11月5日の米大統領選挙投票日に合わせてワシントンに滞在し、オバマ政権時代に国防次官補を務めた、笹川平和財団(USA)特別上級フェローのウォレス・グレグソン氏に90分間、話を伺いました。グレグソン氏は2001~03年に在日海兵隊を統括する第3海兵遠征軍の司令官と在沖米軍トップの沖縄地域調整官を兼務し、在沖米軍を巡るこれまでの経緯にも詳しい人物です。

 米国ではトランプ氏が次期大統領に選ばれ、日本では日米同盟の連携強化を強調する石破新内閣が発足しています。グレグソン氏の発言を通して、米軍の側から見る沖縄の「有用性」を振り返り、新政権がもたらす日本、沖縄への影響を探ります。同時に、米軍と関係の深い地域において今後、人的・経済的なネットワークの重要性が一段と高まっていくことにも話題が及びました。沖縄県の米ワシントン事務所について、経済・教育分野を絡めた新たな活動のあり方に関わる示唆があり、インタビューの発言をもとに私見を交え、沖縄県が取り得る施策の方向性についても提起します。(写真は筆者撮影)

インタビューに答える笹川財団USA・特別上級フェローのウォレス・グレグソン氏=2024年11月6日、沖縄県ワシントン事務所

中台問題、対応変化の可能性
 グレグソン氏は国防次官補に就任した2009年、普天間飛行場の移設先を巡り、鳩山政権の「最低でも県外」発言に直面した。その後の日米協議を主導し、北朝鮮核問題や中国の軍拡問題を担当するなど、在日米軍基地の変遷と現在地を観測する上で欠かせない人物だ。
 トランプ氏再選による在日米軍基地の運用と中台問題への対応についてグレグソン氏は 「同盟国の果たすべき役割」というトランプ氏のこれまでの発言や、選挙期間中の台湾の半導体と防衛費を巡る発言を踏まえ、「恐らく前回の政権時に国家安全保障会議に入っていた中国・台湾の専門家らが今回も入り、これまで(バイデン政権)とは異なる対応がなされる可能性がある。影響は出てくるだろう」とした。

ホワイトハウスの見える広場には世界各地の報道機関が大統領選の情勢を伝えるリポートをしていた=2024年11月4日

 日米同盟における目下の課題は言うまでもなく、中国の軍事的台頭にある。トランプ氏の台湾有事への対応は不透明なものの、中国に対する問題意識はバイデン政権と重なる面が多い。グレグソン氏は「われわれは実際、中国が何をやってきたのかを見てきた。知的財産権に対する保護をしていないこと、労働問題や尖閣、南シナ海の(海洋進出の)問題などもある。
中国漁船が領海内に入ってきたり、与那国近海にミサイルが着弾したり、沖縄も無関係ではない。中国に対する認識が変わってきた」として、南西諸島における抑止力強化の重要性は変わらないとの見方を示した。
日米の基地統合は既定路線
 日米両政府は「沖縄の負担軽減」を念頭に2012年の合意に基づき、在沖海兵隊約4千人をグアムに、約5千人をハワイや米本土に移す計画を進めてきた。だが、ここ数年の間に状況は一変している。米軍は昨年、中国の軍備増強に対抗するためとして、グアム移転計画を表明。22年3月にハワイに初めて発足した海兵沿岸連隊を23年1月、沖縄でも駐留部隊を改編して発足させた。数年以内にグアムにも置かれる見込みだ。
 ワシントン訪問前に、私たちが沖縄の海兵隊の受け皿となるグアムの新基地キャンプ・ブラズを見てきたと伝えると、グレグソン氏はすかさずこう付け加えた。
 「石破首相は、自衛隊をグアムに移転するという話をしていましたね」
 石破茂首相が就任早々に掲げた「自衛隊と米軍の訓練基地の統合」は、グレグソン氏の過去の発言と照らし合わせてみると、米軍が日本に長年求めてきた既定路線だったことが浮かび上がる。
 グレグソン氏は中国を念頭に、地理的な脅威が沖縄にとどまらず、日本全体に及ぶことを強調しながら、日米の軍事協力強化の中で自衛隊の活動をより確実なものにしていくことが必要との考えを示した。

大統領戦でワシントン市内の投票所には長蛇の列ができていた。最後尾は投票まで1時間以上かかる見込みだった=2024年11月5日

 憲法9条改正の議論について話題を向けた際には、「日本が第三国を侵略することや攻撃することはわれわれも望んでいないし、それは国内で議論するものだ。
ただ日本には6852の島があって、その島を守るのは至難の業だ。訓練でも作戦上でも日米が統合されないと、(守ることは)難しいと感じている」と語る。
 衛星による監視や正確に標的を攻撃できる長距離兵器の配備の面においても、「米軍と自衛隊が戦術レベルで統合されて、互いに攻撃される余地があればすぐに探知できるような体制が必要。昔のコンセプトで、盾(日本の専守防衛)と矛(米軍が担う攻撃)みたいなものは今は使えない」との認識だ。
軍の論理と生活への影響 平行線
 さらに、石破氏が意欲を示した日米地位協定の改定に話が及ぶと、「どんな意図で言ったのか関心を引くところだ」と言い、ここでも「米軍と自衛隊が統合できるようにするという観点で地位協定を改定するなら、あり得るかもしれない」と統合論に言及した。そうした考えの背景にあるのは、米軍に対する県民感情の変化への期待だ。
 「今後、那覇と嘉手納、キャンプ・ハンセンなどで自衛隊との合同訓練が進むことになれば、人々にとって彼ら(米軍)が日本を守るために沖縄にいるんだという認識ができるのではないか。今は米軍はどこか別の所を守るために駐留しているという考えがあるかもしれないが、日本の防衛のためにいるという認識ができてくると思う」とグレグソン氏は語る。

大統領戦前日の夜、ハリス候補の母校ハワード大学前の様子=2024年11月4日

 だが、沖縄県が地位協定改定で求めているのは、事件事故の捜査権や、環境汚染の立ち入り調査を巡って米軍の「特権的な地位」に阻まれることの問題に関することだ。その点を問い直すが、「沖縄での訓練は地位協定上、制限された中でやっている」と淡々と話し、かみ合わない。沖縄県が訴える課題の解決には「市街地からできるだけ離れた場所に基地を移転させること」、そして改めて「自衛隊と米軍が合同訓練を進めること」の必要性を強調するように繰り返したのが印象的だった。
 「軍事戦略上の論理」と「生活への影響に対する住民の懸念」はこれまでも平行線だったが、その距離は今後一層乖離(かいり)していくのではないかと想像する。

 かつては国民、県民の根強い反戦意識に支えられた憲法の制約によって、自衛隊の拡大抑制が一定機能してきた。だが、高まる中国脅威論にお墨付きを得たかのように、その建前が防衛力強化に突き進む米軍の背中を借りて、憲法の議論を巧みに避けた中で切り崩されつつあると感じずにはいられない。
 「日米地位協定の改定」が、沖縄の負担軽減とは相反する文脈で語られ始めていることに注目すると同時に、「同盟としての対価」を重視するトランプ政権の下でも日米の連携強化の流れが続けば、防衛の人的負担を負う“米軍側の不利性”の観点から、沖縄県は一段と難しい対応を強いられるのではないかと私は危惧する。
米国への影響力行使 グアムに学ぶ
 軍事戦略上の話題から一転して、グレグソン氏は経済、教育分野における沖縄の発展可能性と期待についても、多くの私見を語った。
 ハイテク産業や研究、医療の拠点にふさわしく、メディカルツーリズム、香港に代わる金融の国際ハブになれる可能性に言及。加えて、2000年の「沖縄サミット」の日米首脳会談で話し合われ、設立にこぎ着けた沖縄科学技術大学院大学(OIST)を、沖縄の付加価値を高めた一つの成功事例に掲げた。

グアムの米海兵隊基地キャンプ・ブラズ。在沖米海兵隊の移転受け入れ先となっている= 2024年10月(筆者撮影)

 経済に関連するグレグソン氏の話に耳を傾けながら、私たちは10月に訪れたグアムで、現地の住民らが「われわれはセカンドクラスの国民だから」と言うのを繰り返し耳にしたことを思い出していた。
 米国の準州「テリトリー」であるグアムの住民には、大統領選に関わる投票権がない。国の安全保障に関わる多大な防衛拠点を預かっていながら、その方向性を決めるリーダーを選ぶ権利が平等には与えられていない。経済の自立や発展を求められながらも、現実には自治や自己決定の権利が制約されている実情がある。固定化された従属的な立場、少数の民意が顧みられにくいという点では、沖縄も同様だ。
沖縄の立場から感じる、そんな率直な投げかけに対し、グレグソン氏はこんな話をしてくれた。
 「グアムは州ではないので上院には議員を送っていないが、下院には選出議員がいる。彼らは全体会議での投票権はないが、各委員会では投票することができる。賢い方法を取っていると感じるのは、いろんな委員会に仲間となる人たちをつくり、グアムの意向に沿って投票してくれる人たちをたくさん抱えていることだ。グアムのセンシティブな状況は理解するが、私からすると、彼らはこの街(ワシントン)よりはるかに米国議会に影響力があると思う」
 グアムと同列にはできないものの、日米のはざまにある沖縄も大国にとっての「テリトリー」「セカンドクラス」のように位置付けられているという向きはないか。そうならば、グレグソン氏の言うグアムの例にならって、沖縄県もワシントン事務所を拠点にしながら、米国の有力者や世界のウチナーンチュネットワークを生かして影響力を生み出していくための「立ち回り方」を身に付けていかなければならないだろう。
OISTの例 産業・人材の輩出拠点に
 ワシントン事務所の役割にも絡めたこうした見解に大きくうなずくグレグソン氏。在沖米軍基地で日本政府が雇用する沖縄出身従業員の資質や能力の高さ、救急で対応してくれる医療関係者の技術の高さに米軍人が敬意と信頼を寄せていることに触れ、こう続けた。
 「日本政府は沖縄にある人材の宝を認識せず、あまり活用できていない印象がある。日本政府がこれまで文化的、歴史的にどれだけ投資してきたかということもあるが、沖縄の重要性を考えると、まだ十分ではないのではないか」
 世界に張り巡らされたウチナーンチュの人的つながり、ビジネスで成功している県系人の存在感の大きさにも実感があるとし、「沖縄を沖縄のためというより、日本のためにどう活用していくのか。中国の脅威が増す中で、沖縄の重要性が高まっている。抑止力を高めるだけではなく、沖縄が経済的、政治的にうまくいっているのを示すことで中国の悪意あるプロパガンダ的なものから守るという視点も重要ではないか」との見方を語った。


グアムの米海兵隊基地キャンプ・ブラズのフェンス。沖縄と似た光景が広がっている=2024年10月(筆者撮影)

 グレグソン氏が強調するような米軍起点の論理に基づいて、沖縄の地理的・人的優位性が軍事戦略上の要衝として最大限利用され続けることに、私たちは賛同するわけにはいかない。脅威論を後ろ盾にした攻撃能力の拡大は、安定より緊張を高める方に影響し、生活を脅かし続けているからだ。だが、同じ理屈で経済分野において、国際競争力を持った「産業」や「人材」の輩出拠点を目指すことには、大いに共感する。
 世界が情報戦の真っただ中で、組織や国家、地域の規模にとらわれずいかに影響力を発揮するかに注力する今だからこそ、米国の規範にのっとって10年も前に県がワシントンに活動拠点を構えたことの価値を過小評価してはならないと考える。グレグソン氏との今回の対話も県ワシントン事務所があることで、効果的に実現した。
 ワシントン事務所においては基地問題に限らず、全米を対象とした沖縄との経済や教育での連携など幅広いテーマに守備範囲を広げるため、民間企業や専門家を巻き込んだ運営体制の見直しが必要だろう。その際には、日米の協力の下で実現し、グレグソン氏も発展可能性の鍵として強調したOISTが、国際的な企業や教育機関の誘致・連携構築の要となり得る。
 沖縄の優位性が、軍事的な論理に一方的にのみ込まれないためにも、一致点の中から打開策を探る俯瞰(ふかん)した視野が必要だ。国境や地域を超えて人々が、「失うわけにはいかない」と心から信じられるような経済的利益や教育的価値を生み出す方向へ、沖縄県と議会、経済団体が一緒になって政策的な議論を盛り上げていく必要があるのではないだろうか。
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