人間国宝の狂言師・野村万作が生涯をかけて大切に演じ続けている演目の一つ「川上」の物語はこうだ。
 川上という土地に願いをかなえてくれるというお地蔵さまがあると知り、盲目の男が参詣する。
男は御利益を得て目が見えるようになるが、夢に現れたお地蔵さまによると、妻と別れれば目を見えるようにしてやるとのこと。目が見えるようになったことを共に喜んでくれる妻に男は別れを切り出す。妻は憤り、気おされた男は別れないことに決め、再び男の目は見えなくなる。
 極めてシンプルな物語に、野村万作という1人の狂言師が芳醇(ほうじゅん)な空気を送り込む。板を張っただけの舞台が参道になり、参詣客でにぎわう地蔵堂になり、夢の世界になる。90年舞台に立ち続けた狂言師が肉体一つで届ける演目は、物語以上の感動で濃密に埋め尽くされている。
(桜坂劇場・下地久美子)
◇13日から桜坂劇場で上映
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