1920年代後半から30年代にかけて、ロールス・ロイスの「ファントムI」や「ファントムII」などのオープンモデルに「ボートテイル」という仕様が存在した。

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その名が示すように、ボディのキャビン部分(乗員が座る居住スペース)が外から見るとボートの後部のようなカタチだったのだ。

 


100年を経て蘇った名車

それから約100年。現代版ボートテイルの発注があったのは今から4年前という。

1932年式のボートテイルを所有するVIP顧客から、ロールス・ロイス社に現代版「ボートテイル」の製作が打診された。

インスピレーションとなったのは「Jクラス」と呼ばれるスーパーヨットだ。

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全長約5800mmで既存のファントムとほぼ同じボディサイズながら、現行には存在しない2ドアオープンモデルに仕立てられた。

時を同じくして、ほかのVIP顧客2名も手を上げ、現代版ボートテイルは合計3台限定で製作されることになった。そして先日完成後に披露されたのが、このブルーのボートテイルというわけだ。

基本設計は同じだが、それぞれ顧客のテイストが色濃く反映され、3台3様だという。

ロールス・ロイス社の言葉を借りるなら、「車はキャンバスに過ぎず、それぞれのオーナーが美術品として完成させるもの」だそうな。

製作に際しては、まず1:1スケールのクレイモデルが作られ、最新のデジタル技術によって金型が作成され、アルミ板を職人が手作業で成形……。

こうした最新技術と古典技術の融合は、超絶富裕層顧客の「差別化への飽くなき探求心」を満たす同社のコーチビルド部門ならではだ。

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大海原を駆けるヨットを思わせるフォルム。

フロントマスクはロールス・ロイスであることを一目で認識させながら、どことなく近未来感を漂わせている。ボディラインはボディ上部が上から下に、ボディ下部は下から上に、フロントからリアにかけて緩やかに弧を描く。


リアエンドにスイートルーム!?

そして、その曲線の先にあるこの車最大の特徴がリアエンドだ。

既存のロールス・ロイス車のリアエンドが“腰高”なのに対して、ボートテイルはグッと低められ、ヨットの船尾部分のように引き締まって見える。

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ボディパネルが一新されているのはもちろん、1800以上のパーツがこの車専用に設計されている。

そして、リアエンドの特徴はその形だけではない。

一般的にはトランクである場所は、ボートの甲板をイメージさせる「カレイドレニョ」というウッドパネルで覆われており、このトランク部分は「ホスティング・スイート(=おもてなし空間)」と名付けられている。

ボタン操作ひとつで、ウッドパネル部分が蝶の羽根のように広がる。

すると「トレジャー・チェスト」と呼ばれる、宝飾店で見かけるようなトレイが自動的にせり上がり、美しいカクテルテーブルも出現する。

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カクテルテーブルの下には、折り畳める椅子まで収納されている。

しかもこのトレイ、ドライバー側はシャンパン専用。さらに言えばオーナーが好んで飲む銘柄「アルマン・ド・ブリニャック」のボトル専用に設計された冷蔵庫で、シャンパンの適温とされる6度に急速冷却できる。

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運転席側のリアエンドに収納されたトレイ。「アルマン・ド・ブリニャック」のシャンパンボトルやワインクーラーが収まるよう設計されている。

一方助手席側のトレイは、卓上の芸術品とも呼ばれるクリストフル製の専用カトラリーが収まる。

さらに、シャンパンを味わいながら軽食を味わうひとときを陽射しから守るために、パラソルがリアデッキのセンター部分に収納されている。

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ホスティング・スイートの一連の動作をエレガントに仕上げるために試行錯誤が繰り返され、実に5つのECU(電子制御式コントロールユニット)が内蔵されているらしい。

インテリアもただただ凄い。

グラブボックス内にはオーナーが収集している「モンブラン」のペンが収まるようデザインされたほか、車載時計の代わりにオーナー夫妻が特注した高級時計ブランド、ボヴェの腕時計がセンターコンソールに収まるように設計されている。

この特注の腕時計だけでも、完成までに3年を要したそうだ。

イギリスでまことしやかに語られている価格は2000万ポンド(約31億円)。だが、この手の車となると問題なのは実はお金ではない。

オーナーにもしっかりとしたこだわりや情熱が必要なのはもちろん、多忙を極めているであろうオーナーが、ロールス・ロイスのコーチビルド部門スタッフとの打ち合わせに十分な時間を割けるか否かのほうが、満足のいく一台を得るためには、問題なのだ。

理想の車にとって必要なのは、お金よりも情熱……ってことにしておきましょう。

 

古賀貴司=文

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