ジャッキーは長い間、「香港生まれのチャン」を意味する「陳港生(チャン・コンサン)」として、アメリカの香港領事館でコックをしていた父親と、家政婦として働く母親の間に生まれた、と信じていました。しかし母が病気で亡くなる直前、父から衝撃の事実を明かされたのです。その詳細は2003 年のドキュメンタリー『失われた龍の系譜 トレース・オブ・ア・ドラゴン』と、2016年発表の自伝『永遠の少年』にまとめられています。
まず、ジャッキーの父親の正体は「国民党のスパイ」でした。日中戦争の最中から、中国は毛沢東が率いる共産党と蒋介石が率いる国民党が互いに覇権をめぐって争っていました。父親は国民党側のスパイとして活動していたため、戦争が終結して共産党が天下を握ると、追っ手から逃れるために中国大陸から香港に渡り、治外法権だった領事館の住み込みコックを隠れ蓑として働いていたのです。
しかも、父親は大陸時代に結婚しており、そこで2人の息子をもうけていました(奥さんは2人目を産んだ直後に病死)。ここまででもジャッキーには十分すぎるほど驚きだったはずですが、父親の告白はこれだけに留まりません。なんと、父親に加えて母親にも秘密がありました。
◆母親の連れ子である2人の姉もいた
ジャッキーの両親が初めて出会ったのは、2人の職場であった香港の領事館ではなく、互いに日中戦争の惨禍から逃れてたどり着いた上海でした。ここで父親はマフィアの用心棒として働き、母親はアヘンの売人(!)をしていました。
両親はマフィアの縄張りの中で何度か会ううちに親しくなり、上海の情勢が怪しくなったときには、一緒に香港へと逃亡しました。香港に渡ると、2人は幸いにも友人の紹介で領事館の仕事を得て、晴れて結婚。そして1954年に誕生した子供が、後のジャッキー・チェン……というのが真相だったのです。
さて、ここで話題はジャッキーの本名に関することに戻ってきます。父親はスパイとして身を隠していたわけですから、当然偽名を使っていました。それが陳志平。だから息子にも、「陳」の姓を名乗らせていたわけです。
初めて明らかにされた父親の本名は房道龍。「陳(チャン)」ではなく「房(ファン)」姓でした。
衝撃的な告白をした両親は、どちらもすでに亡くなりました。しかしジャッキーは最初こそ混乱したものの、今は真実を明かしてくれたことに感謝し、「あの時代には、似たような物語は多くあったことは、想像できる。彼らの息子になれて、ほんとに幸運だ」と自伝に綴っています。
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