パテック フィリップの最重要コレクション「カラトラバ」。不朽の名作である通称“クンロク(Ref.96)”から始まった伝説と褪せない魅力に迫る。
「カラトラバ」の原点“Ref.96”デビュー
1839年に始まったパテック フィリップ史上、1932年は最も大きなターニングポイントだ。
1930年代の世界恐慌はスイス時計業界に大きな打撃を与え、パテック フィリップも経営が困難になるほどの苦境に。
そこに現れた救世主が、文字盤の製造メーカーを営むシャルルとジャンのスターン兄弟だった。彼らは1932年にパテック フィリップの経営を引き継ぎ、再生へ向けて大きく舵を切る。

この時代、パテック フィリップの時計製造の中心は懐中時計だったが、ビジネスの嗅覚に長けたスターン家と技術部長のジャン・フォスターは、腕時計が持つ可能性に賭ける。
そこで同年、スターン家の経営のもとで初めて発表された腕時計が、のちにカラトラバの原点となる「Ref.96」であった。このわずか30.5mm径のドレスウォッチを、パテック フィリップの歴代最高傑作に挙げる時計愛好家も少なくない。

「機能がフォルムを決定する」というバウハウスの芸術運動から影響を受けたRef.96には、シンプルを通り越した独特のミニマリズムが息づく。
フラットベゼルを備えたラウンドケース、バトン型のインデックス、6時位置のスモールセコンドなどのディテールには、一切の無駄がない。
ちなみに、パテック フィリップがリファレンスナンバーを初めて採用したのがこのモデルであり、これを機にシステムとして確立される。
そしてもうひとつ、スペインの騎士団にちなんで命名された“カラトラバ”という名称が正式に採用されたのは、Ref.96の誕生から50年近く経った1980年代初頭であったことも付け加えておこう。
カラトラバ・ファミリーのエポックモデル
1932年にRef.96を発表して以来、パテック フィリップは永久カレンダー搭載クロノグラフなどの超複雑機構以外にもバリエーションを拡充していく。
カラトラバ・ファミリーに関しては、手巻きのスモールセコンドだったRef.96に続いて、1934年には手巻きのセンターセコンド(Ref.96 SC)、クルー・ド・パリ・ベゼルを備えたモデル(Ref.96D)が立て続けに登場した。

パテック フィリップは懐中時計の時代から誰もが認めるコンプリケーションの巨匠であり、腕時計の分野でもドレスウォッチ、スポーツウォッチ、ジュエリーウォッチと成功を収めているが、そのなかでもカラトラバの創作は特別な意味を持つ。
革新的であると同時にシンプルであり続けることは、カラトラバのスタイル条件。そのためデザイナーは細心の注意を払いながら、膨大な時間をかけて新しいデザインと向き合う。
パテック フィリップの現社長ティエリー・スターンいわく、カラトラバで最も難しい仕事である文字盤の製作については、数十回にも及ぶ試作が行われるという。

1953年には、パテック フィリップ史上初の自動巻きムーブメントCal.12-600 ATを搭載したモデル(Ref.2526)を発表。
究極の完成度を持つ最高峰の自動巻きムーブメントの高評価とともに、カラトラバ・スタイルは次のステージへ上り詰めた。
機械式時計復興の時代となった1980年代以降では、創業150周年記念として1989年に限定発売した初のオフィサータイプのRef.3940、続いて1991年には4時位置にスモールセコンドを配したRef.5000などのカラトラバの次世代を担うモデルが加わった。

今もカラトラバ・スタイルの基本的な姿勢は変わらない。
すべての“始まり(Ref.96)”からの伝統を受け継ぐ手巻きモデルRef.5196、オフィサーケース仕様のヒンジ付きカバーを備えたRef.5227などが持つ控えめな佇まいには、パテック フィリップならでのエレガンスと歴史の重みが詰まっている。



腕時計が好きなら、いつかは手にしたいパテック フィリップ、カラトラバ。この不思議な魅力はどこから湧いてくるのか。原点“クンロク(Ref.96)”からの系譜を追うと、自ずとその理由が見えてくる。
[問い合わせ先]
パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター 03-3255-8109
戸叶庸之=文