難聴児の「逸失利益」を健常者と同等に認める、時代の要請に応じた重要な判断だ。
 2018年、大阪市生野区で聴覚支援学校に通っていた11歳の女児がショベルカーの暴走に巻き込まれ死亡した事故で、遺族が運転手側に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決があった。

 将来得られたはずの逸失利益の額が争われた裁判で大阪高裁はこう判断した。
 「女児は学年相応の言語力と学力を身に付けており、健常者と同じ職場で同等に働くことが十分可能だった」「聴覚障がい者の就労の障壁は、ささやかな合理的配慮により取り除くことができる」
 社会の変化や技術の進歩を踏まえ、逸失利益を全労働者の平均賃金から減額せず、運転手側に約4300万円の賠償を命じたのだ。
 弁護団によると障がい児を巡り逸失利益を100%認定する判決は初という。
 当初、運転手側は将来収入を一般女性の平均の4割とする算定額を主張。当事者団体などが「障がいを理由にした差別だ」として約10万人分の署名を裁判所に提出した経緯がある。
 しかし一審・大阪地裁の判決は平均賃金の85%とするものだった。
 亡くなった女児は生後1カ月で先天性の難聴と診断されたが、難聴児教室に通うなど親子で努力を重ねてきた。補聴器があれば普通に会話ができ、人とコミュニケーションを取ることが大好きだったという。
 元気だったら今年19歳。社会人として心弾む一歩を踏み出していたのではないか。
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 障がいのある未成年者が死亡した場合、かつては「就労可能性がない」として逸失利益をゼロとする判決もあった。
 未成年の健常者の逸失利益は、職種や男女を区別しない平均賃金を基準に算定するのが一般的なのに対し、障がいがある場合、減額されるケースが続いていた。

 山口県下関市で全盲の女子高校生が車にはねられ重い後遺症を負った事故を巡っては、広島高裁で21年、平均賃金の8割の判断が示された。
 徐々に健常者の水準に近づいてはきているものの格差は存在する。
 今回の大阪高裁の判断が画期的なのは「顕著な妨げとなる理由がない限り、平均賃金を基礎収入と認めるべきだ」と新たな枠組みを示したことである。
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 障がいを理由とした不当な差別を禁止し「合理的配慮」を盛り込んだ障害者差別解消法が施行されてから約9年。
 「ささやかな合理的配慮」との判決の言葉は、障がいがあっても安心して働くことができる共生社会実現へ向けてのメッセージでもある。
 判決を受け、女児の両親は「娘の人生が認められた」と語っていた。
 特性を生かせる仕事や体調に合わせた働き方など、社会の中にあるバリアーを取り除くための合意的配慮を一層進めなければならない。
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