驚いた。
意外に思う人もいるかも知れないが、このサイズのMT車には“操る”感覚に優れた車が多く、パンダもそんな車のひとつなのだ。
「車の運転がこんなに楽しいなんてホントに意外でした。適度にダイレクトな操作感となにげに元気に回るエンジン。それが飛ばさなくても感じられる。デザインも合理性と独創性が貫かれていて、付き合ってみてからどんどん好きになっていった感じ」。

時折故障もするが、手放す気はまったくない。
どうしても困ったら主治医である知人の整備士に預けるが、ライトが切れたくらいなら、自らパーツを探して直す。そうやって自ら手をかけてきたこともあり、ますます愛着が沸いたようだ。
「こうやって手が少しかかることも、むしろ良い関係が長続きする秘訣かも知れません」。

こうして連れ添うこと20年。それだけ愛着もわくが、同時に20年という歳月は愛車の体調もむしばむ。
「ライトもシートもそろそろヤバいんです。
だから代用品をカー用品店やホームセンターで探して、自らカスタムして取り付ける、なんてこともたまにあるという。
この前、よく走る道沿いの民家に野ざらしになっているパンダを見つけたそうだ。
「今後どうしても困ったら、ドアをノックしてパーツ取り用に譲ってもらおうかと」。古い車だから手放す、のではなく「介護ですよ(笑)。もし500万円とかお金があるなら、隅々までフルレストアしてあげたいけど、最後まで看取るつもり」だという。
■まだまだパンダと走りたい理由
最近、パンダにルーフラックとサイクルキャリアを備えた。20年の付き合いにして初めてだ。
「実はこの前、不注意で車の右前部分をポールにぶつけたんです。板金修理をすると10万円くらいかかるんですが、このままでも走る分には支障がない。そのとき『10万円かけてマイナスからゼロに戻すんじゃなく、10万円でプラスのことができないかな?』と思ったんです」。

10万円かけて凹みを直さなくても、これまで通り走れる。
ここ数年自転車にも興味があり、もともとキャリアを付けてみたいと思っていた。「これだけやってまだ5万円分ですけどね」。

そういえばバイクにはもう戻らないのだろうか。
「このパンダと生活するイメージはたくさん沸くけれど、バイクのあるライフスタイルが、自分の中で今は思い浮かべられない。どういう使い方、付き合い方をすればいいのか、どんな生活になるのか。そのライフスタイルが描けるようになれば、また乗るかもしれないけれど」。
それは今までパンダ以外の車を選ばなかった理由でもあるという。
「パンダは、ほかと競うわけでもなく、自分なりのカーライフを受け止めてくれるというか。今の自分の身の丈に程良く合っているんです」。

「10年後にはエンジン駆動のMT車なんてもう乗れなくなっているかもしれない。
古い付き合いのパンダに、20年経ってもまだまだ惚れ込んでいるようだ。
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「『車にはあまり興味がなかった』という20代の人生を変えた日産・テラノ」

鳥居健次郎=写真 籠島康弘=取材・文