新しい形のリゾートがヨーロッパを中心に増えている。そう教えてくれたのは、国内外で多くのリゾートや温泉旅館、シティホテル、スキー場を経営する総合リゾート運営会社「星野リゾート」で代表を務める星野佳路さんだ。
星野さんの話す大自然と調和する“環境共生型リゾート”とは一体どんな形態なのか?詳しく伺った。
今、大自然と同化して建つリゾートが増えている
北欧のノルウェーに建設中のオーロラを部屋から見られるリゾート、周囲を野生動物が行き交う南米パタゴニアの国立公園近くのホテル、砂漠に溶け込むように建つアフリカのロッジ。
これらは一例にすぎないが、いずれも海沿いにひしめく形で高層ホテルが乱立するワイキキのようではなく、周囲の自然と景観美に意識的に配慮しながら、ひっそりと建っているところに特徴を見る。
数年前に訪れたタヒチで知ったリゾートのことも思い出した。それは現地のガイドに教えてもらった「ザ・ブランド」。
タヒチ本島から50kmほど離れたテティアロア環礁に浮かぶアイランドリゾート(写真の最も手前の島に立地)で、アクセスは本島からのホテル専用機を使ってのみ。宿泊客だけが上陸可能な島は透明度の高いラグーンに囲まれ、その美しさから、かつてタヒチ王族が避暑地に選んでいたほどだった。
のちに故マーロン・ブランドがやはり美しさに見惚れて島を所有。逝去後、2014年に名優の名を冠して誕生した同リゾートは、太陽とバイオによるエネルギーを島内で生産し、深海水による冷房システムを導入するなど、周辺環境を保護し、守り続けることを課題としている。
この「ザ・ブランド」のような、ツーリズムという経済活動によって美しい自然を汚さない“環境共生型”リゾートはなぜ増えているのか。1980年代から世界中のリゾートを自ら闊歩し、リーダーとして「星野リゾート」を牽引する目から、現在の潮流を教えてもらった。
自然環境を守るためのツーリズムの形とは?
近年、なぜ環境共生型リゾートは増えているのか。そう問うと、星野さんは「環境を保全するため」と答えてくれた。環境を保全する資金をツーリズムという経済活動で得るというのである。
「ヨーロッパのアルプスもアメリカの国立公園も、保護と活用を両立してきました。観光として活用するから経済効果が生まれ、収益の一部が活用や保護のために使われる。
活用のためには掲示板の多言語化や遊歩道の設置など環境整備が必要ですし、保護には研究や保護活動などが必要です。これらの資金を日本は税金で賄ってきたのですが、海外では“エコツーリズム”という経済活動でお金を循環させてきました」。
さらに自然の良さや貴重さを広く伝えていくこともエコツーリズムの重要な役割であり、自然環境に対する理解者の獲得も目指す。海外ではそのような考え方が早くから根付いていたのだと星野さんは言う。
スイスのツェルマットでは、’61年にガソリン車でのアクセスを禁じたカーフリー制度が住民から提案されている。もう60年も前に、氷河をはじめとする雄大な自然を資源かつ財産と捉え、美しくクリーンな町を維持するための取り組みがスタートしていたのだ。
「最近ではオーストリアのオーバーレッヒで興味深い開発がありました。日本の老舗温泉旅館のような古いホテルが立ち並ぶ村で、昔から観光で有名な素敵な場所なんですが、サンアントンやステューベンといった周辺のスキーリゾートが力をつけてきたことで長く集客力が落ちていたんです。
そこで18軒のホテルオーナーが団結して、改めて自分たちの村のコンセプトを見直そうという動きが起きました。結果として彼らが取った策は車の排除。
車を排除すると道路がなくなり、地上のすべてが冬はゲレンデとなり、夏は草原となった。美しい景色だけが残ったのだという。
「景観を壊していたのは何か?車や道路、白い雪を黒ずませる排ガスだったんです。ものすごく大きな決断なんですけれど、美しいアルプスの風景を取り戻すことでオーバーレッヒは大復活を遂げました」。
集客力が落ちた理由は経済原理に求められる。自然観光においては環境に配慮する姿勢を市場は評価し、お客は戻ってくる。それが今という時代なのだと、星野さんは指摘した。
大衆的なマスツーリズムと小規模なエコツーリズム

これまで観光業界に見られた旅行商品は大衆を対象とするものが多かった。“マスツーリズム”と呼ばれるその観光行動はリーズナブルさが特徴で、だから多く販売する必要がある。
自治体の観光評価も「年間何万人」など訪問者数によって行われることから、観光バスから大量の旅行者がドッと吐き出されるといった現象が起きる。人が多く足を踏み入れるので環境負荷を高めやすく、自然環境への啓蒙もしがたい。
短い滞在時間で次の目的地へ移動してしまうため、そこが世界自然遺産の登録地だとしても、登録された背景への理解を深めづらいのだ。
このマスツーリズムと対になるのがエコツーリズムである。
一度に滞在できるのは少人数で、滞在日数は週や月単位の長期となる場合が多い。一人当たりの旅行単価は高く、人数が少ないことから環境負荷は低く、ゆったりと滞在するから自然環境への理解を育みやすい。こうしたエコツーリズムのような旅の形を求めるのは、“ただ泊まれればいい”という人ではないと星野さんは言う。
文化的な素養が高く、自然豊かな環境を求め、環境にフィットする建築デザインを心地良いと感じる。だから大自然の中に威風堂々とした巨大なリゾートを造る必要はない。先進的な環境共生型リゾートが総じて小規模である理由は、そのためなのだ。
「自然を観光で活用する意味合いは、自然保護への理解を旅行者に深めてもらうことにもあります。財源の確保ができ、理解者を増やすことができると、欧米のように観光は持続可能になっていきます。
しかし日本のツーリズムにおいて自然観光は弱い分野。素晴らしい自然はたくさんあります。国土が縦に長く四季があるため、異なる特徴を有する各地域の環境は、季節に応じてさらなる変化を見せます。
しかし日本ならではの豊かな自然を活かした観光政策は乏しいのひと言。持続可能性も低い。世界自然遺産が知床、白神山地、屋久島、小笠原諸島にあり、登録した際にはメディアの皆さんに大きく扱ってもらうことで翌年の観光客数はどこも伸びました。しかし翌年以降は落ちていく一方。そこに大きな課題があります」。
要は、素晴らしき自然に触れる旅の形が日本にはマスツーリズムしかなかった、ということである。修学旅行や社員旅行を代表とする団体旅行をターゲットにした、国立公園内にある旅館などは日本式マスツーリズムの象徴といえる。
しかし個人旅行時代のその先へ向かう今、新しい旅の形を求める潜在的なニーズは少なくなさそうである。だから星野さんはこの春、沖縄県の西表島に日本初となる“エコツーリズムホテル”の展開を決めた。
日本に誕生しだした本格的なエコツーリズム
星野さんは「日本国内に見られ始めた欧米のようなエコツーリズムの動きはとても興味深い」と言う。
提供するサービスはサンゴの植え付け。サンゴの生態に関するレクチャーを座学で受講し、ラグーンでサンゴを植え付ける実体験を通して、宿泊客は沖縄の自然環境について学ぶことができるというものだ。
そして「星野リゾート 西表島ホテル」では、日本発のエコツーリズムホテルとして3つの柱を設けて展開していくという。
1つ目は貴重な自然を伝えるツアーの提供。世界に誇るネイチャーアイランドの西表島を熟知するガイドを用意し、アクティビティなどで楽しみながら周辺環境への理解を促したいと考えている。
2つ目はエコロジカルな運営。西表島は7月の世界自然遺産登録が期待される場所。環境負荷を抑えるため、特に廃棄物を極力出さない離島でのリゾート運営を目指す。ペットボトル入りの飲料は廃止してウォーターサーバーを設置し、ゲストにはタンブラーを用意するという具合だ。
3つ目は自然保護活動への積極的な参加。今回の勧告にいたった理由の1つがイリオモテヤマネコの存在であり、保護対策に資金面でも協力していくことを決めている。
「世界自然遺産に指定されるような場所では、ゆっくりと集客が伸びていく姿が理想です。受け入れ態勢の能力を高めながら、徐々に来島者を増やしていくことで、経済的にも自然にも持続可能性が備わりますから」。
観光そのものやリゾートを持続させるうえで宿泊客の要望に耳を傾けすぎないことも大切だと言う。
「滞在中の清掃を減らしたりペットボトルを扱わない状況を嫌がるゲストもいらっしゃいます。軽井沢や沖縄に展開している『星のや』では部屋のテレビをなくしたのですが、やはり要望の声はありました。ここは割り切るべきポイントで、充実した滞在にテレビは必要ないと決めたホテルの姿勢に賛同してくれる方に利用してもらえればいいと思っています。
西表島の場合も、まず大自然を満喫してほしいし、大切にする意義を感じてほしい。そのために最適な滞在環境を提供することが、私たちの仕事だと思っています」。
エコツーリズムには重要だとする大自然ファーストをかなえるこだわりをもって、本質的な世界基準の自然観光が日本でもスタートする。

THE BRANDO=写真 小山内 隆=編集・文